
バフェットは60年近くにわたりバークシャー・ハサウェイの会長兼CEOを務めてきたが、2025年5月3日の株主総会で年内をめどにCEO職を退き、長年副会長を務めたグレッグ・アベル氏に交代する意向を示した。バフェットの退任は、「一つの時代の終わり」として捉えられている。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
バフェット、いよいよバークシャーCEO職退任
バフェットは60年近くにわたりバークシャー・ハサウェイの会長兼CEOを務めてきたが、2025年5月3日の株主総会で年内をめどにCEO職を退き、長年副会長を務めたグレッグ・アベル氏に交代する意向を示した。
退任後も会長職は維持し、最終的な投資判断の責任を負うものの、日常業務からは距離を置くと説明している。
バークシャーは保険、鉄道、エネルギー、不動産など多角化を進め、時価総額は約7000億ドルに達している。企業文化や投資哲学は社内に深く浸透しているため、大きな混乱なく世代交代が可能という判断に至ったとバフェットは述べる。
市場は発表直後に株価が約3%下落したものの、数日で回復し、バフェットの存在感と後任への一定の信任が示された形となった。
アベル氏はカナダ出身で2000年に入社後、エネルギー部門を率いて利益成長に貢献し、非保険事業全般を統括してきた実績が評価されている。
今後の焦点は、分権的な経営体制や「企業価値の最大化」という原則をどのように保ちつつ、新規のM&Aや株主還元策を展開するかである。バークシャーは現在、約3477億ドルの現金を抱えている。この莫大な現金は、アベル氏の下で新興市場や事業買収の機会を探るとみられる。
アナリストの多くは、アベル氏が長期保有を基本とする投資スタンスを継承すると見ている。つまり、急激な方針転換は起こらないとの見方だ。ただ、一方で、バフェット特有の判断力を失うことへの懸念も残る。
バフェットの退任は、「一つの時代の終わり」として捉えられているのだが、バフェットの消えたバークシャー・ハサウェイがどれくらいの投資家の求心力を維持できるのか興味深いものがある。
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バフェットの投資哲学も大いなる遺産
バフェットが築いた業績は計り知れない。まず、1965年にバークシャー株を1株あたり約19ドルで買い取って以来、株価は1万倍以上に成長し、複利効果を体現してきた。年平均リターンは約20%を維持し、同期間のS&P500指数の約10%を大きく上回っている。
これだけでも「株式投資における複利の力」を実証する生きた教材である。
バフェットはおびただしい企業を買収してきたのだが、買収先企業の経営者との信頼関係を重視し、経営権を握った企業には高い自律経営を認めた。
これにより、バークシャー傘下の企業群は独自の経営判断を貫き、結果として市場競争力を維持し続けた。さらに、保険子会社のGEICOやBNSF鉄道などのキャッシュフロー豊富な事業を戦略的に活用し、投資機会を逃さなかった。
株主への還元策として、配当より自社株買いを優先し、資本効率を追求した点も特徴的だ。近年においても自社株買いを継続し、1株利益の向上に寄与している。こうした手法は多くの企業に模倣され、米国企業の資本政策に大きな影響を及ぼしたのだ。
バフェットについては、その投資哲学こそが大いなる遺産かもしれない。
「経営の質を重視し、理解できる事業に集中する」「企業の本質的価値に対して割安な価格で買い、安全域を確保する」「高い能力を持つ経営陣を信頼する」「長期視点で株を保有する」などの哲学は、多数の投資家にとって標準的な教科書となっている。
シンプルで正しい投資手法と合理性と忍耐力があれば、資本主義社会でリターンを手に入れることができることをバフェットは証明した。バフェットは単なる投資家ではなく、資本市場のルール形成者としての役割を果たしていたとも言える。
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いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたバフェット
バフェットはアメリカン・エキスプレス【AXP】やコカコーラ【KO】などの企業を数十年も保有しているのだが、2025年5月3日の株主総会でも日本の五大商社は「今後50年は保有し続ける」という決意を述べている。
バフェットの投資の特徴は長期投資である。
株式市場は短期的には価格変動が激しく、経済指標や市場心理に左右されやすいが、企業の事業成長力と収益力は年月をかけてじわじわと実現される。バフェットが説き続けた長期投資は、長い時間をかけて投資リターンを最大化する。
「私たちの仕事は動かないこと」とバフェットは長期投資の手法を述べたことがあるのだが、長期投資では売買回数を減らすことでコストを抑え、成長を確実につかみ、複利効果を最大限に活用することができる。
長期投資は企業経営への信頼を示す行動であり、経営者と投資家の利益を一致させる。短期的な株価操作を狙わず、企業の成長戦略を支援する資本提供者としての立場を明確にすることが、企業価値の向上を円滑におこなう鍵となるのだが、バフェットはつねにそうした立場を取ってきた。
堅実な成長を目指す長期投資は、株主に心理的な安定をもたらす。トランプ政権2.0が混乱をもたらして市場は乱高下しているが、今後、仮に市場が大きく急落したときでも、企業の本質価値に着目していればパニック売りを避けられる。
バフェットもその長い投資人生の中で、いくつもの修羅場をくぐり抜けている。
ケネディ大統領の暗殺、ニクソンショック、ベトナム戦争敗退、ロサンゼルス大地震、アジア通貨危機、LTCM破綻、同時多発テロ、リーマンショック、パンデミックと、数え上げればキリがない暴落の中で、バフェットは大きなチャンスを見いだして投資してきている。
長期投資家は資産を底値で売り払わず、むしろ割安株を買い増してきた結果、翌年以降に大きなリターンを享受している。その手本をバフェットはつねに提示してきた。
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羅針盤として参考にしたのがバフェットだった
バフェットの引退は、ひとつの時代の終焉を象徴する出来事である。今後、バフェット以上の賢さと規律を持った人物が現れるとは思えない。バフェットは「アメリカの良心」とも言える存在だったが、その良心が消えていく。
アメリカの経営者や投資家がバフェットの精神的な遺産を受け継いでいくのか、それともバフェットが消えることによって野放図で残酷な資本主義が暴走していくのか、見極めたいと思う。
個人的には、バフェットの持つ古き良きアメリカの精神を今のアメリカが継承していくことを望んでいるが、そうでない可能性もある。
アメリカはますます弱肉強食の資本主義にのめり込んでいくはずだし、今後も「カネこそすべて」を体現したような俗悪な投資家が次々と登場してくるはずだ。こうした人物がセンセーショナルな話題をさらうようになっていくと、徐々にバフェットの堅実な精神は忘れ去られてしまうことも十分にある。
ある意味、バフェットの堅実さはアメリカの中でも異質だったように思う。異質であるがゆえに「良心の最後の砦」でもあったわけで、いよいよ年齢的な問題からその最後の砦が消えてしまうのだからアメリカも心もとなくなる。
希望があるとしたら、バフェットが残した手法や言葉が、今後も多くの人たちを啓蒙し続ける力があることかもしれない。その投資哲学は、単なる理論に留まらず、誠実な資本運用の実践手引としても機能するはずだ。
企業の本質的価値に基づく価値評価と長期視点を貫く姿勢は、バフェットの思想を継承する者によって生き続ける。
時代が変わり、株式市場も変貌を遂げる局面でも、株式投資の原則は変わることがないはずだ。そうした原則を見極め、原則に沿って投資をおこなうことで確実なリターンを手に入れることができるようになる。バフェットの残した哲学は、激動や波乱に対する「防波堤」となり得る。
バフェットが一線から退くのであれば、ますますバフェットの残した膨大な言葉と智慧を研究する必要があるのかもしれない。
