
彼は良き市民だったが、それほど目立つ人生でもなかった。彼は質素な生活をして、同じく質素な生活を好むごく普通の女性と結婚した。仕事はガソリンスタンドの店員とデパートの掃除をしていた。それで彼が亡くなったとき、資産はいくらだったのか。約11億8800万円だった。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
長期投資、高配当株では金持ちになれない?
「長期投資、高配当株では金持ちになれない」という意見を持つ人がいる。このような意見を聞くと、私がいつも思い出す人物がいる。それは「ロナルド・リード」という人だ。
彼は別に何者でもない。2014年に92歳で亡くなったのだが、バーモント州のガソリンスタンドで働いていたの白人の高齢者だった。貧しい農家の出身で、ごく普通の何の特徴もない、とても目立たない老人だった。
高校時代も、家が貧しかったので6キロほどを歩いて学校に通ったりしていた。
1940年に苦労してバーモント高校を卒業し、第二次世界大戦中は北アフリカやイタリアに出兵していた。なぜ兵士になったのかというと、軍隊はいつでも貧しい青年を兵士として雇っていたからだ。
それ以外は国外に出ることもなく、馴染みのバーモント州で細々と生きてきた。
彼は良き市民だったが、それほど目立つ人生でもなかった。彼は質素な生活をして、同じく質素な生活を好むごく普通の女性と結婚した。最初は兄と一緒に自動車修理工で働いていたが、そのビジネスはうまくいかなかった。
そのあと、彼はガソリンスタンドの店員として働くようになった。途中から整備士になったのだが、慎ましい給料と慎ましい生活であるのは変わらなかった。彼はその慎ましい給料で25年間も働いた。
そこを退職したあと、今度は、JCペニーというデパートの用務員の職を得た。掃除やメンテナンスの仕事だ。臨時のはずだったが、彼はそこでずっとまじめに働いてきた。そこでは17年働いている。
これだけを見てもわかると思うが、ロナルド・リードは本当に「普通の市民」として生活してきた人物である。ところが、である。ロナルド・リードはひとつだけ他の人と違ったところがあった。
フルインベストの電子書籍版!『邪悪な世界の落とし穴: 無防備に生きていると社会が仕掛けたワナに落ちる=鈴木傾城』
何も持たなかったはずの老人が読んでいたものとは?
ロナルド・リードは派手なことも、目立つことも、贅沢することも好まなかった。
食事も、地元のコーヒーショップで軽く取り、車もトヨタ・ヤリス(日本名ヴィッツ)の目立たない小さな車に乗り、駐車場代を浮かすために、わざわざ遠いところに停めて小銭を浮かしていた。
彼はすり切れてよれよれのフランネルのシャツを着て、穴の開いた野球帽をかぶって過ごしていた。ときにはホームレスに間違えられることもあった。
あまりの貧相な格好に同情した女性が、彼にニット帽を編んでプレゼントしたこともあれば、朝食をおごる人もいたほど、彼の格好は貧相だった。そもそも、仕事も掃除やメンテナンスである。勤務年数は長いが、薄給であるのは間違いない。
ロナルド・リードの同僚は、彼が「斧で薪を切ったりするのがうまい」くらいの印象しか持たなかったという。ユーモアに富んでいたが、取り立て目立つ存在ではなかったのだ。
そんな彼に、不似合いな趣味な趣味があった。それは、彼がいつも「ウォールストリート・ジャーナル紙」を読んでいたことだ。
ウォールストリート・ジャーナルは投資新聞である。貧相な格好の節制をしながら生きている老人とウォールストリート・ジャーナルの組み合わせは、たしかに奇妙な感じであった。
ところが、この投資新聞を読む彼の姿こそが、まさに彼の「裏の顔」だった。ロナルド・リードが死んだ時、その遺産を調べた管財人は驚愕した。
彼の家に保管された株式は95銘柄あったが、その価値は時価にして800万ドル、すなわち円換算(148円相当)で約11億8800万円であったのだ。一生をブルーカラーの仕事で生きて、質素に暮らしてきた高齢者にしては、途方もない資産だった。
『邪悪な世界のもがき方 格差と搾取の世界を株式投資で生き残る(鈴木傾城)』
超長期投資で回し続け約11億8800万円の資産に
彼は手持ちの資産を、超長期投資で回し続けてきた。何十年も同じ株を持ち続け、配当再投資を繰り返して複利で資産を増やした。
その95銘柄でもっとも多かったのはウエルズ・ファーゴ銀行と、P&Gだった。また、アメリカン・エキスプレスやJ&Jも相当額を持っていた。これらは、長期投資銘柄として、現代でもしばしば取り上げられる銘柄でもある。
他にも、レイセオンやユナイテッド・テクノロジーズといった軍事企業の株式も保有していた。彼が陸軍に所属していたことから、レイセオンという軍事企業は、自分がよく知っている企業であったのだろう。
このロナルド・リードはビジネスマンではない。学歴はなく、派手な生きかたを嫌い、ブルーカラーの仕事だけで生きてきた「普通の人」である。
そんな普通の人であっても、手持ちの小さなお金で優良な多国籍企業の株を買って、「超」長期投資でまわすことによって、約11億8800万円もの資産を築き上げたのだから尋常ではない。
彼がこの資産を築く上でやったのは、手持ちの資金を飽きずにコツコツと株式に投じ、買った株は売らず、ひたすら配当再投資するという典型的な長期投資手法だった。
彼は物理的な株券を買って家に保管していた。そのため、リアルタイムで株を売ったり買ったりすることはなかった。もともと保有した株はけっして売らないというポリシーが彼にはあったので、リアルタイムの売買環境は必要なかった。
つまり、彼には相場は関係がなかった。
また、利ザヤを抜くことも関係がなかった。ロナルド・リードは、「ひたすら株を増やす」というゲームをしていたのだ。それで、最終的には約11億8800万円もの資産を築き上げたのだ。
『亡国トラップ-多文化共生- 多文化共生というワナが日本を滅ぼす(鈴木傾城)』
正しい企業に投資して保有するというシンプルな行動
「超」長期投資をしようと思うと、時代の動乱と波乱と激動に耐えなければならない。「超」長期投資は今日買って、明日結果が出るようなものではない。むしろ、投資して数年は何の結果も出ないことのほうが多いのだ。
そして、たった数年の間だけでも、次々といろんな「悪いこと」が起きる。
たとえば、ロナルド・リードの持っている株式も、そのほとんどは、数年間、まったく上昇しなかったものもあれば、上昇どころか、むしろ半値に下がったものすらも珍しくない。
彼の保有していたレイセオン株も、上昇相場に乗るよりも、むしろ低迷していた期間のほうが長かった。業績低迷、スキャンダル、株価暴落、政府による軍事費削減、アメリカ衰退、リーマン・ショックと、ありとあらゆる逆風にさらされ続けていた。
彼が大量に保有していたウエルズ・ファーゴ銀行にしても、リーマン・ショック時には、半値以下に暴落していた。その頃、アメリカの金融市場は崩壊するともいわれていた。
その間、ロナルド・リードは何をしたのか。
何もしなかった。ただ、じっと保有し続けていただけだ。いや、おそらく配当再投資の原則に則って、地道に増やし続けていたのだろう。
そして、その「悪い時にも保有する」という忍耐力で資産を築き上げていた。正しい企業に投資して保有するというシンプルな行動さえできれば、それで資本主義社会では買ったも同然なのだ。
それを身をもって思い知らせてくれているのが、ロナルド・リードという老人の人生だった。「長期投資、高配当株では金持ちになれない」という意見を持つ人がいるが、考え直したほうがいい。
