
クラフト・ハインツは、世界有数の食品・飲料メーカーだが、株価は6年にも渡って低迷したままだ。ひとことで言うと「悲惨」とも言える。ただ、この低迷によって配当利回りは5.7%近くに達している。果たして、5.7%の高配当のために、買ってもいいのか買わないほうがいいのか……。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
クラフト・ハインツ【KHC】の株価低迷と高配当の背景
クラフト・ハインツは、世界有数の食品・飲料メーカーである。2015年に米国のクラフト・フーズとハインツが経営統合し、食品業界でもっとも巨大な合併のひとつをおこなった。
主力ブランドには、ケチャップの「ハインツ」、チーズ製品の「クラフト」、加工肉製品の「オスカー・マイヤー」、ナッツの「プランターズ」などがある。北米を中心に、欧州やアジア、中南米など約50か国以上で販売網を展開し、年間売上高は約250億ドル(約3兆円)にのぼる。
統合当初の株価は上昇基調を保ち、2017年には1株あたり40ドル台を付けた。ところが、2018年に発表された業績見通しの引き下げやコスト削減失敗を理由に株価は急落し、以後、株価は延々と低迷したままだ。ひとことで言うと「悲惨」とも言える。
現在の株価は約28ドル前後で推移し、配当利回りは5.7%近くに達した。食品セクター全体の平均配当利回りがおおむね3%台であることから、KHCの利回りは際立って高い。
高配当を維持する背後には、同社が長期的な株主還元を重視する配当政策を採用していることがある。毎四半期ごとに安定した配当を支払う体制を整えており、過去数年、減配は一度もおこなわれていない。
規模の大きいブランドポートフォリオによって売上がいっせいに大きく崩れにくく、安定的なキャッシュフローを確保できる点が強みである。
株価低迷と高配当という状況は、投資家にとってリスクとリターンが同居する局面でもある。高配当が欲しくて買っても、株価は永遠に上がらないのでは、投資家としても非常にキツい局面ではないだろうか。
果たして、5.7%の高配当のために、買ってもいいのか買わないほうがいいのか……。
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クラフト・ハインツは高配当を維持できるのか?
クラフト・ハインツは直近の四半期配当を維持したまま、配当利回りを5.7%前後に保っている。これは同社が株主還元を経営の柱に据えており、配当性向を70.85%に設定している点が背景にある。
配当性向70.85%というのは、けっこう高い数値なのだがそれだけクラフト・ハインツには株主に報いるという覚悟があるということなのだろう。では、経営的には無理はないのだろうか?
EPS(過去12カ月)は2.21ドルで、予想EPS(次年度)は2.67ドルと増加見込みである。したがって、一株当たり利益の7割超を配当に回しても、残余利益が企業成長投資や借入返済に充当できるバランスが保たれている。
利益の源泉である営業キャッシュフローからフリーキャッシュフロー(FCF)への転換率を示す指標として、P/FCFは10.44倍である。これはFCF利回りおおむね9.6%に相当し、配当利回り5.7%を十分に賄える水準である。
ただ、過去5年間のEPS成長率は年平均7.39%で堅調だったが、今後5年は年率-2.93%と減速が予想されている。
だが、売上高の直近5年成長率は0.72%といっせいに大きく落ち込んでいるわけではない。安定したブランド力と適度な成長が、FCFの下支え要因となっている。
財務レバレッジは適度に抑制されている。Debt/Equityは0.44倍、長期Debt/Equityは0.42倍に収まっている。自己資本比率が高く、過度な借入増加を回避しており、金利上昇局面でも利払い負担が大きく悪化しない。
流動比率は1.31倍、当座比率は0.81倍と、短期的な支払い余力にも問題がない。インサイダー保有率は0.42%と低いが、機関投資家保有率は86.08%にのぼり、高いガバナンス監視が効いた経営をおこなっている証拠だ。
配当実績は悪くはない。過去数年にわたり減配は一度もおこなわれていない。
四半期配当はいっせいに維持または緩やかに増加させ、2025年4月の決算発表時にも配当据え置きを決定した。粗利益率34.64%、営業利益率20.86%、純利益率10.44%と、食品業界内でも堅実な収益構造を維持しているので、問題はあるとしても減配の心配はないだろう。
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株価が上がらない大きな要因とは何か?
クラフト・ハインツの主力事業は、ケチャップやチーズ、冷凍食品といった中核ブランドが中核を成している。
ケチャップブランド「ハインツ」は米国市場で約60%のシェアを握り、年間売上の約20%を占める。日本でも売られているので、馴染みのブランドでもある。私もケチャップはハインツ派だ。
チーズ部門は「クラフト」ブランドが年間約80万トンを出荷し、欧米で約30%の市場占有率を保有している。冷凍食品では「レッドバロン」や「バードズアイ」といったブランド群で約10%のシェアを獲得し、家庭向けの需要を取り込んでいる。
これら伝統的な製品群は成熟市場であるものの、安定した利益率を確保し、粗利益率は約35%、営業利益率は約21%を維持している。成熟期にもかかわらず、ブランド力を背景にプレミアム価格を設定できる点が競争優位だ。
成長戦略として同社はM&Aとコスト構造改革を積極的におこなってきた。2021年には植物由来製品の「プライマル・キッチン」を42億ドルで買収し、プラントベース領域への参入を迅速化した。
この買収により年間約2億ドルのシナジー効果が創出され、調達コストの削減や物流統合が進んだ。また、2019年以降に実施した統合コスト削減プログラムでは、世界各地の生産拠点を最適化し、年間3億ドルの費用削減を達成している。
さらにクラフト・ハインツは、新規成長ドライバーとして、ヘルスケア・プレミアムラインを立ち上げている。これは、低糖・低塩のケチャップや、プロテイン強化チーズスナック、グルテンフリー冷凍ミールなど、健康志向の高い消費者セグメントを狙った商品群だ。
2024年には「ハインツビオ」のオーガニックケチャップを北米と欧州で発売し、発売初年度に売上100百万ドルを突破した。加えて、サブスクリプション型ミールキット事業「クラフトキッチン」を一部地域で試験導入し、デジタルチャネル強化にも注力している。
ただし、既存市場の伸びは限定的でもある。今後も競合環境は激化し、原材料コストや物流費の上昇が利益を圧迫するリスクを抱えている。市場はそうした悪材料を懸念しており、それが株価が上がらない大きな要因となっている。
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株価の上昇をまったく期待しない高配当株
クラフト・ハインツは配当利回り5.7%前後となっているわけで、これはかなり高い配当である。そのため、配当株投資としては目が離せない企業であるとも言える。
ただ、株価は2019年から30ドル前後をうろうろしており、ほとんど上がっていない。もう6年も株価が横ばいで低迷している。6年である。6年は短い年月ではない。いったいどれだけ市場から見放されているのかがわかるはずだ。
株価収益率も12倍あたりでうろうろしているので、ここから見ても割安で放置されているというのがわかる。割安だし、それなりに売上はあるし、負債比率もそれほど高くないので、財務健全性は確保されている。
だが、高配当維持の負荷は軽くない。
現在は利益の7割超を配当に回している水準であり、景気後退などでこれ以上の売上鈍化が続けば厳しいことになってしまうだろう。実際、過去5年のEPS成長率は年平均7.39%だったが、今後5年はマイナス2.93%と予想されている。成熟市場の中で、もがいている格好だ。
今後も高い配当を維持するためには、M&Aによるシナジー創出や、新規成長ドライバーの収益化が急務となっている。ただ、成熟市場であるがゆえに急騰は見込めない一方で、いっせいに売上が崩れるリスクも低い。
個人的には、株価の上昇をまったく期待しない高配当株としては、クラフト・ハインツは十分に面白い銘柄になるのではないかと感じている。この企業のブランド力はダテではない。ハインツは市場支配的ブランドなのだ。
ただ、成長がなければ国債を買って保有しておいたほうがマシなので、どこかでブレイクスルーしてもらわなければ「株式」を保有する意味がない。そういうストーリーが欠けているのが痛い。
そういう成長ストーリーが飛び込んできたとき、この企業は猛烈に魅力的な銘柄になると思っている。果たして、どうだろうか……。
