
長期投資家なのに毎日のようにチャートを見てその上げ下げばかりにとらわれていると、次第に観点が「株式の動き」「相場の動き」が中心になっていき、わずかな騰落に感情が振り回され、売買を繰り返し、長期投資から離れていく。長期投資家にとってチャートは「ワナ」として機能する。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
とにかく短期的な価格変動に振り回されやすい
株価はつねに企業価値の真実を映し出すわけではない。たとえば、米国のS&P500指数に連動する【VOO】では、日々の騰落幅が±1%前後のことが多い。
これは企業の業績や成長見通しではなく、短期的な需給バランスやFRB(連邦準備銀行)の利上げ観測、政治的なニュースに反応した結果である。日々の値動きはマーケットのノイズにすぎず、本来の企業価値とは無関係な動きが大半を占めている。
最近ではトランプ大統領の言動がそのまま株式市場に反映されているのだが、かなり適当で気まぐれな発言で何パーセントも上がったり下がったりを繰り返すのだから、もはや「ノイズ」でしかない。こうしたノイズに翻弄されていると、長期的に見るべき企業の内在的価値を見失う。
個人投資家は日々のチャートをチェックすると、株価下落で「損失を抱えている」という思い込みにとらわれやすい。他の銘柄が上昇すると、これまた「乗り損なった」と感情が揺さぶられる。
そして、無用な売買を誘発する。
証券会社の手数料を考えれば、不要な取引はパフォーマンスを大きく損なう元になる。さらに、心理的ストレスによって判断力が鈍り、焦りから本来の投資戦略と異なる行動を取ったりする。
こうした短期的な売買に振り回されると、結果として悲惨なことになる。
投資本来の視点である「企業の成長と配当再投資」「複利効果」を見失わないためには、日々の株価ではなく、四半期決算や業績発表などの重要イベントのタイミングでチェックするほうが合理的だ。
しかし、株にのめり込めばのめり込むほど毎日のようにチャートを見てしまうのだ。
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自分の持ち株が下落すると強い不安に襲われる
人間は損失を嫌う。そのため、自分の持ち株が下落すると強い不安に襲われる。
実際に心理学では「プロスペクト理論」が提唱され、同じ金額の利益より損失のほうが心理的インパクトが大きい。株価が10%下落した場合、投資家は同じ10%上昇時よりもはるかに強いストレスを感じ、損失を回避しようと売却を急いでしまう。
このプロスペクト理論については以前にも書いた通りだ。(ダークネス:人は合理的ではない。合理的ではない人間が株式市場で生き残るにはどうするか?)
一方で株価が上昇局面にあると、「もっと上がるかもしれない」という期待から過剰に買い増しをおこなうことがしばしば起きる。
S&P500の長期チャートを見れば、下落局面の中でもしばしば急騰してそのまま上がり続けそうな局面があるのが見える。そうした局面では、多くの個人投資家が「出遅れた」と思っていっせいに買いに走り、高値づかみを余儀なくされる。
感情に左右された取引では、そういうことがよくある。
とにかく、毎日のようにチャートを見ているとそういう感情になりやすい。長期投資では企業の内在的価値と配当再投資、複利効果に焦点を当てるべきであり、日々の値動きに振り回されることは本質からの逸脱である。
統計的に見ても、過度な取引をおこなう個人投資家の運用成績は市場平均を下回る傾向が顕著だ。それもそうだ。その「過度な取引」の大半は感情に突き動かされた取引なのだから、パフォーマンスが落ちても当然なのだ。
プロでさえ、取引が増えれば間違いが膨らんでいく。したがって、長期投資家は日々の値動きを意識的にシャットアウトし、企業のファンダメンタルズや決算発表など、偶発的なイベントに限定して情報を収集する形にしたほうがいい。
これにより不必要なストレスを抑え、冷静な判断を維持できる。
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長期投資家が追求しなければならない本来の目的は何か。それは、企業の持続的成長と株主還元、さらには複利効果の享受である。
ところが、日々の株価変動に注目しすぎると、本来重視すべき企業価値の変化ではなく、短期的な需給や市場センチメントにばかり目がいってしまう。それで、長期投資の目的から大きく逸脱していくことになる。
たとえば、S&P500の構成銘柄にはApple【AAPL】やMicrosoft【MSFT】といった成長企業が多数含まれる。長期投資家なら四半期決算発表の際には売上高や純利益などの実質的な業績指標を見る必要がある。
だが、毎日のようにチャートを見てその上げ下げばかりにとらわれていると、次第に観点が「株式の動き」「相場の動き」が中心になっていき、わずかな騰落に感情が振り回され、売買を繰り返し、長期投資から離れていく。
配当再投資を継続すると、わずか3%前後の平均配当利回りでも長期的には雪だるま式に資産が増える。それなのに、日々の値動きに怯えて売却や買い増しを繰り返すと、複利の効果が台無しになり、選択も間違えると資産が減る。
実際、投資信託の平均保有期間は3年である。ほとんどの人が長期投資ができていない。おそらく、日々のチャートに惑わされている。これは大半の投資家が陥ってしまう明確な「ワナ」である。
チャートは、ある意味「魔物」でもあると言える。チャートにとらわれればとらわれるほど、トレードしたくなり、投資家をギャンブラーにしてしまう。そして、長期投資を破壊する。
そうであれば、最初からチャートは頻繁に見ないというのは、資産防衛のためには良い選択なのかもしれない。そうすることで、長期投資家は日々の値動きに惑わされることがなくなる。
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長期投資家にとってチャートは「深い落とし穴」
トレーダーにとってチャートは重要なツールかもしれない。しかし、長期投資家にとってチャートは「深い落とし穴」のひとつでもある。
日々の株価をチェックすると、上昇時には「まだ買い増せるか」、下落時には「今すぐ売却すべきか」という思考が頭を支配し、休む間もなく取引の誘惑に駆られる。実際に、個人投資家の70%以上が1週間に1度以上スマートフォンで株価を確認しており、そのうち約40%が「相場を見るたびに不安を感じる」と回答している。
「相場を見るたびに不安を感じる」というのはどういう意味なのかというと、持ち株が上がっていたら下がるのではないかと不安を感じ、下がっていたら、もっと下がるのではないかと不安になるという意味だ。
下がっても、上がっても、そのチャートの動きの意味を知りたくなり、意味を知ったら不安になる。不安になったら売買をしたくなる。
持ち株だけでなく、持っていない株に関しても、その上下に不安を抱く元になる。持っていない株が上がったら「大きな魚を逃した」「バスに乗り遅れた」と思い、持っていない株が下がったら「次は自分の株が下がる」と思うからだ。
それでチャートを見るたびに、何重もの不安が感情的に押し寄せて精神的負担を著しく悪化させる。おそらく、何の感情も持たずにチャートを見れる人はいないのではないかと私は思っている。
どのみち、長期で投資した株式を保有するのであれば、日々のちょっとした「ノイズ」で売ることができないのだ。それならば、最初から感情を乱すよけいな情報を入れないほうが逆にいい。
もっとも成功する投資家は「S&P500連動ETFを買って、あとはアカウントを持っていることすらも忘れてしまった投資家」と皮肉で言われるのだが、それはあながち間違った話ではないと私は真剣に思っている。
