
AIの持つ大量の情報処理能力とパターンの発見と高速な取引は、人間よりも圧倒的に有利である。能力の差は開いていくばかりと化す。AIの正確性と経験値が増すと、人間はAIに狩られる。もはや人間のトレーダーは株式市場でAIに弄ばれる「養分」と化すはずだ。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
AIで武装した個人トレーダーが姿を現す?
AIが金融市場に導入され、大きな影響力を持つようになるのは時間の問題だ。
AIは、膨大な経済データやニュース、SNS上の投稿など、従来は人手で解析しきれなかった情報をリアルタイムで高速に処理できる。そして、株価がどう動くのかを瞬時に予測して瞬時に取引することが可能になる。
たとえば、経済に関連する新しいニュースが公表された直後、AIはそのテキストを一瞬で読み込み、数秒以内に株価の方向性を予測して取引を実行できる。この速度は、人間が内容を読み解き、注文を発注するまでに要する時間とは比較にならない。
一方、人間側もAIの分析結果をもとに、最新のマクロ経済指標や企業決算のインパクトを株価に織り込もうと動くようになる。AIが使いこなせるかどうかが、トレードで勝てるかどうかの重要なポイントになっていく可能性がある。トレーダー間のAI競争が激烈になっていくはずだ。
AIがおこなう市場分析は、統計的手法と機械学習モデルの両面を併用している。単純な過去データの照会ではなく、非線形な市場の動きや、複数の経済指標間に隠れた相関関係を抽出する。
これをうまく見つけることができたトレーダーは、秘密裏に莫大なリターンを手にするようになっていくだろう。
それこそ従来のテクニカル指標やファンダメンタルズ分析では見つけられなかった関連性や、誰も見つけられなかった確度の高いアノマリーをAIが見つけ、それを独占できれば個人で数百億円もの利益を手にするトレーダーも出てくる可能性もある。
やがて、AIで武装したトレーダーが予期せぬ形で姿を現すかもしれない。
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トレーダーは株式市場でAIに弄ばれる「養分」に
しかし、AIによる効率性の向上が、かならずしもすべてのトレーダーに利益をもたらすわけではない。高速なAI取引によって、情報のアップデートが株価にほぼ瞬時に反映されるのだ。それこそ瞬殺されるトレーダーも膨大に出てくる。
そもそも、プロの領域ではすでにアルゴリズム取引や高頻度取引が全取引量の50~60%を占めるとされ、取引の大部分はミリ秒単位で完結している。
こうしたアルゴリズムは、過去の価格データ、統計データや、チャートパターンや、オーダーブックの情報や、アノマリーを学習し、最適な売買機会を自動で検出して即座に実行する。
ここにAIが組み込まれて、アルゴリズムが極度に洗練されていくことになる。人間が考えて与えたアルゴリズムではなく、AIが自律的に考え、発見するアルゴリズムが組み込まれて動く。
問題は、こうしたAI手動の取引が個人のトレーダーにも広がっていったときに、どうなるかだ。1秒間に数百回もの取引がおこなわれるのであれば、個人はもうそれを確認することすらも不可能だ。トレードはAI任せになって、人間はうまくやってくれるのを祈るしかない。
もちろん、トレーダーは自らトレードしたい欲求があるわけで、AIが有利だとわかっていても手動でトレードしたい個人も出てくると思う。だが、AIの持つ大量の情報処理能力とパターンの発見と高速な取引は、人間よりも圧倒的に有利である。能力の差は開いていくばかりと化す。
AIの正確性と経験値が増すと、もはや人間のトレーダーは株式市場でAIに弄ばれる「養分」と化すはずだ。
今後3~5年で、AIは個人のトレーダーでも必須のツールとなるだろう。そのうちに、AIをアシストとして使うのではなく、完全にAIに依存し、AIを走らせるだけの個人のトレーダーも出てくるかもしれない。
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すると、AIは「間違った方向に正しく動く」
AIによるアルゴリズム取引が市場に深く浸透すると、過度な自動化と群衆行動的な取引がボラティリティをさらに増幅し、株式市場を危機に陥れる局面が訪れるようにも思える。
たとえば、同じAI戦略を採用した複数の取引システムが同一の売買シグナルを検知すると、いっせいに売り注文や買い注文がおこなわれる。その影響は雪崩を打つように連鎖し、市場価格が一瞬のうちに一方向に突き抜ける。
このような状況になったら、人間のトレーダーは対処できない。場合によっては、AI同士の競合によって実需を反映しない取引が拡大し、市場本来の需給バランスが崩壊することもありえる。つまり、平然と常軌を逸した価格になる。
AIは情報を取り入れるのが早いがゆえに、群衆行動的なトレードを過剰に増幅するだろう。SNSやニュースのヘッドラインがAIに取り込まれると、感情的な文言がアルゴリズムに捕捉され、いっせいに売り注文が作動するかもしれない。
その感情的な文言は仮に内容が間違っていたとしても、群集心理的に見れば人々の感情をうまく捉えているので間違いではない。すると、AIは「間違った方向に正しく動く」ことになるのだ。
こうした動きは不確実性を増長し、トレーダーを翻弄する。おそらく、人間のトレーダーは何がどうなっているのか読めなくなり、最終的にはAIが人間のトレーダーから資金を巻き上げていく形になるだろう。株式市場はAIと人間によるゼロサム・ゲームになっていく。
結果的にはAIが利益を総取りして、人間のトレーダーが惨敗していく。スピードにおいても、情報処理能力においても、AIは人間を凌駕しているのだ。人間がAIに狩られても、何ら不思議なことではない。
AIが市場に浸透していき、自律的に株式市場の狩人となったとき、個人のトレーダーは、さしずめプレデターに狙われた人間のように無力になってしまうのだろう。
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狂気が収まった先に収斂するのは「平均」
長期投資をしている投資家も、AIが市場を変質していく光景の中で生き残らなければならない。しかし、私は個人のトレーダーよりも、むしろ長期投資家のほうが生き残る確率は相当高いと思っている。
なぜなら、長期投資家はトレードにつき合わないからだ。
たとえば、S&P500連動ETFを保有して長期で継続して持っている投資家は、ボラティリティがどんなに高くても、売らないのだから関係ない。価格が狂気のように上がったり、狂気のように下がったりすることで精神的な不快感や動揺があったとしても、それで保有株に何かするわけではない。
結局、狂気が収まった先に収斂するのは「平均」である。
過去数十年のデータを見れば、S&P500は年率約7%のリターンを示している。たとえ一日で10%以上の急落や急騰が起きても、長期保有すればそれらは短期間のノイズにすぎなくなる。
実際、1987年のブラックマンデーや2008年のリーマン・ショック後も、数年単位で価格は回復し、最終的には平均リターンに戻っていった。
長期投資家は、群衆行動的な価格変動がポートフォリオに与える影響を受け流す術を身につけている。市場全体がいっせいに不可解な下落で動揺した際も、下手に動くことはない。
市場がどう動いても、S&P500連動ETFや全米株式ETFをドルコスト平均法で淡々と買っていればいいし、特に割安になったタイミングでは多めに買ってもいい。もちろん、何もしなくても特に問題はない。長期的には株式市場の総本山であるアメリカの株式は上昇するからだ。
AI主導の群衆的取引がどれだけ激しくなろうとも、長期でつき合わない戦略がもっとも合理的であるし、それが生き残りになるのだとも考えている。今後、AIは投資の光景を変えてしまうと思うのだが、長期投資の手法だけは変わらない。
