Appleの苦境。イノベーションは色褪せ、AIは出遅れ、関税25%の脅しをかけられる

Appleの苦境。イノベーションは色褪せ、AIは出遅れ、関税25%の脅しをかけられる

現在文明のパラダイムシフトは「AI」である。Appleはここで出遅れた。Appleのこれまでの強みであったブランド力、デザイン、エコシステムは依然として優位性を持つが、AI技術を軸にした新たな消費者体験の時代においては、従来のモデルが通用しなくなりつつある。Appleは今、正念場にある。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

OpenAIとジョナサン・アイブの融合

OpenAIがジョナサン・アイブの企業「io」を完全に買収したというニュースが、テクノロジー業界において大きな波紋を広げている。

言うまでもなく、ジョナサン・アイブはAppleで「iMac」「iPod」「iPhone」「iPad」など数々の革新的な製品デザインを手がけ、Appleのブランドイメージを築いた中心人物である。

その後、Appleを退職してアイブが設立した「io」は、これまでに独自のプロダクトやデザインプロジェクトを展開してきたが、今回の買収によりOpenAIとアイブのデザイン哲学が直接融合する可能性が出てきた。

OpenAIは、言語生成AI「ChatGPT」や画像生成AI「DALL·E」などで世界を席巻してきた。しかし、これまでOpenAIはソフトウェア領域が中心であり、消費者が手に取るようなハードウェア製品はまだ出していない。

だが、AI技術はここ数年、単なるソフトウェアの範囲にとどまらず、スマートスピーカーや家庭用ロボット、AIカメラなど物理的な製品との融合が加速している。とすれば、OpenAIがデザインとテクノロジーを兼ね備えた新たな消費者向け製品に参入するのは必然だ。

この買収によって、OpenAIはデザイン面で圧倒的なアドバンテージを獲得したと断言できる。

ジョナサン・アイブが手がけるプロダクトは、機能性だけでなく使いやすさ、所有欲をかき立てる外観、触覚に訴えるディテールが特徴であり、Appleの成功はまさにアイブのデザイン力に支えられてきた事実がある。

「iPhone」も、アイブによる徹底的なシンプルさと直感的な操作性が消費者の心をつかみ、爆発的な普及をもたらした。OpenAIが今後展開する新製品においても、同様のインパクトになるかもしれない。

問題は、Appleだ……。

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「AI」でAppleは致命的なまでの遅れを取っている

Appleは、これまで消費者向けデバイス市場において他社を大きくリードしてきた。

iPhone、iPad、MacBook、Apple Watchなどは、いずれのカテゴリーにおいても業界標準を塗り替えている。

だが、ここ数年でもっとも重要なのは「AI」である。AIの重要性は高まる一方であり、社会のあらゆる分野で浸透し始め、大きなパラダイムシフトを引き起こしつつある。その「AI」でAppleは致命的なまでの遅れを取っている。

現状、AppleのAI関連プロダクトは「Siri」など一部に限られている。そのSiriにしても、たいして目を見張るようなものでもない。たしかに、Siriは2011年の導入当初こそ革新的な存在だった。ところが、現在は精彩を欠いている。

Siriは、GoogleアシスタントやAmazon Alexa、そしてOpenAIのChatGPTなど、他社AIに比べて認識精度や応答の柔軟性、知識量の面で明らかに劣っている。

AppleがAIに出遅れている理由は複合的だ。ひとつはAppleが従来から「プライバシー重視」を企業の根幹に据えてきたことである。大量のユーザーデータをサーバーに集約し、クラウドで学習・進化するAIを実現するには、どうしても個人データの収集が必要になる。

だが、Appleはデバイス内での処理にこだわり、個人情報を極力外部に出さない方針を貫いてきた。その結果、GoogleやOpenAIのような「クラウド型AI」と比べて、進化スピードと機能の面で劣後してしまった。

さらに、Appleは自社エコシステムの囲い込みを重視するがゆえに、社外との連携やAIスタートアップとの協業が極端に限定的であり、それが結果としてAI分野でのスピード感の欠如につながっている。

Appleのこれまでの強みであったブランド力、デザイン、エコシステムは依然として優位性を持つが、AI技術を軸にした新たな消費者体験の時代においては、従来のモデルが通用しなくなりつつある。

今後、AppleがAI分野でどのような戦略を打ち出せるかは、同社の命運を左右する重大な課題となっている。

やっかいなことに、Appleの苦境はそれだけではない。

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アメリカ以外で作ったiPhoneには一律25%の関税

Appleは、ここ数年にわたりグローバルなサプライチェーンを最大限に活用し、低コストかつ高品質な製品を世界中で安定供給してきた。その中核をなすのが中国に設けられた巨大な生産拠点である。

Apple製品の多くは中国・深圳にあるFoxconn(鴻海精密工業)やPegatronなどの工場で生産されている。

アメリカと中国が政治的にも経済的にも軍事的にも激烈な対立関係に入ってから、Appleは中国依存を減らすべくインドや東南アジアへの生産移管も進めてきた。だが、いまだ中国が最大の製造拠点であることに変わりはない。

そうした中、返り咲いたトランプ大統領が恫喝関税外交を始めるようになって、Appleもまた直接的な影響を受けるようになってきている。トランプ大統領は強引なまでに高関税を振りかざして中国をアメリカと分離しようとしているのだが、Appleはそれを見て中国からインドに生産を移管しようと準備してきた。

しかし、トランプ大統領はインドに生産工場を作るのではなく、アメリカに生産工場を作れとAppleのティム・クックCEOに命じるようになり、ついに「アメリカ以外で作られたiPhoneには一律25%の関税を課す」と言い出すようになった。

これは、Appleにとって大ダメージとなる。

もしこの関税措置が実際におこなわれれば、Appleの収益モデルは根本から揺らぐ。iPhoneはAppleの総売上高の約50%を占める主力商品であり、その価格競争力を支えているのは低コストな海外生産だ。

アメリカ国内で生産をおこなえば、労働コストや部材調達コストは飛躍的に上昇し、現行モデルと同等の価格帯を維持するのは事実上不可能となる。

仮に25%の関税をそのまま製品価格に転嫁すれば、消費者負担は大幅に増大し、Appleのブランド力に陰りが差すのは避けられない。

また、Appleのサプライチェーンは数千にも及ぶ部品メーカーやロジスティクス業者が複雑に連携することで成立している。その多くが中国やアジア地域に立地している。米国生産への急激な移行は、はっきり言って極めて困難だ。

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ブランド力と圧倒的なエコシステムは、圧倒的

Appleは長年にわたり、時価総額世界トップを維持し続けてきた。iPhoneをはじめとする主力製品群は、世界中の消費者の生活スタイルを変革し、強固なブランドロイヤルティを築き上げている。

このブランド力と圧倒的なエコシステムは、圧倒的でもある。

だが、Appleの抱えるリスクは非常に大きなものになりつつある。iPhoneのイノベーションはだんだん色褪せてきており、AIは出遅れ、トランプ大統領には名指しで関税25%の脅しをかけられ、投資家にも見捨てられつつある。

その上、次のイノベーションは、かつてのAppleの基礎を作ったデザイナーであるジョナサン・アイブを獲得したOpenAIから生まれようとしている。

Appleが「AI」という重要な分野で優位性を持てないのであれば、今後の成長を失う。Appleは、なんとかしてAIの分野で新しい価値を生み出す必要がある。それができなければ、消費者は離れ、市場シェアも急速に失っていくことも十分ありえる。

ただ、私自身はAppleの底力を信じている。

Appleはグローバルで世界最強のブランドを持ち、サービス分野を通じて安定した収益も確保している。ユーザーエコシステムの強固さは短期的な競争優位性だけでなく、長期的なキャッシュフローの安定にも寄与している。

この長期的なキャッシュフローが重要で、これによってAppleは出遅れたAI分野に関して、ありとあらゆる手を打てる余地が残されている。必要であれば、有望なAI企業の買収もできるし、トップエンジニアの獲得もできる。

Appleの最大の強みは、リソースの柔軟な投入と市場のニーズを見極める経営判断にある。たとえ現時点でAI分野に遅れていたとしても、持ち前のイノベーション力と経営の柔軟性があれば、ふたたび業界の主役に返り咲く可能性は十分あるはずだ。

Appleがふたたび大きく躍進する姿を見てみたい。

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