
いくつかの先進AIが世間を賑わせているが、その多くはAmazonのインフラに支えられている。例えれば、「さまざまな人気レストランの料理を注文できるが、調理場も冷蔵庫も配達バイクも、すべてAmazonのもの」といった状況だ。AIが広がれば広がるほど、Amazonが漁夫の利を得る。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
AIが広がれば広がるほど、Amazonが漁夫の利を得る
AmazonがAIを展開する戦略の中心には、Amazon Web Services(AWS)がある。AWSは世界最大のクラウド事業であり、グローバルなクラウド市場のシェアは33%を超える。これはマイクロソフトのAzureやGoogle Cloudを大きく引き離している。
AI分野の急拡大の中でも、AWSは事実上、多くの主要AIスタートアップや企業の「見えないバックボーン」として機能している。
最近、AnthropicというAIスタートアップがChatGPTの競合モデル「Claude」を発表した。時価総額は150億ドルを突破しており、OpenAIと並び立つ新鋭企業だ。AmazonはこのAnthropicに40億ドルもの巨額投資をおこなっている。
言うまでもないが、これは慈善事業ではない。Anthropicが提供するAIの90%以上のワークロードはAWS上で動いている。つまりAnthropicのビジネスが拡大すればするほど、その裏でAWSの利用量が膨れ上がり、収益が直接Amazonにもたらされる。
AmazonはAI開発で表舞台に立つのではなく、サーバーやネットワークなど根幹のインフラを提供することで、AIブームで巨額で継続的なリターンを得る。
いくつかの先進AIが世間を賑わせているが、その多くはAmazonのインフラに支えられているのだ。「Bedrock」という生成AI向けのサービスを通じて、ClaudeやLlama、Mistralなど、さまざまなAIモデルの基盤をAWSが提供している。
これは、例えれば「さまざまな人気レストランの料理を注文できるが、調理場も冷蔵庫も配達バイクも、すべてAmazonのもの」といった状況だ。つまり、消費者がどの料理(AIサービス)を選んでも、実際に料理を作り、届ける仕組み自体はAmazonが完全にコントロールしている。
そのため、AIが広がれば広がるほど、Amazonが漁夫の利を得る。
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Amazonは本質的には巨大インフラ帝国
AIの訓練や運用には膨大な計算資源が必要であり、世界中のAIプロジェクトがAWSを利用することで、Amazonは規模の経済をさらに加速できる。現時点でもAWSは3300億ドル規模のクラウド市場を牽引している。
AI市場が膨張すれば、その収益の大部分はAmazonに流れる構造なのだ。
この「インフラ支配」によって、AmazonはAIの勝者が誰であっても利益を得られる。Anthropicが成功しても、他のどこが拡大しても、その裏側のクラウド利用がAWSであればAmazonは収益を得ることができる。
こうしたビジネスモデルは、直接的な競争よりもはるかに強固で安定的だ。ウォール街の多くのアナリストはAmazonを依然「eコマース企業」と見なしているが、これは誤りだ。Amazonの本質は、AWSにある。つまり、Amazonは巨大インフラ帝国なのだ。
そのAWSでAIの中心となるのが「Bedrock」だが、これはAWS上でさまざまな生成AIモデルを利用できるサービスだ。
今後、「Bedrock」が重要なキーワードになっていくだろう。
「Bedrock」を利用すると、ユーザーはClaudeやLlama、Mistral、さらにはAmazon独自のTitanモデルなどを用途に応じて選択できるようになる。企業はAIエンジンの選定や運用の煩雑さから解放され、API経由で即座に自社の業務やプロダクトに最適なAI機能を組み込める。
これにより、AIサービス自体を競うのではなく、「あらゆるAIサービスの裏側をAWSが握る」という構造ができている。
Amazonの狙いは明確だ。AI分野でどのモデルやサービスがトップになるかに左右されず、誰が勝者であってもインフラ利用の中心にAWSが居座る。Bedrockは「AIのOS」のような存在であり、AIサービスが急増してもAWS基盤が使われ続ける限り、収益や市場支配力は揺るがない。
そういう体勢をAmazonは着々と構築している。
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徹底的に土台部分をおさえる戦略に出ている
企業が独自のAIを自社内でサーバーやネットワーク機器、ソフトウェアなどのITインフラを構築しようとすれば、サーバーやGPUなどに巨額の初期投資と運用コストを支払わなければならない。
だが、Amazonの「Bedrock」を使えば、そのすべてがクラウド上でオンデマンドに利用でき、初期投資を大幅に圧縮できる。そんなわけで、新興企業は最初からAmazonを選択肢から外すことができず、いったんAmazonのAWSでサービスを始めると、今度はやめることができなくなる。
結局のところ、AmazonはAI分野で目立つ主役にならず、「AI社会のバックエンド」として徹底的に土台部分をおさえる戦略に出て、それを成功させようとしている。
どのAIモデルや企業が主流になっても、その全体を支配するインフラの所有者であり続ける構図が出来上がっている。ウォール街や一般の投資家が見逃しがちなこの部分こそが、Amazonの最大の強みである。
また、AmazonはAI専用チップの自社開発にも力を入れている。
NvidiaのGPUに依存せず、自社製のTrainiumやInferentiaといったAIプロセッサをAWS上で展開している。これにより、他社が半導体不足や価格高騰に悩まされる中、Amazonは独自のコスト優位性と供給の安定性を確保している。
AIの処理基盤までを自社でコントロールすることで、AI業界の根本的なパワーバランスも握っている。
一方、消費者向けのAIプラットフォームでは、「Alexa」の本格再始動が大きな注目を集めている。初期のAlexaは単なる音声アシスタントだったが、Amazonは2023年に生成AIを組み込んだ「Alexa+」を発表した。
Alexa+は膨大なスマートホームデバイスやPrime会員の購買・生活データと結びついており、音声アシスタントの枠を超えて「生活インフラの一部」へと変貌していくかも可能性も秘めている。
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Amazonの次なる帝国支配を着実に裏づけている
AmazonがAI分野で進めている施策の本質は、「消費者の日常を支配するリアルライフOS」を築き、その基盤にAIを実装することにある。
表面的にはオンライン小売やクラウド、スマートホーム、ヘルスケアといった個別の事業が展開されているように見えるが、すべてがAWSとAIによって相互接続され、巨大なエコシステムとして機能しているのだ。
Amazonは、AIやクラウドといったITインフラを土台にして、物流・ヘルスケア・家庭・ビジネス現場の全領域で膨大なデータを蓄積できる。BedrockやAlexa+、One Medicalなど、表に見えるプロダクトやサービスは、すべてこの「データ・ネットワーク」の歯車と化す。
Amazonが収集するデータは、単なる購買履歴や検索履歴だけではなく、スマートホーム機器の稼働状況や健康情報、配送経路や消費者の移動まで多岐にわたる。
多くのアナリストや投資家はいまだにAmazonを「ネット通販の巨人」と見なしているが、その認識は時代遅れである。
オンラインでの小売はもはや「集客の入口」にすぎず、真の収益エンジンはAWSとAIを核とするデータ駆動型の巨大インフラ事業に移行している。実際、今はAWSがAmazon全体の営業利益の70%以上を生み出しており、クラウド事業とAIの融合によって競争優位性が一段と強化されている。
他の巨大ハイテク企業が、短期的な話題性や個別サービスのユーザー数拡大に注力する中で、Amazonは静かに世界最大のデータ基盤と現実社会を結ぶインフラを作り上げているのが恐ろしい。
AI時代の本当の勝者は「見えないインフラを握る者」であり、Amazonの戦略はきわめて合理的かつ現実的だ。消費者や企業の目にはなかなか見えないが、AIとクラウド、そして日常データの独占が、Amazonの次なる帝国支配を着実に裏づけている。
Amazonの株? 「買い」かもしれない。
