
「敗者のゲーム」という言葉がある。これは、投資の世界で「成功するよりも失敗を避けることが重要である」とする考え方を指す。もともと米国のチャールズ・エリスが1975年に論文や著書で提唱した概念である。「勝ちにいくのではなく、ミスをしないことが結果的に勝利につながる」のだ。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
ほとんどの投資家が市場平均を下回っている
株式市場に参加する個人投資家の大半は、市場平均、すなわちインデックスと呼ばれる指標の成績に勝てない。
世界中で株式投資をおこなう人々は増え続けているが、そのほとんどがS&P500やTOPIXなどのリターンを下回っている。理由は単純明快で、複雑な市場の中ではミスや見落とし、過失を避けることができないからだ。
実際、金融庁や米国の投資信託協会(ICI)のデータを参照すると、アクティブ運用の投資信託の8割以上が10年以上の長期で見た場合、同じカテゴリーのインデックスに負けていることがわかる。
これらのファンドは専門家が運用している。にもかかわらず、ほとんどが市場平均を下回っているのだ。
個人投資家の場合、情報力や分析力、資金規模でプロに及ばないため、ミスの発生頻度も高くなる。特に売買のタイミングや、短期的な相場変動に振り回される傾向が強く、心理的なバイアスによって合理的な判断が難しくなっている。
現在は、SNSで玉石混交の情報が飛び交う時代であり、短期的なニュースやSNSの情報にいっせいに反応して売買をおこなう投資家が激増している。ミーム株に飛びつく投資家もいれば、カルト株に飛びつく投資家もいる。
無謀なレバレッジをかけた商品に賭けて、株式市場から退場する人も大勢いる。
感情に流される投資家は、冷静な判断ができず、安値で売って高値で買うという、もっとも効率の悪い売買をくり返してしまう。歴史的にも、個人投資家のパフォーマンスはインデックスに劣る傾向が一貫している。
フルインベストの電子書籍版!『邪悪な世界の落とし穴: 無防備に生きていると社会が仕掛けたワナに落ちる=鈴木傾城』
チャールズ・エリスの「敗者のゲーム」とは?
「敗者のゲーム」という言葉がある。これは、投資の世界で「成功するよりも失敗を避けることが重要である」とする考え方を指す。もともと米国のチャールズ・エリスが1975年に論文や著書で提唱した概念である。
チャールズ・エリスは、アメリカ合衆国の著名な投資アドバイザー、著述家であり、投資教育分野で高く評価されている人物だ。イェール大学で経済学の学士号、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得した人物で、ロックフェラー家の資産運用や財団の投資運用にも深くかかわっている。
著書には『敗者のゲーム』があるのだが、この著書は私の愛読書でもある。
この『敗者のゲーム』の中で、エリスは、テニスのアマチュア試合において「勝ちにいくのではなく、ミスをしないことが結果的に勝利につながる」現象に着目し、これを株式市場にも当てはめた。
市場は複雑かつランダムに動くため、積極的に勝とうとするとミスが増えやすい。個人投資家の多くは頻繁に売買をおこない、結果的に手数料やタイミングの誤りで市場平均すら下回る。
したがって、「いかにミスを避けるか」が投資の本質であるという主張をおこなっている。これをエリスは「敗者のゲーム」と呼んだ。非常に合理的な考えかたであり、その合理性に私は今も共鳴している。
株式市場では判断ミスは避けられない。市場は「複雑系」であり、シンプルなデータ1つだけで動くわけではない。あらゆる要因が互いに影響し合い、ときにはバタフライエフェクトのような現象を起こして株価を揺さぶっていく。
そんな中で、利益よりも損失を回避したいという恐怖や、もっと利益を得たいという貪欲が入り交じって相場が二転三転する。
誰もがそうした人間心理によって翻弄されて、買ってはいけないときに買い、売ってはいけないときに売り、やがて群集心理に飲まれて市場平均にすら届かないパフォーマンスになっていく。
『邪悪な世界のもがき方 格差と搾取の世界を株式投資で生き残る(鈴木傾城)』
「敗者のゲーム」に勝つための方法論
投資の中では、人間心理を揺さぶられる局面がいくつもある。こうした心理的なワナは、年齢や経験、学歴、職業などにかかわらず、誰もが避けることができない。冷静で客観的な判断をつねに維持するのは、ほぼ不可能に近いと言っていい。
だからこそ、ミスや見落としは避けられず、修正も難しい。株式市場では、市場参加者のほぼ全員が、意識しないうちに「敗者のゲーム」に巻き込まれている。そして、大半の投資家はそれに気づかないままインデックスに敗退する。
チャールズ・エリスの「敗者のゲーム」という言葉が投資の世界で広く認識されている理由は、ほとんどの投資家が市場平均に勝てないという現実が、時代や国を問わず一貫しているからだ。
市場に参加する多くの人が、ミスや過失、心理的バイアスに影響され続け、その結果として市場平均さえ下回るリターンにとどまっている。この現象は、個人投資家に限らず、多くのプロのファンドマネージャーにも当てはまる。
そのため、複雑なテクニックや特別な知識を必要としない、シンプルな投資戦略が長期的に有効であることが、数多くのデータや研究によって示されてきた。
そこでチャールズ・エリスが「敗者のゲーム」に勝つための方法論として出しているのが、パッシブ投資だった。具体的に言うと、S&P500連動ETFや全米株式に連動するETFにドルコスト平均法で買って長期保有するという手法だ。
チャールズ・エリスはロックフェラー財閥の莫大な資産も、それによって長期運用して複利で巨大化させている。
ETF【VOO】【VTI】【SPY】などのインデックスETFへの長期投資は、誰でも買えるし、誰でも持てる。これらのETFは低コストで広範な分散投資を可能にし、ミスや心理的な動揺による過剰な売買を回避できる。
米国のバンガード社が示すデータによれば、S&P500連動型のETFやインデックスファンドに30年以上積立投資した場合、ほとんどのケースでアクティブ運用型のファンドを大きく上回る結果となっている。
『亡国トラップ-多文化共生- 多文化共生というワナが日本を滅ぼす(鈴木傾城)』
「わかっていてもできない」のが投資家の現実
長期投資家のリターンを左右する最大の要素は「良い銘柄の長期保有」であり、短期的な相場予測はリターンにほとんど寄与しない。とは言っても、長期で成長し続ける銘柄をピンポイントで選択するのは至難の業だ。
だから、ETF【VOO】【VTI】【SPY】などのインデックスを長期保有するのが最適解になるとチャールズ・エリスは強調する。生き残るのであれば、それがもっとも確実性と再現性が高いことは証明されている。
ただし、この投資手法は「長期間」にわたる投資行動の一貫性が要求される。途中でやめたり、相場に感情的になったり、別の手法を試したりすると、その時点で「敗者のゲーム」で不利な状況に巻き込まれていく。
結局のところ、「敗者のゲーム」でミスしない方法があるとしたら、それは複雑なテクニックや知識ではなく、感情のコントロールであり、規律であり、一貫性である。感情に左右されて売買をくり返すことなく、長期的な計画に沿って資産運用を続けることで、ミスや過失の影響を最小限にとどめることができる。
だが、「長期間」にわたって一貫性を保てる投資家はなかなかいないのが現状だ。
投資と言えば、「絶対に儲かる銘柄を選択する」とか「相場がこうなる可能性が高いのでそちらに賭ける」とか「これを買ったら10倍になる」とか、そういう派手派手しいものが喧伝され、それに賭けるのが投資の醍醐味と考えがちだ。
そのため、「市場平均を買って、淡々と積立を継続し、長期で保有する」という手法はあまりにも退屈だと思われて見向きもされないし、それをやり始めた人も飽きてしまって途中でやめてしまう。人の心はそれほどまで移ろいやすい。
だが、市場の歴史が証明してきたのは、感情よりも規律が富を生み出すという現実だ。「いかに勝つか」ではなく、「いかにして負けないか」を徹底する姿勢こそが、長期的な資産形成の基盤となる。
「わかっていてもできない」のがインデックス投資なのだが、果たしてあなたはどうだろうか?
