
イーロン・マスクとトランプ大統領は親密すぎるほど親密だった。ところが今、大きな亀裂が入っている。トランプが「イーロンにはすごくがっかりしている。すごく助けてやったのに」と言うと、マスクは「自分がいなければトランプは選挙に負けていた」「なんて恩知らずなんだ」と激烈に書いている。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
政治的立場のズレが顕在化して決定的な亀裂に
イーロン・マスクとドナルド・トランプ大統領の親密すぎる結びつきと、その関係の破綻は特異だった。
マスクは、もともと共和党に対して比較的中立的な立場を保っていたが、大統領選挙中に、危険なまでにトランプ氏を支持する姿勢を強めていった。莫大な選挙資金を提供し、トランプと共に選挙活動を繰り広げて話題をさらった。
その背景には、マスクが率いるテスラ、スペースX、ニューラリンクなどが政府支援に依存していた事情がある。マスクにとって、トランプを自分の資金で当選させて自社に有利な法案を通させるのは好都合だったのだ。
一方、トランプにとってもマスクの存在は戦略的意味を持っていた。マスクはアメリカ最強の「金持ち」だ。この男の資金を使えば、政治的にも有利な展開を存分に発揮できる。実際、マスクの活躍は縦横無尽でトランプを満足させるものだった。
大統領選の勝利のあとも蜜月は続き、マスクは「政府効率化特別担当」としてDOGE(政府効率化局)に関与し、政策形成に直接影響を与える立場となった。これは、単なる技術領域への影響を超えた政治的露出につながっていた。
ところが、その蜜月関係は予想よりも脆かった。
互いの利害が一致する時期があったとはいえ、政策や選挙のシナリオに変化が生じると、両者の関係はすぐに綻び始めた。次第に、政治的立場のズレが顕在化し、公の場での対立に向かう道筋が見え始めていた。
亀裂の発端になったのは、トランプ政権が主導した「大きく美しい法案(One Big Beautiful Bill)」だった。これには、国債残高の拡大やEV購入者向け税額控除の大幅削減が含まれていた。
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ドナルド・トランプvsイーロン・マスク
イーロン・マスクはこの法案を「不快で忌まわしい存在」と非難し、法案の阻止を訴えた。マスクの批判は、単なる感情的な発言にとどまらなかった。
マスクはソーシャルメディア上で「この法案を葬り去れ」と投稿し、支出の山積みや財政赤字の拡大を強く問題視した。さらに、「この法案に賛成した議員は恥を知れ」や「無駄だらけの愚策」と強い調子で批判した。
この発言に対し、ドナルド・トランプ大統領は公然と反発した。
「イーロンと私は最高の関係だったが、今後もそうかはわからない。法案よりも私を批判されるほうがマシだ。なぜなら法案は素晴らしいからだ。イーロンが怒っているのは、EV(電気自動車)義務化を撤廃したからだ。EVにすごく大金を払う羽目になるところだった」
トランプ大統領は、マスクはEV税控除削減に反発していると指摘したうえで、「非常に失望した」と自身のSNSで述べ、マスクとの関係が変質したことを示唆した。
マスクは、これに対しても「スリムで美しい法案が勝つ。長所を残して短所をなくせ」「EV(電気自動車)義務化を撤廃したのは誤りだ。石油・ガスの補助はそのままなのに」「大量の気持ち悪いばらまきは法案から削れ」「大きい醜い法案は財政赤字を2.5兆ドルに増やす」と激しく反論している。
トランプ大統領が、「イーロンはこの法案の中身については、おそらくここに座っている誰よりもよく知っていた」と述べると、マスクはこれにも「違う。私はこの法案を一度も見ていないし、真夜中にあっという間に可決されたので、連邦議会のほとんど誰も読むヒマさえなかった!」と強く反論している。
トランプ大統領が「イーロンにはすごくがっかりしている。彼のことをすごく助けてやったのに」と言うと、マスクは感情的になって「自分がいなければトランプは選挙に負けていた」「なんて恩知らずなんだ」と書いている。
あげくの果てに、「いよいよ本当に大きな爆弾を落とす時だ。ドナルド・トランプがエプスタイン文書に名前を連ねている。それが公開されてこなかった本当の理由だ。良い一日を、ドナルド・トランプ!」と嘲笑するような投稿もしている。
エプスタインは大金持ちでロリコン島を作って著名人にセックスを提供していた男だが、トランプ大統領がそれに関係あると個人攻撃しているのだった。
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テスラ株はわずか1日で約14%もの急落を記録した
イーロン・マスクがトランプと公然と対立する姿勢を見せたことで、株式市場は即座に反応した。
2025年6月5日、両者のSNS上での舌戦が加熱した直後、テスラ株は大幅な下落に転じた。わずか1日で約14%もの急落を記録し、時価総額にして約1500億ドル、つまり22兆円規模が消失した。これは投資家心理の不安を一気にかき立てる事態であった。
テスラ株は直前まで好調に推移していたが、この政治リスクの顕在化によって市場の雰囲気は一変した。「経営者が政治リスクを顕在化させると、企業価値そのものが不安定化する」ことを明確に示した出来事と言ってもいい。
特に、テスラのような成長期待型銘柄は、株主が経営者のビジョンとリーダーシップに強く依存しているため、その経営者が政治の渦中で物議を醸すほど株価は敏感に反応しやすい。
この下落はテスラ1社にとどまらなかった。NASDAQやS&P500といった主要株価指数も下押しされ、米国株式市場全体に連鎖的な影響が及んだ。市場に与えた衝撃は一過性ではなかった。6月6日にはいくらか株価が回復したものの、以前ほどの力強さは見られなかった。
テスラ株は今も不安定なままだ。投資家のあいだでは「短期的には持ち直すが、今後もイーロン・マスクが政治的に悪目立ちすれば、また急落のリスクがつきまとう」という認識が広がった。
テスラ株は本質的にはEVやAI、ロボタクシーの将来性に支えられている。しかし、テスラやSpaceXが多額の政府契約や補助金に支えられている事実が、今回のような経営者の政治的露出のリスクを高めている。
この出来事は単なる偶発的な株価変動ではない。経営者が政治に踏み込むことで、株主や投資家にどれほど大きな不安と混乱をもたらすかが証明された出来事となった。

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経営者が政治に深入りすると、ロクなことにならない
イーロン・マスクの一連の政治的露出と、それに続く市場の混乱は、経営者が政治に深入りしたときに生じる深刻なリスクを端的に示している。
経営者が政治家や政権に接近すること自体は、企業にとって一時的な利益や事業拡大のための「近道(ショートカット)」となるように見える。しかし、そこにはつねに「報復リスク」「規制強化」「企業イメージの毀損」という副作用がついて回る。
とくにマスクのようなカリスマ経営者が政治的発言を繰り返すことで、企業のブランドイメージや社会的信用は揺らぎやすくなる。実際、マスクが政治的発言や政治的行動を全面に出せば出すほど、テスラ車は売れなくなった。
経営者が政治的立場を鮮明にすればするほど、企業そのものが分断社会の一方に組み込まれてしまう。当たり前の話だが、特定の政党や政治家と強く結びついた経営者の企業は、反対勢力や批判的なメディアからの攻撃対象となるのだ。
今回のテスラ急落は、経営者個人の発言や行動が企業価値全体に直結するリスクを如実に表している。米国株式市場の投資家は、経営者の判断に高い信頼を置きやすいが、逆に言えば、その信頼が失われた瞬間に市場の動揺はいっせいに拡大する。
SNS時代、経営者の発言はリアルタイムで世界中に伝わり、誤った情報や挑発的な発言も市場で即時に織り込まれる。結果として、企業の安定経営に大きな障害となる。
マスクの例は、経営者が本業以外の領域に積極的にかかわりすぎると、株主・顧客・従業員の信頼まで失うことを明確に示している。
経営者が本来の経営責任や説明責任を逸脱し、個人的なイデオロギーや野心を優先した瞬間、企業は市場から厳しい評価を下される。今回の騒動が示すのは、経営者と政治の距離を適切に保つことの重要性であり、経営者が政治に深入りすることでロクなことにはならない、という現実である。
イーロン・マスクは経営的なセンスと行動力に秀でているが、私自身はテスラ株にまったく魅力を感じないのは、こうしたマスクの言動や気質に危ういものを感じることが多いからだ。テスラは今後も伸び続けるかもしれないが、私自身は興味がないのは、ここに理由がある。
