
Appleは今回のWWDCで「Liquid Glass」と名付けられた新たなデザインを発表している。ただ、私の心をもっとも躍らせたのは「Liquid Glass」デザインではなく、「iPadOS 26」の進化のほうだ。これは、iPadユーザーのすべてが待ち望んでいた進化だ。それがこのバージョンアップで実現した。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
「Liquid Glass」と名付けられた新たなデザイン
Appleは今回のWWDCで「Liquid Glass」と名付けられた新たなデザインを発表している。このデザインは、iPhone、iPad、Mac、さらにVision Proなど、Appleの主要な全デバイスにまたがって適用される。
「Liquid Glass」はデバイスごとの曲線に合わせて設計された丸みのあるインターフェイスが特徴で、ガラスの透明感や光の反射を前面に押し出した仕上がりになっている。デモで見ても、その美しさが伝わってくる。
このデザインは、見た目の美しさだけでなく、デバイス間の一体感や操作性の向上にも寄与するはずだ。
Appleがこのタイミングで大規模なデザイン変更に踏み切った背景には、Apple Siliconを搭載したデバイスの性能向上があるはずだ。
Mシリーズチップの処理能力が飛躍的に高まったことで、これまで負荷が高くて実現できなかった複雑なアニメーションやガラスの質感表現がスムーズにおこなえるようになった。
実際に、2023年に発表されたVision Proの「VisionOS」は、空間コンピューティングという新しい体験をもたらしたが、その中核には「Liquid Glass」と同じ思想がすでに反映されていた。
Appleは、VisionOSで培ったデザインと技術をiPhoneやiPad、Macにも波及させることで、ブランド全体の統一感と進化を実現した形だ。私自身はこのデザインの変化は非常にAppleらしいと評価している。
ただ、私の心をもっとも躍らせたのは「Liquid Glass」デザインではなく、「iPadOS 26」の進化のほうだ。これは、iPadユーザーのすべてが待ち望んでいた進化だ。それがこのバージョンアップで実現した。
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iPadOS 26がもたらすMac化とマルチタスク
今回、発表された「iPadOS 26」は、従来のタブレットとしての枠組みを大きく超え、実質的にMac化したと言い切れる。
特筆すべきは、ウィンドウ管理システムの全面的な刷新だ。複数アプリの同時起動や、ウィンドウの自由なサイズ変更、画面分割表示などが標準機能として実装されたことで、従来のiPadが苦手としていた「生産性用途」にも十分耐えうる環境が整った。
新たなマルチタスク機能では、アプリごとに個別のウィンドウを複数開くことが可能であり、書類を左右に並べて同時に編集したり、動画を再生しながらブラウザで調べものをするといったパソコン的な利用が容易になった。
これまでiPadは「Split View」や「Slide Over」など限定的なマルチタスク機能にとどまっていたが、これらの疑似マルチタスクは使いにくい。
ところが、iPadOS 26ではウィンドウのレイアウトや重ね合わせ、自由なドラッグ&ドロップといった、本格的なデスクトップ体験が標準となった。さらに、Macのようなメニューバーも追加されている。
これによって、iPadOS 26は、文書編集、画像処理、Web会議、さらにはプログラミングまで、従来MacやWindows PCでしか対応できなかった作業が、iPad単体でスムーズにおこなえるようになっていくはずだ。
もちろん、この変化には批判的な声もある。Appleのタブレットにパソコン的な機能を持たせることで、製品ラインナップの違いがあいまいになってしまい、MacとiPadの棲み分けがわかりにくくなるという指摘がある。
また、iPadOSの生産性強化によって、タッチ操作を前提とした直感性や軽快さが後退してしまう場面も出てくる。たとえば、ウィンドウが多すぎて画面が煩雑になり、タブレット本来のシンプルな操作性が損なわれる危険性がある。
しかし、これまでのバージョンと同じ使い方をしようと思えばそうできるので、私自身はそれを大きな欠陥になるとは思っていない。欠陥どころか、最強のバージョンアップであり、進化である。
iPadOS 26はタブレットというカテゴリを明確に再定義した。
従来のタブレットは「閲覧や軽い編集が主な用途」とされてきたが、今回のアップデートで「本格的な制作や管理、業務利用に耐えうるデバイス」になったのだ。これは、間違いなくデジタルデバイスの潮流を変える一歩になる。
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Apple独自のAIもシステムに組み込まれていく
今回のAppleの発表で、「AIにおいては相変わらず出遅れている」と失望されている。だが、Appleは着実にAIを取り込んでくるはずなので、私自身はそれに関してはまったく心配していない。
「Apple Intelligence」も、システムに深く統合されつつある。
Apple Intelligenceは、Apple独自の生成AIテクノロジーだが、このAIがAppleのそれぞれのOSのシステムの根幹に入り込み、ユーザーの操作体験そのものを刷新しようとしている。
興味を惹いたのは、ライブ翻訳機能だ。これはリアルタイムで複数言語間の会話を自動的に認識し、その場で翻訳結果を表示したうえで、AI音声で相手の言語に変換する。グループメッセージでも、やり取り全体を即座に翻訳することが可能で、国際的なコミュニケーションが障壁なくおこなえる。
このような機能は単なる利便性向上にとどまらず、多言語環境で学習・業務をするユーザーにとっても大きな武器となる。AppleのAIは、生成AIというよりも、こうした日常に溶け込むようなAIになっていくのだろう。
Appleが、なかなかAIに全振りできない理由は、Appleのプライバシーポリシーが問題になっているからだとも言われている。一般的な生成AIサービスは、クラウドサーバーに大量の個人データをアップロードし解析するものが多い。
重い処理をサーバーでできる点で、このスタイルは優れているのだが、そこではプライバシーの保護がない。そのため、Appleは「デバイス上で完結するAI処理」にこだわっている。
「Apple Intelligence」の画像認識やテキスト要約、音声認識などの処理の大半は、iPhoneやiPad本体のチップ上でおこなわれる。この方針により、個人情報の流出リスクが大幅に低減されている。
実際に、競合他社のAIはしばしばプライバシーの懸念が指摘されるが、Appleはハードウェアからソフトウェアまで一体開発することで、安全性を最優先していると断定できる。ただ、そこにAppleのAI開発が出遅れる要因がある。
クラウドの処理よりも端末の処理を優先しているので、重い処理ができない。とはいえ、可能な部分はどんどんOSに組み込まれているわけで、気がついたらAppleのOSはAIで駆動されているような結果になっていくのだろう。
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ユーザーのブランド忠誠度をさらに強化させていく
ただ、このあたりは投資家に理解されていないので、「AI分野での劇的な新発表がなかった」として、株価も当日は1.2%下落している。しかし、Appleは独自のペースで堅実な進化を積み重ねており、その路線は着実にAppleの進化を示している。
今回のOS刷新やデザインの再設計は、過剰な新規性よりも「本質的なユーザー体験の向上」に徹している。多くのユーザーを狂喜させたiPadOS 26の進化を見ても、それがわかる。
Appleは、ハードウェアの進化とソフトウェアの刷新を強固に連携させることで、市場の変化や競合との差異化を図っている。Mシリーズチップによる性能向上がOS刷新の直接的な要因になり、それぞれのOSのデザインが他のデバイスにも波及する。
つまり、Appleは単なるAIの「派手な見せ方」に走ることなく、足元のユーザー体験や安全性・統一感に徹底して投資し、それを成功させている。
「本質的なユーザー体験の向上」の姿勢に対しては、「革新性が感じられない」といった失望や批判も根強い。AI分野ではサーバー連携型AIの進化が著しい中、Appleの「端末内AI」重視が逆に保守的に映る場面も多い。
だが、Appleのプライバシーの保護の姿勢や、高い満足度を誇るユーザー体験の着実な前進や、毎年かならず着実な進化を積み重ねるスタンスは、ユーザーのブランド忠誠度をさらに強化させていくことになるだろう。
Appleの製品は、ほぼ毎日、朝から晩まで使うものだ。結局のところ、それは新奇で不安定であるよりも、挙動が安定・安心して使えるほうが勝るのだ。
Appleの進化は一見地味に見えるかもしれないが、ユーザー体験の継続的な向上と、ブランドとしての信頼性維持の両立を着実におこなうAppleの姿勢は、今後もテクノロジー業界で無視できない存在であり続けるだろう。
