限度を超えて巨大化すると、それが仇になって問題を抱える

限度を超えて巨大化すると、それが仇になって問題を抱える

身長の高い人は身体能力が恵まれているように見えるし、他人よりも力強く見える。無言でも存在感がある。

実際、身長の高い人は低い人よりも肉体的に強く、力もある人が多い。そのため、男性であれば身長の高い人は低い人よりも好まれる傾向がある。

しかし、ものには限度があって、身長が高ければ高いほど良いというわけではない。

身長160センチの人よりも180センチの人の方が身体能力が恵まれている可能性があるのは事実だが、身長200センチ、210センチ、220センチとなればなるほど問題が発生する。

身長が200センチ以上の人が運動能力を鍛えると、その強さや爆発的なエネルギーは類を見ないものになる。しかし一方で、運動能力を鍛えることができないほど鈍重になっていく傾向にあることも知られている。

その重さがスタミナを奪うので、持久力もなくなり、動作も荒削りになり、シャープさが消える。

世の中にはホルモン異常で巨人症になる人もいるのだが、そうした人たちは身長が伸びれば伸びるほど力強くなるどころか、逆に自分を支えることすらもできなくなってしまう。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

 

その巨大化が、逆に仇になって問題を抱えることに

身体が弱くて太れない人もいる。俗に言う虚弱体質だが、このような身体の人よりも、大きくて筋肉質な身体の人の方が力強く見られるのも事実だ。

しかし、筋肉質であればあるほどいいのかというと、もちろんそうでもない。

たとえばプロのボディービルダーなどは、アナボリックステロイドや各種サプリメントを大量に取ることで、まるで風船のように筋肉を膨らませていき、最後には人間が鎧をかぶっているような異質の体型になる。

そうやって極限まで筋肉を極大化させる過程の中で、心臓や内臓を傷つけて深刻な病気に陥ってしまう人も多い。

アナボリックステロイドの副作用は凄まじく多い。肝障害、糖尿病、筋断裂、攻撃性、肝臓がん、前立腺がん、高コレステロール血症、高血圧、心筋梗塞。

こうした様々な副作用が襲いかかって選手生命を奪う。行き過ぎは逆に致命傷をもたらすのである。

筋肉ではなく脂肪で巨大化する人もいるが、これも同じことだ。まったく脂肪のない身体よりも、多少は脂肪があった方がいい。しかし、だからと言って体脂肪を蓄えるだけ蓄えると、その脂肪によって身動きできなくなってしまう。

結局、「大きい方が良い」というのも、ほどほどに大きければいいのだが、限度を超えて巨大化してしまうと、その巨大化が逆に仇になって問題を抱えるようになってしまうのだ。

組織にも同じことが言える。

巨大化し過ぎた組織は、巨大化し過ぎた人間の身体と同じく、動きが鈍重になり、緩慢になり、小回りが利かなくなり、そして巨大化ゆえに自壊してしまうことになる。

大きくなるというのは別に悪いことではないのだが、限度をわきまえずに巨大化してしまうと、それはメリットよりもデメリットをもたらす。

巨大化は限度を超えると致命傷になる。そして巨大化した鈍重な組織は、不意に現れた少数精鋭の小さな組織に食い散らかされて倒れていく。

 

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小さくなろうとする人はほとんどいないということ

人が「大きくなる」というのは身体だけの話ではない。社会的に見れば、その人の経済力、資産、持ち物も、その人の「大きさ」を計るモノサシになる。

学校を卒業して社会に出たとき、人はまだ何も持っていない状態だ。小さなアパートで暮らし、必要最小限の持ち物で過ごし、安い給料でもコツコツと働きながら生きていく。

よほど恵まれていた人でない限り、若い頃は誰でも「とても小さな存在」であるのが普通だ。

小さな存在だったとき、「自分には何も持っていない」という意識の方が強いかもしれない。

しかし、若さは無限の可能性を意味している。派手に失敗しても、金を失っても、信用を失っても、もともと金も信用もほとんどないに等しいので致命傷にならない。

体力もあるので、いくらでも挽回は効く。若いということで許されることもある。

「何もない」ということは、思いきり何でもできるということでもあるし、気が向いたらどこにでも飛んでいけるということでもある。何もないのではなく、自由があったのだ。

しかし、そうは言っても経済的には最底辺に近いものだったはずで、誰もが「持たざる状態のままいる」のが危ないことであると気付き、次第に「大きくなる」ことを目指していく。

そして貯金もすれば仕事の継続もするわけで、それが功を奏して、人は着実に「社会的に大きな存在」になっていく。経済力も上がり、資産も増え、持ち物も増える。

それがどこまで増えるのか、どこまで増やすのかは、それぞれの職業や金に対する関心も違うので一概に言えない。誰もが「もっと大きく」「もっとたくさん」を目指している。

 

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「資産」であったものが自分の重荷となる

人は自分の人生が常に「右肩上がり」であって欲しいと願う。資産はどんどん膨らみ、持ち物はどんどん増え、社会的地位もどんどん上がって欲しいと願う。

大きくなること、巨大化することが、すなわち幸せになることであると思うからである。だから、どこまでも巨大化を突き詰めていき、それを止めることは決してない。

しかし、巨大化しようとして、自分にステロイドを打つのと同じような無理をするような人もいる。社会的な「ステロイド」としてよく知られているのは「借金」である。

借金は自分を社会的に巨大化させるツールだ。それは「資産」を水膨れさせるのである。「資産」と言うのは、実は「資本」と「負債」を足したものとして語られる。「負債」とは言うまでもなく、借金を上品に言ったものだ。

返せるのであれば、別に問題はない。負債は立派な資産だ。

しかし、それが返せなくなった瞬間、資産であったものが自分の重荷となり、致命傷になってしまう。借金の副作用によって身動きできなくなってしまう。

だから、資産という形で自分が社会的に大きくなったとしても、それが過大な借金であった場合は、その巨大さによって身動きできなくなり、鈍重になり、ストレスとなり、人によっては精神的にも潰れていく。

「大きい方が良い」という。自分の手に追える「ほどほどの大きさ」であればいいのだが、限度を超えて巨大化してしまうと、その巨大化が逆に仇になって問題を抱える。

大きくなることは決して悪いことではない。

しかし、ステロイドや借金のようなものに頼って巨大化していると、環境が何らかの理由で逆流したときにそれが重荷となって自分を押しつぶす。

そこに巨大化のワナがある。

自分の限界を超えた巨大化は、それが自分の首を締める元になってしまうのである。(written by 鈴木傾城)

 

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「大きい方が良い」という。自分の手に追える「ほどほどの大きさ」であればいいのだが、限度を超えて巨大化してしまうと、その巨大化が逆に仇になって問題を抱える。

 

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