関心も興味も持てない仕事を続けるのは「人生史上、最悪の間違い」だ

関心も興味も持てない仕事を続けるのは「人生史上、最悪の間違い」だ

人生は長いようで、それほど長いというわけではない。「光陰矢の如し」も「少年老いやすく学なりがたし」も真実だ。うかうかしていると人はあっという間に歳を取り、「あの時にああしておけばよかった」と後悔することになる。

ところで、人間の時間を浪費するのは「何もしないで怠惰でごろごろする無為な時間」だと考える人は多いが、実際に人間の時間を奪っているのは「怠惰な時間」ではない。

誰もが分かっていて目をつぶっていること。それは、「労働」が自分の人生の時間の大半を奪っているということだ。特に日本はその傾向が強い。

なぜか。日本は会社に忠誠を尽くしているのかどうかを残業時間で測って、残業時間が長い社員を「忠実な社員」と見て引き立てていく傾向にあるからだ。

出世したければ滅私奉公しなければならない。それが長時間残業の常態化を生み出している。

少しでも出世したいと考える人間は進んで社畜になる。そして「100時間くらいで自殺するのは情けない」という人間も出てくるようになる。社畜が増えると残業代を払わなくても働くので会社も助かる。

この文化が定着しているので、日本の企業は長時間残業をさせて残業代も払わないような企業が続出するのだ。そして、日本人は人生において自分の時間をほとんど持てないまま消耗していく。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

残業代なしの長時間労働は、見えない賃金引き下げ

長時間残業をさせて残業代も払わない企業を「ブラック企業」と呼ぶ。日本で長時間残業が減らないのは、社畜を作り出すと同時にコスト削減も実現するためである。

企業はすでに国境を越えて活動しており、安い賃金でも働く労働者が世界中にいることを知っている。途上国に行けば、安い給料でも雇いきれないほどの人たちが職を求めて殺到する。安い働き手はいくらでもいる。

本来であれば、日本人の労働者に対しては賃金を下げるかリストラするのが合理的経営となる。しかし、非常時でもないのに下手に賃金を下げたりリストラしたりすると社会的に批判を浴びる。

だから、日本企業は「残業代なしで長時間残業」させて帳尻を合わせる。それが「日本人を雇う秘訣」だった。残業代なしの長時間労働は、見えない賃金引き下げと気付くべきだ。

政府は経営者に従業員の賃金を上げるように要請している。そして非正規雇用をなくすとも言っている。

しかし、経営者は会社を高利益体質にするために、今後もあらゆる手段で従業員の賃金を下げるか、リストラが容易になるように非正規雇用をより増やしていく。

そうでなければ、なし崩しに「安く働く外国人労働者」を何とか雇い入れて日本人よりも外国人に働いてもらうような動きをしていく。

日本人の8割を占めるサラリーマンは、よほど優秀な人でもない限りもはや未来はない。働いても働いても働かされ、どんなに働いても給料が引き下げられるのがサラリーマンという労働の特徴となる。

我慢していれば状況が良くなるわけではない。先に行けば行くほど労働環境は悪くなっていく。もはや、このままでは多くの日本人が、日雇い労働も同然の待遇と賃金になっていく。

さすがにもう、日本人もサラリーマンという生き方に疑念を持ち、別の生き方を模索してもいい時期に入っている。

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どうあがいても1度しか生きることができない

そもそも、日本人の8割がサラリーマンというのが奇妙な話である。本当に日本人は、これほどまでサラリーマンという職業が好きだったのか。

いや、それは「生計を立てる上で、もっとも安定していた」という理由で選ばれていただけのはずだ。

今後、サラリーマンという職業が安定を示すものでなくなっていくと、自然とこの職業は捨てられていく。安定がないのなら、そんな職業にしがみついていても意味がないからである。

今後は雇用を削減するイノベーションも、さらに突き進んでいく。IT技術の飛躍的な進化が世の中の変化をもたらし、人工知能の活用や、ロボット化や、自動運転に見られる「未来」が手が届くところにまで来ている。

そうなると、サラリーマンはより賃金が安くなり、恒常的なリストラの対象になっていく。サラリーマンという職業は、安定ではなくなるのである。

職業として安定がなくなったのであれば、サラリーマンという職業にしがみつくのは虚しくなっても当然だ。どのみち低賃金を余儀なくされるのであれば、自分のやりたい方向で生きた方が人生も楽しい。

人間はどうあがいても一度しか生きることができず、しかも寿命はだいたい決まっている。人生が約80年だとすると、人間が生きることができる日数は、実質的に、2万9200日しかない。

しかも、これは80歳まで生きると仮定したときの話であり、ゼロ歳からの計算である。

この文章を読んでいる人はすでに成人である可能性が高いので、実際には2万日も残っていない人の方が多いはずだ。

ここからさらに寝ている時間や、通勤時間や、暇つぶしする時間をあれこれ差し引くと、だいたい正味1万日ほどしかないのではないか。

人間が生きている時間というのは限りなく長いように見えるが、計算してみると、実はそれほど長いものではないというのが分かってくる。

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この職業から去ることを考える時期に来ている

正味1万日もない人生は、刻々と消え去っていく。

もし、この期間の間、自分がまったく興味や関心のない仕事に就いているとしたら、それだけで膨大な時間の無駄を重ねることになる。

10年も20年も関心も興味も生き甲斐も未来もない仕事に就いていると考えて欲しい。

仮に20年もそんな仕事に就いていたら、7300日が無駄だったということになる。1万日から7300日が無駄になったら、残りは2700日しかない。長い人生の大部分が無駄になる。

だから、基本的に自分が関心も興味も持てないような仕事にいつまでも就いているというのは、「人生史上、最悪の間違い」であると言うことができる。

どの仕事に関心が持てるのかというのは、他人が決める問題ではない。自分が決める問題である。

自分に合っていないし、興味もないし、ストレスと鬱しか感じないような職に就いているのであれば、それがどんなに給料が良くても、世間体が良くても、それは最終的に自分の仕事ではない。

サラリーマンをやっている人の多くは、今でも本当は満足しておらず、最初から「生活の糧」のためにやっていたのではなかったか?

それならば、もうサラリーマンという職業に未来がなくなった今、いよいよこの職業から去ることを考える時期に来ているのではないだろうか。

それが自分の人生に実りを与えるものではないと分かっていながら続けるのは、人生を賭けて無駄な投資を続けているようなものだ。

無駄な投資はいくらそこにカネを注ぎ込んでも、まったくリターンを生み出さない。関われば関わるほど損失が膨らみ、最終的には人生を破壊する。

自分にとって何が重要か、何が重要でないかは、他人にはまったく分からない。それは自分しか判断ができないものだ。

他人にとっては有意義なはずだと思われている職業であっても自分にとって無駄だと思えばそれは無駄なのである。

自分が自分の人生の何に投資するかは、自分が最も夢中になれるものであるべきで、そこに他人の意見や見栄や外聞を持ち込むべきではない。

これができるかどうかで、自分が生まれてきたことに価値があるかどうかが決まる。自分のしたいことに邁進し、その中で生きていけるのであれば、それが最も充実した人生であると言うことができる。(written by 鈴木傾城)

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自分が自分の人生の何に投資するかは、自分が最も夢中になれるものであるべきで、そこに他人の意見や見栄や外聞を持ち込むべきではない。これができるかどうかで、自分が生まれてきたことに価値があるかどうかが決まる。自分のしたいことに邁進し、その中で生きていけるのであれば、それが最も充実した人生であると言うことができる。

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