奪われた武力。日本人がしなければならないのは逆に武力を肯定すること

奪われた武力。日本人がしなければならないのは逆に武力を肯定すること

人類は、歴史のどの瞬間を切り取っても、常にどこかで戦争をしてきている。これを指して、アーネスト・ヴォルクマンは著書『戦争の科学』の中で「人類の歴史は戦争の歴史だ」と述べた。

戦争が続いていたのであれば、「これからも戦争はなくならない」と思うほうが自然だ。人類に戦争のなかった年はなく、人類に紛争がなかった年もない。

そして、戦争にまみれてきた国がアメリカだ。「アメリカが建国されたのは1776年だが、それから今日までの242年で、アメリカは90%以上もの年月を戦争しながら過ごしてきた」と以前に書いた。(ブラックアジア:「自由はただではない」という言葉の裏には何があるのか?

アメリカだけが特殊なのではない。戦後70年で戦争をしなかった国は国連加盟193ヶ国のうち、たった8ヶ国しかなかった。(ダークネス:戦後70年で96%の国が戦争を経験した。次の戦争は必ず来る

客観的に見ると、これからも間違いなく大きな戦争は起きる。そして、戦争とはそのほとんどは、どんな大義名分があったとしても、最終的には侵略と略奪が目的となる。

歴史を振り返れば、欧米は他国を侵略し、植民地を持ってアフリカやアジアを収奪していた。だから、「先進国」なのである。アフリカやアジアは収奪されていた。だから「後進国」だったのである。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

憲法第九条というのは「刀狩り」だと気づけ

日本が戦後から、いつまでも外交的弱者になっているのはなぜか。それは憲法第九条という「刀狩り」で武力を奪われ、完膚なまでに平和主義に「洗脳」されてしまったからだ。

GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)のプレスコードで日本人全体に洗脳がかけられたというのを意識している日本人はほとんどいない。(ウィキペディア:プレスコード

第二次世界大戦の敗戦で、日本人は徹底的なアメリカの武力の前に服従し、武力という「本能」まで奪われた。

日本人は「優しい民族」だと戦後の日本人は洗脳され続けているが、それは大間違いで、本来の日本人はアジアでも最大の武力国家だった。

戦国時代の「戦国」というのは、刀や銃を持って相手を物理的に殺していた時代を指している。武士が持っていた刀は人間を切り裂くための武器だった。

剣道は他人を斬り殺すための稽古だった。空手は相手を殴り殺すための稽古で、柔道は相手を絞め殺すための稽古だ。

そして、日本人の礼儀正しさは「無礼であれば殺される」という緊迫感から生まれたものだ。無礼を働いた者は殺しても良かったし、殺されてもしかたがなかった。

日本人は武力を追求してきた民族だったのだ。

しかし、1945年の無条件降伏から日本人は武力を奪われ、しかも平和主義に教育された。

そして、いまや中国や韓国や北朝鮮が工作員を使って内部から侵略に来ているというのに何ら危機意識も持たず、武力主義を極端に忌避したり嫌悪する日本人が圧倒的多数になってしまった。

政治家も、国土が侵略されても「話し合い」「協調」しか考えない。

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武力には武力で。恫喝には恫喝で

「武力には武力で。恫喝には恫喝で」という発想が今の日本にはない。それが如実に現れているのが、尖閣諸島問題であり、竹島問題である。

私たちの知っている政治家で「竹島を死守するために韓国を攻めろ」「中国を攻めろ」という政治家がいるだろうか。恐らくいない。

なぜいないのか。「武力を奪われている」からだ。いびつな平和憲法で縛られ、プレスコードで極端な平和主義が刷り込まれてしまった。そして、政治家も国民も事なかれ主義、先送り主義で問題に対処しなくなったのだ。

防衛できない国家は自滅するのは当たり前のことだ。

アメリカが武力を棄てないのはなぜか。中国が軍拡に走るのはなぜか。それは、相手国を破壊して資源(石油や金や農作物)を収奪することができるからである。それを古臭いという人もいるが、まったく見当違いだ。

「人類は、歴史のどの瞬間を切り取っても、常にどこかで戦争をしてきている」のである。これからも、武力は物を言う。

身も蓋もない言い方をすれば、武力は自国に有害な存在を一気に破壊するものなのである。武力は今でも有効なのだ。

だから、軍を持ち、武力を発展させるのは、無意味でもないし、時代遅れでもない。「時代遅れ」という発想そのものがおかしい。

中国・韓国・北朝鮮の工作員が意図的に日本人が武力に目覚めないように押さえつけており、執拗に無抵抗・平和主義を刷り込んでおり、悪意を持って日本人から闘争本能を奪っている。

日本が軟弱であればあるほど、自分たちは侵略に怯える必要がなく、逆に日本を侵略できるチャンスがあるから、その工作活動は侵略活動なのである。

騙されてはいけない。資本主義国家でも、共産主義国家でも、宗教国家でも、すべての国家が「武力」を必要としている。武力は主義に関係なく存在している。自由主義国家も独裁主義国家も民主主義国家も共産主義国家もすべて武力を持つ。

そもそも、「武力」は人間が歴史を作り始めた当初から存在している。

さらに言えば、何かの主義が生まれる前からすでに武力はある。武力は人間の共同体の防衛本能に刻み込まれているのだから、武力は主義で括ってはいけないのである。

武力は、主義としてではなく、人間社会の本質として理解しなければならない。

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武力を取り返すことが、新しい日本を作る原動力になる

戦後日本から失われたのは武力だ。だとすれば、武力を取り返すことが、新しい日本を作る原動力になる。そして、武力への覚醒が日本の復興になる。

日本が独立した国家として生存したければ、武力を再構築しなければならない。平和主義に突き進んで武力を放棄するなど、どう考えてもあり得ない。

ところが、特定アジア諸国の工作員に飲み込まれたマスコミは総力を上げて「日本は軍隊を持つな」「平和が第一」と叫んで日本人から武力を奪おうとしている。

そうであれば、日本人がしなければならないのは逆に武力を肯定することだ。奪われた「武力」を取り返すことだ。武力の必要性を認識しすることだ。

多くの国で、武力が国家を動かし、国家が武力を持っている。そんな現実を自覚し、日本も遅ればせながら武力に目覚めることが必要になってきている。旭日旗を翻す必要がある。

日本社会では、日本に敵意を向けてくる国を「敵」ということも許されない雰囲気だ。真実が封印されてしまうのである。そして、マスコミが「武力」をことさらに否定する国になってしまっている。

誰でも武力を行使したくない。しかし、武力を完全否定してしまっては、正当防衛もできないし、侵略されても対抗もできない。

頭で武力を考えるから難しいことになる。生存本能に照らしあわせば何ら疑問はない。武力には武力で対抗しなければ殺される。

自分の子供が殺されそうになったら親は誰でも相手を殺す。自分の妻がレイプされそうになったら、夫は誰でも相手を殺す。自分の国が侵略されそうになったら、どこの国でも武力で反撃する。

人間はそうやって生き延びてきたし、国家もそうやって生き延びてきた。

とにかく頭ごなしに武力を否定するのはやめたほうがいい。理想主義に陥ってはいけない。日本人は、頭でっかちになりすぎている。(written by 鈴木傾城)

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多くの国で、武力が国家を動かし、国家が武力を持っている。そんな現実を自覚し、日本も遅ればせながら武力に目覚めることが必要になってきている。旭日旗を翻す必要がある。

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