前頭葉の老化が日本という国を崩壊させる? 今そこにある日本の危機

前頭葉の老化が日本という国を崩壊させる? 今そこにある日本の危機

人間の身体はどんどん老化していくのだが、当然のことながら「脳」もまた老化していくのは言うまでもない。

「脳の老化は萎縮と共にはじまる」と言われるのだが、最初に萎縮してしまうのが前頭葉である。頭部の前側を占めている部分だ。

前頭葉は「高度な知的作業を担う部分」なので、ここが萎縮するというのはどういうことなのか。それはいうまでもなく「高度な知的作業が退化する」ということになる。

年齢がいけばいくほど、前頭葉の働きは鈍くなっていくので、それによって様々な現象が起きてくる。精神的な柔軟性が消える。自発性も消える。感情のコントロールが効かなくなる。創造性が消える。

要するに「頑固になり、怒りっぽくなり、新しいことを嫌う」ようになる。高齢者が一様にそのようになっていくのは、「前頭葉が老化してしまったから」であると言える。

では、いつからこの老化は始まるのか。

人によって違うが、早い人は40代から老化が始まっていく。面白い人に、脳を使っていない人であればあるほど老化は進んでいく。手足の筋肉でもそうだが、「使わなければ退化する」のである。もっと正確に言えば「使わないところから退化していく」のである。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

「頑固、怒りっぽい、新しいことを嫌う」

脳が老化しているというのは、まわりは気づくのだが本人は気づかない。なぜなら多くの人は自分を客観的に分析することがなく、常に主観で捉えているからだ。

そうでなくても、人間は自分を客観視できない性質がある。

老いはまわりから見て歴然としているのに自分では認められない。容姿の衰えも、体力の衰えも、知的能力の衰えも、本人よりもまわりが先に気づくのは、常に自分を主観的に見て客観的に捉えていないからである。

そのため、前頭葉がゆっくりと老化して、自分の脳機能が低下していても最後まで気づかないし、気づいても「まだ大丈夫だ」と思ってしまう。ふと気づいた時は、すでにかなり老化が進んでしまっていることになる。

もっとも、気づいたところで「自分は頑固になり、怒りっぽくなり、新しいことを嫌うようになっている」と自覚して、それを避けるために行動を起こす人は、かなりの少数派である。

通常は老化を放置してしまうので、老化現象はますます「加速していく」ことになる。老化は、放置していると自然に治るものではない。何もしないで現状維持のままでいると、より悪化していくのである。

「老化を遅らせる」ための方策は絶対的に必要なのだが、誰もそれをしない。

多くは、そのまま頑固を貫き通し、すぐに怒り、新しい時代がきてもずっと古いものにこだわって離れない。離れないばかりか、新しいものを完全に否定して柔軟に変わらないのである。

文明はすでにインターネットとスマートフォンによって再構築されているのだが、高齢者はいまだにスマートフォンは使わずに昔ながらの携帯電話、もっとひどい人は固定電話しか使わない。

インターネットには触れもしないし、覚える気もない。相変わらず、テレビ・新聞しか見ない。キャッシュレスと言っても、徹底的にそれを拒否する。

たとえば、78歳になる鳥越俊太郎は「電子マネーの使えない年寄りは行列に並べと言われているのと同じだ」「私のような現金派としては疑問」「私たちは現金世代」と言って、「世の高齢者たちは心の中では怒っている」と自分がその代表であることを自認している。

「頑固になり、怒りっぽくなり、新しいことを嫌う」が見事に表現されているのがわかるはずだ。そうなるのは、まさに「脳が老化しているから」であると言える。

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前頭葉を極限まで使う企業や社会を作らなければならない

社会で決定権のある人間は誰か。それが企業でも教育でも政治でも、ほとんどが年配者である。40代であればまだ若い方で、財界の重鎮も政治家も大学教授も60代や70代が多い。

日本は特に年配者が力を持つ社会である。

脳は老化するにしても、その老化は一様ではなく個体差が非常に激しいので、40代ですでに手遅れなほど老化している人もいれば、70代でも80代でもかなり柔軟性を持った人もいる。

そのため60代や70代が多いからと言って、それが即「老化している」という話にはならない。60代や70代でも非常にクリエイティブで柔軟性を持った考え方をする人は確かに存在する。

とは言っても、統計学的に見れば「年配者の多くは前頭葉が老化してしまっている」のも間違いない。

日本社会がイノベーションからかなり遠いところにあるのは、社会で決定権のある人間が年配者で占められており、「現状打破」よりも「現状維持」を好む傾向が強いからでもある。

また日本社会が世界の変化からいつもワンテンポ遅れているのも、日本の人口動態が少子高齢化で年配者が多い社会になってしまったからである。

今の社会はかつての大量生産時代の規格品を大量に作ればよかった時代ではなく、独創的で創造的なアイデアで時代を切り開いていく才能が必要になっている。

それは、現代社会において超絶的な時価総額を誇っている企業が、アップルやグーグルやアマゾンのようなクリエイティブな企業であり、決してGM(ゼネラル・モーター)やフォードのような大量生産品の企業ではないのを見ても分かる。

インターネット時代になって前頭葉を極限まで使い切らないといけない社会となって、最も前頭葉を使いこなして形にした企業が巨大な時価総額を誇るようになっているのだから、日本に何が必要なのか分かるはずだ。

前頭葉を極限まで使う企業や社会を作らなければならないのだ。ところが、現状は逆なのだ。日本では人口動態的にも社会構成的にも「前頭葉が萎縮する方向」に走っている。

ここに、日本の問題がある。

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前頭葉が働いていないから、そうなってしまっている

日本社会は、いまだにテレビや新聞のような「オールド・メディア」が意外に強い影響力を持っている。

実のところ前頭葉が老化して萎縮してしまった人たちが、そこから離れず、しかも新聞の書いていることやテレビの言っていることをそのまま無防備に受け入れてしまうからだ。

テレビを批判的に見る層はほとんどいない。多くは、口を開けて思考停止のままテレビを見ている。この状況は高齢者人口が多いうちは変わらない。

つまり、少子高齢化が解消しない限り、日本社会はマスコミに操られる構図がずっと続いていく。

マスコミの影響力はインターネットの出現によって確かに減退しているのだが、それでも日本ではむしろ大多数の高齢者がマスコミに世論操作されるがまま影響される状況の方が強いと言える。

前頭葉が老化すると、自発性も消える。運動能力も衰えるのだが、同時に思考も衰える。分かりやすく言うと、考えるのが面倒くさくなってしまって言われたことをそのまま信じてしまいやすくなる。

考えるのが面倒なところに、マスコミが執拗な世論操作を仕掛けたら、マスコミの言うことをそのまま信じる操り人形のような人間ができあがる。だから、日本社会はマスコミに操られる構図がずっと続いてしまうのだ。

この高齢者が若者よりも選挙に行くので、結局は「テレビで知っている人」や「テレビが良いと言っていた人」など、マスコミが当選させたい人間が当選してしまうという結果になってしまう。

前頭葉が働いていないから、そうなってしまっている。

このように考えると、日本社会がいかに危機的にあるのかが分かるはずだ。少子高齢化は日本人が考えている以上に日本を衰退に導いているということを、日本人はもっと深刻に受け止めるべきである。

「もう手遅れなのかもしれない」と絶望的になるほど、日本は蝕まれている。(written by 鈴木傾城)

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前頭葉が老化すると、自発性も消える。運動能力も衰えるのだが、同時に思考も衰える。分かりやすく言うと、考えるのが面倒くさくなってしまって言われたことをそのまま信じてしまいやすくなる。

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