国が社会保障費を削って税金を上げるなら生活のダウングレードで防衛する

国が社会保障費を削って税金を上げるなら生活のダウングレードで防衛する

今までの人生が順風満帆だから、これからもずっと順風満帆であるとは限らない。

どんな事業でも数年ごとに存続が脅かされるような危機がやって来る。苦難を乗り切っても、世の中が不景気に落ちたら、それに巻き込まれることもある。

国や社会全体が苦難に落ちると人々も一緒に苦難に落ちる。事業家であればひとつ足を踏み外せば巨額の負債を抱えて首が締まる。サラリーマンであれば仕事を失って路頭に迷う。投資家であれば投資対象がことごとく討ち死にして大損失を被る。

グローバル化の中で国や社会がいったん悪化すると、国債は売り飛ばされ、通貨も見捨てられるので、貯金していたとしても通貨価値の下落と共に自分の資産価値が減少してしまう。

政府は財政悪化に見舞われるので、苦し紛れに社会保障費をどんどん削り、その上に税金をどんどん上げていく。

国が社会保障費を削って税金を上げるようなことをすると、内需は停滞してより自国企業は売り上げを落として利益を減らす。すると、どうなるのか。企業は一定の利益を確保するために従業員を切り捨てるようになる。

そして、不況と停滞は国を覆い尽くすことになり、国は負のスパイラルに巻き込まれていく。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

どんなに大きな資産を持っていても慰めにもならない

「国が社会保障費を削って税金を上げる」ような状態になった時、私たちは気をつけなければならない。そのような状態になれば、前もってゆっくりと生活のダウングレードも必要になってくるからだ。

世の中が悪くなるのだから、ダウングレードしておかなければならないのは当然のことである。土壇場に追い込まれて、いきなりダウングレードするのはかなり精神的ダメージがくる。

それよりも悪い時代を見越して、ゆっくりとダウングレードしておいた方が精神的に助かる。ダウングレードは口で言うほど簡単なことではない。だから、それを徐々に行なっていくというのが必要なのだ。

なぜ、私がそれを知っているのかというと、とても身近なところでそうした人をつぶさに見てきたからでもある。ダウングレードを無理やり強いられることの精神的ダメージは計り知れないほど強い。

1990年代のバブル崩壊で私の身近にいた人は、他の人が見れば羨む資産を吹き飛ばしてしまった。彼は豪邸を売り、大切にしていた車も売り、小さな古い借り家に引っ越し、不本意ながら他人に雇われて生きるしかなくなった姿になった。

彼は突如とやってきたバブル崩壊の荒波にさらわれて事業を失い、ダウングレードを強制された。

悪い時には悪いことが重なる。彼は株式資産も持っていたが、バブル崩壊でその資産さえも10分の1に萎んでしまっていた。何もなくなったも同然だったのだ。

私の目の前で、そんな悲劇が起きていた。一時期はどんなに大きな資産を持っていたとしても、そんなものは何の慰めにもならないというのを、私は目の前で起きている悲劇を見て脳裏に刻まれた。

人は大切なものを失うとき、それを得たときの喜びの二倍の苦痛を味わうと言われている。得るよりも、失う方がダメージが大きい。生活のダウングレードはのたうち回るような苦痛なのだ。

私の身近にいた人も、すべてを失った後はふさぎ込み、無口になり、ダウングレードの苦痛に必死で耐えていた。

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ダウングレードするというのは、非常につらいこと

人はアップグレードのことは考えるが、ダウングレードのことは考えない。悪い時代がきても、苦境に落ちても、自分は何とかなると思い、ダウングレードよりも生活を維持しようとしたり、再起しようともがく。

私の身近にいた人もずっと復活を夢見て次の事業のことを考えていたが、とうとう再起を果たせないまま、今は年金をもらいながら残りの人生を静かに生きている。

今、彼のまわりにいる人たちは彼が成功していた時期もあったということをまったく知らないはずだ。もう彼は、自分の波乱の人生を決して人に語ることがないからだ。彼は成功していた人生を封印してしまった。

そして、彼を苦痛に追いやっていたダウングレードした生活に馴染んで生きている。

羽振りの良い事業家は、羽振りの良いときにたくさんの良い思いをするが、いったんそれを失うと必ずダウングレードを強いられる。家族も同様だ。みんなダウングレードが必要になっていくのだ。

こうした悲劇は大物スポーツ選手や大物歌手のように華々しく報じられることはないが、私たちの身近でいつも起きていることである。

ダウングレードするというのは、非常につらいことである。精神的にも大きなダメージを生み出す。

質の良い家の快適な空間に慣れると、ダウングレードして質の悪い粗末な部屋にいるだけで、その質の悪さが気分を憂鬱にさせる。自分が失敗したということを、部屋にいるだけで思い起こすことになるのである。

良い車に乗っていた男は、安物にダウングレードすると、その安っぽさに気が滅入る。良い服が着られなくなり、良い品物が持てなくなり、豪華な食事も食べられなくなると、そのひとつひとつが自分を苦痛にさせる。

だから、誰もがダウングレードしなくてもいいように、激しく金を追い求めてアップグレードに必死になる。しかし、成功は約束されていないのが普通だ。

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節度を守ってほどほどに暮らすことが身を助ける

起業は大きな富を手に入れる王道なのだが、多くの企業に関わってきた日本創成投資の三戸政和氏によると、「起業は口で言うほど簡単なことではない」「ベンチャーキャピタルで1000社以上の投資検討をしてきた私は死屍累々のベンチャー企業を見てきました」と警鐘を鳴らしている。

起業を検討する経営者の資質やプランを見て資金を提供し、経営が成功したら莫大な利益をあずかるのがVC(ベンチャー・キャピタル)だが、「新たに起業する会社のうち、大きく成功するのはわずか0.3%である」と三戸政和氏は説く。

ベンチャー・キャピタルと言えば、経営者や事業を見抜くプロであると言えるが、このプロが多角的に分析して「いける」と考えて資金を提供したとしても、2倍以上の資金が回収できる確率は15%しかない。

起業とはそれほど厳しく、難しく、キツイものなのだ。

成功するたびにアップグレードして贅沢に染まっていくと、やがては浪費が習い性になり、自らをコントロールすることができなくなっていく。止められなくなる。

結局、嫌だろうが何だろうが、「自分の全盛期」が終わってしまったら、生活はダウングレードしなければならない。では、こうしたダウングレードに対する耐性は持てるのだろうか。

一番いいのは、成功したからと言って生活をやたらとアップグレードしないで、節度を守ってほどほどに暮らすことである。

つまり、最初から華美で豪勢な生活を追い求めず、ほどほどのところで「普通に暮らす」のが、成功しても失敗しても自分を見失わない方法だ。

どのあたりが普通というのかは人によって違う。しかし、他人が見て奇異ではない生活を「普通」という。地に足が付いた生活をしていたら、仮に資産をすべて失っても、生活を変えることもなく、そのまま再起に向けて動き出せる。

シンプルに生きていれば、無駄な出費をしなくても済むし、何かあっても極度のダウングレードに苦しまなくても済む。何よりも、自分を見失わないで済む。

普通であることに馴染み、普通に生きることができるというのは、とても強いことでもある。日本はこれから「国が社会保障費を削って税金を上げる」ような状態になっていくのだ。そろそろ生活を見直すのはよい判断だ。(written by 鈴木傾城)

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普通であることに馴染み、普通に生きることができるというのは、とても強いことでもある。日本はこれから「国が社会保障費を削って税金を上げる」ような状態になっていくのだ。そろそろ生活を見直すのはよい判断だ。

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