多様化もそれが極度なまでに行き過ぎると、凄まじく醜い社会が誕生する

多様化もそれが極度なまでに行き過ぎると、凄まじく醜い社会が誕生する

グローバル化して「多様化を認める社会は素晴らしい」という意見を私たちはマスコミや多国籍企業や政治家によって洗脳のように押し付けられてきた。

このグローバル化を強力に推し進めているパワー(権力)の黒幕は、国でも政治家でもマスコミでもなく、多国籍企業であるのは、もう誰も否定できない事実となって理解されるようになっている。

それは単純に、カネの流れで分かるのである。

マスコミは広告費をもらって生きている。その莫大な広告費がなければマスコミは一日たりとも生きていくことができない。その広告費を出しているのは企業だが、中でも莫大な利益を上げている多国籍企業の広告費は突出している。

つまり、マスコミは広告を通して多国籍企業の支配下にある。

政治家は支援者に金をもらって生きている。支援者のカネがなければ政治家は生きていけない。だから資金を援助してくれる人間に政治家は尽くし、支援者の意向を汲んで動く。その支援金で突出した金額を出せるのが多国籍企業だ。

つまり、政治家は多国籍企業の支配下にある。

その政治家集団が動かしているのが国なのだから、国自体もまた多国籍企業の都合の良いように動いているのである。マスコミも、政治家も、国も、多国籍企業の意向が凄まじく強く反映されている。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

文化的にも宗教的にも民族的にも習慣的にも軋轢が発生

全世界のすべての多国籍企業は、自らの利益を拡大させるためだけに動いている。

利益を上げるためにはコスト削減のために安い人材が必要だ。その安い人材は国外にいる。そして利益を上げるためには広大な人口を抱えた市場が必要だ。その広大な市場も国外にある。

つまり多国籍企業は利益を上げるためにはどうしても国外に目を向けざるを得ず、そのためにグローバル化を加速させる構造になっている。

そして、そこで問題が発生するようになる。

先進国はほとんどが自国民が高賃金化しているので、多国籍企業は自国民を雇うよりも外から低賃金の人間を流入させて低賃金で使いたいというニーズが常にある。従業員を安く使えればそれだけコストが浮いて利益が上がる。さらに移民が大量に入ってくれば、彼らも消費者になる。

だから、多国籍企業は移民の流入を大歓迎する。そして政治家や国に莫大な金を渡してロビー活動を行い、政治家もほとんどがグローバリストになって移民政策をどんどん推し進めるのである。

しかし、移民が大量流入すれば、文化的にも宗教的にも民族的にも習慣的にも軋轢が発生する。

移民の数が増えれば「郷に入らずんば郷に従え」は通用しなくなり、移民が自分たちの文化を主張するようになり、最終的には「庇を貸して母屋を取られる」ような状況になっていく。

こうした社会環境の悪化があっても、多国籍企業は決して移民政策やグローバル化をやめようとは思わない。利益至上主義の多国籍企業は、それで利益が上がっている以上、それをやめる動機はないからだ。

そこで、行われたのが「移民に反対する人間は差別主義者」「多様化に反対する人間は差別主義者」「多文化共生は美しい」「多文化共生を否定するな」「多様化を敬え」という方針の押し付けと洗脳だったのである。

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多国籍企業にとって都合が良いから押し付けられている

「多様化が重要だ」「多様化は美しい」と私たちは幼少の頃から大人になった今まで、ずっと教育や社会の現場で洗脳されてきた。そして、それを否定するのは差別だという論理で、多様化のデメリットは絶対に考えないように封印されてきた。

多国籍企業は、利益のためにグローバル化に暴走した。
人々が国境を越えて動くことで軋轢・対立・衝突が起きた。

だから、多国籍企業は「多様化が重要だ、反対するな、差別するな」と言って、グローバル化に疑問を持つ人間を潰してきた。より良い社会を作るためではない。誰もそんなことを考えていない。自分たちが効率的に儲けるためである。

この歴史が見えていないと、なぜこれだけ先進国で国民がグローバル化に反対しているのに、政治家や企業はまったく意に介さずにそれを推し進めているのかが分からない。

現代社会の構図を俯瞰すると、多国籍企業の利益のために「多様化が重要だ」と押し付けられている現状が明確に炙り出されてくる。何のことはない、「多国籍企業にとって都合が良い」から私たちに多様化が押し付けられているのである。

グローバル化を強力に推し進めているパワー(権力)の黒幕は、まぎれもなく多国籍企業だったのだ。単に、そうすれば儲かる。だから多国籍企業はそれを推し進めていたということだ。

すべては、カネのためだったのである。

「多様化が重要だ」「多様化は美しい」という論理は、社会が人権意識に目覚めたから重要視されるようになったと思ったら大間違いだ。多様化の方が多国籍企業が儲かるから重要視されている。

しかし、「多様化は儲けのため」という本音がバレると都合が悪い。だから、本音の部分は巧妙に隠されて「多様化は人権の向上のため」という建前の美辞麗句で隠されて、その美辞麗句を頭から信じている人間を操って多様化に疑問を持つ人間を圧殺して回っている。

そういうことだ。

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行き過ぎた多様化には多くの問題点があるのだ

多様化は絶対に間違っているとは言わない。多様化自体は人間社会に重要であり、そして保護すべきでもある。

しかし、他所から莫大な移民を大量流入させて自国文化を破壊してしまうような多様化は間違っている。

どんなに美しいものであっても、極度の行き過ぎは明確に「害」になる。極度なまでに突き抜けたものは、それは何であれ醜悪さを際立たせるだけなのである。美しかったものも、極端に突き抜けると醜くなる。

多様化という考え方もまた同様だ。それが極度に推し進められると、多様化そのものが社会を破壊する元凶と化す。

私たちは多様化の素晴らしさをずっと社会に押し付けられ、洗脳され続けてきたので、行き過ぎた多様化に何の問題があるのか見えなくなっているのかもしれない。ざっと考えれば、多様化にもいくつも問題があることが分かるはずだ。

多様化が行き過ぎると、まとまらなくなる。
多様化が行き過ぎると、衝突と憎悪が起きる。
多様化が行き過ぎると、意思疎通ができなくなる。
多様化が行き過ぎると、まとまりが欠ける。
多様化が行き過ぎると、無駄が増える。
多様化が行き過ぎると、社会コストが上がる。
多様化が行き過ぎると、世界が逆に分断される。

多様化は多数の意見を尊重するので、尊重すればするほどまとまらなくなる。多様化は多様な主張を認めるので、相手と妥協することができず、対立も衝突も莫大に発生する。そしてそれが憎悪を生み出す。

多様化は細分化されればされるほど生きている世界が違ってくるので意思疎通ができなくなっていく。その結果、多様化が進めば進むほどまとまりが欠ける。また多様化が極度に進むとすべてに対応させるために無駄が発生する。行き過ぎた多様化によって社会が複雑になっていくと、社会的なコストも膨れ上がっていく。

そして最後にどうなるのか。多様化の行き着く先は、皮肉なことに「分断」だ。なぜなら、行き過ぎた多様化で社会がまとまることができないので、分裂せざるを得ないからである。

多様化もそれが極度なまでに行き過ぎると、凄まじく醜い社会が誕生するというのは、そういうことだ。(written by 鈴木傾城)

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多様化は細分化されればされるほど生きている世界が違ってくるので意思疎通ができなくなっていく。その結果、多様化が進めば進むほどまとまりが欠ける。また多様化が極度に進むとすべてに対応させるために無駄が発生する。行き過ぎた多様化によって社会が複雑になっていくと、社会的なコストも膨れ上がっていく。

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