いまや貧困層の子供が貧困層から抜け出せないという局面になってしまった

いまや貧困層の子供が貧困層から抜け出せないという局面になってしまった

貧困が社会に定着したら、貧困はあまり語られなくなる。なぜなら、貧困があることが日常になって、それを騒ぐことが奇異に思うようになるからだ。

日本には相対的貧困が定着した。だから、もう相対的貧困で騒ぐ人はいなくなった。定着すれば、それは日常である。日常は淡々と過ごすだけだ。そういうことだ。

相対的貧困は二人家族で年間の手取りが172万円を下回る世帯を指す。三人家族では年間手取り211万円未満を指す。日本における17歳以下の貧困率は13.9%であり、これは世界的に見ても高い数値にある。

相対的貧困の子供は7人に1人である。この子供たちは、満足に栄養が取れないとか、親から教育的な環境が与えられないとか、小遣いも与えられない等の不利な条件の中で知的能力を伸ばすことができず、資本主義社会の中で格差の底辺に追いやられていく。

無理して「奨学金」という名の借金を背負って高校・大学に進学すると、社会に出た瞬間に莫大な借金を背負ってそれを返すためだけに人生を消費しなければならない。貧困に育った子供たちは最初から重荷を背負わされて不利な立場にある。

重荷を抱えきれない子供たちも多い。早々に挫折し、どん底をさまよい、格差となって目に見えるようになり、その格差が固定化される。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

恵まれた家庭の子供たちは、能力が伸びる

現在、奨学金という名の学生ローンで大学に通う学生も増えているが、やがてはそれすらもできない家庭も出てくる。

今、奨学金が返せなくて次々と生活破綻していく学生が増えて社会問題化しており、貸す方も社会の糾弾を恐れて貸し渋りするようになるからだ。親の貧困が深刻な学生ほど金は借りられなくなっていく。

子供が将来、社会的に成功しやすいかどうかというのは、本人の努力が問われる以前に、親の収入の多寡も影響するというのは以前からよく指摘されている。

これは別に社会学者が統計を出さなくても、普通の人ですら日常を観察してしみじみと思う現象でもある。

収入のある家庭では、子供にいろんな習い事をさせることができる。塾にも行かせることができるし、家庭教師を呼ぶこともできる。

また、親が精神的余裕も経済的余裕もあるので、子供に目をかけやすい。家族の団欒を持てたり、一緒に旅行ができたり、一緒に勉強したり遊んだりすることができる。

もちろん、すべての富裕層がそんな理想的な家庭ばかりではなく、それぞれ複雑な家庭の事情を抱えているのも事実だ。何の悩みもない家庭はひとつもない。

しかし、一般的な比較で言うと、総じて富裕層は子供に最適な環境を与えることができる。それが、子供の能力を伸ばすので、富裕層の子供に社会的能力の高い子供が多いのは別におかしなことでも何でもない。

収入のある家庭の子供は、豊かな環境の中でのびのびと育ち、自分自身に自信を持ち、様々なことにチャレンジできる。多くの友人を作り、苦労することも、経済的な困窮に涙を流すこともないまま、恵まれた人生を送れる。

恵まれた高賃金・高待遇の仕事に就き、やがてそこで出世して能力を存分に発揮する。

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経済問題はありとあらゆる問題を先鋭化

極貧の家庭は、常に何らかのトラブルに追い込まれている状態であると言ってもいい。親はストレスにまみれ、家庭そのものが破綻していることもある。

経済問題はありとあらゆる問題を先鋭化させる。今を生きていくだけで精一杯であり、子供の教育などはすべて後回しにされる。子供の能力はじわじわと潰される方向に追いやられていく。

習い事をさせる余裕もない。塾や家庭教師など、とんでもない話である。義務教育が終われば、あとは一刻も早く社会に出て金を稼いで欲しいと考える家庭も多い。

そのように口に出して言わなくても、子供たちは親の貧窮ぶりを見て育っているので、悠長に教育を受けるよりも、さっさと社会に出て稼ごうと考える。

そうすると、低学歴で社会に出ることになって、結局はそれが仇になって低収入の仕事に甘んじるしかなくなっていく。もちろん、人脈やコネがあろうはずがなく、折に触れて助けてくれる人もいない。

富裕層の子供たちが多くの助言者を持っているのに比して、貧困層の子供たちは多くの悪い友人を持っていて、マイナスの方向に引っ張られやすい。アルコールやドラッグのようなものに早くから染まる危険も高い。

言うまでもなく、低学歴を余儀なくされた子供たちには、条件の良い仕事はあまりない。低学歴でもできる仕事というのは、賃金が低いか、極度に体力を使う仕事か、危険な仕事であったり、反社会的なものであったりする。

その仕事に就いていること自体がトラブルの元になり、やがては自分の人生がトラブルによって潰されることも多い。しかし、そこから逃れるとやはり低収入の仕事しかなく、将来の展望は見えてこない。

これはある意味、貧困家庭に生まれたことに原因があるという観察もできるわけで、「経済格差が遺伝する」というのは、こういった現象から言われているものだ。

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自らの生活を安定化させることができなかった

日本は2000年代に入ってから、極度に格差が広がる社会になっている。(ダークネス:1971年〜1974年生まれは、自分たちは過酷な時代に生きる世代だと認識せよ

この「労働者使い捨て時代」に成人して社会に出た人々の少なからずは、40代に入ってなおも社会の底辺で苦しんでいる。

将来の展望もなく、低収入を余儀なくされている。結婚が激減し、少子化が加速しているのは、彼らが自らの生活を安定化させることができなかったからでもある。這い上がれないのだ。

厚生労働省は賃金労働者の4割が非正規雇用者になったと発表した。厚生労働省も低学歴の若年層になればなるほど、非正規雇用者になる確率も増えることを確認している。学歴の有無で、最初からふるい落とされていくのである。

それでも非正規労働のまま努力し、結婚し、将来の安定のない中で子供を持つ人たちも、もちろんいる。

重要なのは、こういった貧困を余儀なくされている人たちを社会が救済できなければ、彼らの子供たちもまた貧困層から抜け出せなくなるということだ。それが見える形で出てきたのが「子供の貧困」問題なのである。

貧困が貧困を固定化させる現象が日本で生まれている。

今後、日本がこうした社会問題を放置し続けていくのであれば、最終的には社会的損失が限りなく広がり、最後には国民全員が豊かになるチャンスを失う。

ありつけるパイが小さくなっているのだが、その中で格差が拡大していくと、パイの大部分を恵まれた富裕層がごっそりと持って行き、残ったパイを大勢の貧困層が奪い合うという醜悪な社会になっていく。

政府が何かしてくれるだろうか。隣人が何かしてくれるだろうか。もちろん、それは期待できない。格差社会というのは、激烈な競争が生み出したものであり、また競争を生み出すものだからである。

グローバル化で、極度に効率化された資本主義になった現代社会は、学歴や財力で「他人を蹴落とす人生ゲーム」を人々に強いる社会なのである。

強者は総取りする。敗者は持っているものも奪われる。その結果、貧困層はますます貧困に追いやられ、いまや貧困層の子供が貧困層から抜け出せないという局面になってしまった。(written by 鈴木傾城)

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強者は総取りする。敗者は持っているものも奪われる。その結果、貧困層はますます貧困に追いやられ、いまや貧困層の子供が貧困層から抜け出せないという局面になってしまった。

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