何も持たない人間が不平等極まりない環境で生き残るための重要なヒント

何も持たない人間が不平等極まりない環境で生き残るための重要なヒント

2019年4月8日。アフガニスタンで、アメリカ軍の車列を狙った自動車爆弾が炸裂し、アメリカ兵3人が死亡し、関係者4人が重軽傷を負うという事件が起きた。この事件の後、すぐさまタリバンが犯行声明を出した。

タリバン……。

もうすでに世界の人々はアフガニスタンの「タリバン」の存在をすっかり忘れてしまっているが、この武装組織は今もなおアフガニスタンの山岳地帯を広範囲で支配し、アメリカ軍と戦っている。

アメリカはすっかり疲弊して、トランプ大統領はもう一刻も早くアフガニスタンから完全撤退したがっている。

アメリカ軍がいなくなればどうなるのか。タリバンは、アフガニスタンの過酷な大地を防御にして世界最強のアメリカ軍の猛威から生き残ったことになる。アフガニスタンは、再びタリバンが支配を広げていくはずだ。

それが良いか悪いかは別にして、「過酷な環境」を克服できた存在は、「過酷な環境」を味方にして敵を自滅させることができるという事実をタリバンの長い戦いで観察することができる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

「過酷な環境」に適応して生き残る

タリバンの潜んでいるアフガニスタンの山岳地帯は、荒涼として険しく夏はヒートウェーブで灼熱と化し、冬は大量の積雪とブリザードで誰も立ち入れないような地区である。交通網も貧弱で、文明とは隔絶されている。

「過酷な環境」と言えば、これほど「過酷な環境」はない。

タリバンがアメリカ軍との戦いで延々と生き残っているのは、この「過酷な環境」にタリバンは適応しており、アメリカ軍が適応できなかったからである。アメリカ軍の重装備は荒涼とした大地では負担になる。

「過酷な環境」に適応したタリバンは、それがゆえにしぶとく生き残ったのだ。

ちなみに、タリバンは過去にもこの「過酷な環境」に適応して、ソ連の侵略から生き残っている。

かつてソ連のブレジネフ政権は強大な武力を背景にアフガニスタンに侵攻した。ソ連も大国であり、よく訓練された部隊と強大な武器を手に意気揚々とアフガニスタンに乗り込んでいったのだが、最後には長い戦いに疲弊して去っていった。

アフガニスタンのイスラム原理主義者たちは貧弱な武器に訓練されていない兵力しかなかったが、それでも大国の軍隊を最終的に打ち負かしてしまったのだ。

大国の軍隊はアフガニスタンの兵士と戦う前に、まず厳しい山岳地帯の環境と戦う必要があったからだ。そこはまともな道もないので徒歩での行軍を余儀なくされる。厚い岩盤は最新精鋭の武器でも叶わず、おまけにそこは電気もガスも何もない。

夏の灼熱と冬のブリザードで、大国の軍隊はそこにいるだけで疲弊して自滅していった。

弱者はいかに生き残り、強者に勝つのかというのは、まさにこの歴史的事実が答えを示している。弱者が絶対的強者となるための方法は、これなのだ。「過酷な環境」というのは、自分がそれを克服さえできれば、大きな生き残りの武器となる。

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過酷な環境そのものが生き残るための「防御」

ところで、「過酷な環境」で生き残ったという例は動物の世界でも珍しくない。たとえば、砂漠のような大地では生物は生きていけないように見えるが、そんなところでも多くの生物が適応して生き残っている。

砂漠は極度に乾燥しており、生物が生きるには厳しすぎる環境である。何しろ、生命を維持するのに必要な水がない。そのような過酷な環境に放り込まれたら多くの生物は死ぬ。

当然、普通の生物は砂漠を避けてもっと環境の良いところに移動し、砂漠は不毛の大地となる。ところが、そんな砂漠にも生き物はゼロではないのだ。

砂漠と言えばラクダを思い出す人も多い。ラクダは背中に大きなコブを背負っている。そのコブに水分や脂肪が溜められており、これによってラクダは砂漠で生きることができる。

ラクダはライオンのような肉食獣には勝てないが、ライオンは砂漠に勝てない。

他にも砂漠の環境に適応して放熱のために極端に耳が大きくなったフェネックや、オオミミトビネズミのような生き物もいる。あるいは、手足を交互に上げ下げして生きるアンチエタヒラタカナヘビのようなトカゲも生きている。

彼らは砂漠という過酷な環境から逃れるのではなく、そこに適応して生きる道を選んだ。自分自身は過酷な環境で生き残れるが、自分を食う圧倒的な強者は過酷な環境に耐えられずに自滅する。それで自分が生き残る。

過酷な環境というのは、本来であれば生きるのに適していない環境である。だから、多くの生物がいなくなる。

逆に言えば、それは何を意味するのか。もし、自分がそこにとどまることができたなら天敵がいなくなり、過酷な環境そのものが生き残るための「防御」となるということだ。

誰もそこに来れないし、割り込んで来られないのだから、必然的にそこでは自分が強者となる。我が天下とは、まさにこのことを言う。厳しい環境が敵を潰してくれるのだ。

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「過酷な環境」を克服できれば道が拓ける

人間社会でもそうだ。一等地は強者が取る。弱者は僻地しか残っていない。ビジネスでもそうだ。おいしいビジネスは強者が取る。弱者にはニッチしか残っていない。

僻地も、ニッチも、それは「恵まれていない」から放置されているのであって、それは言わば「荒涼たる砂漠」も同然である。誰もそんなところで生きていこうと思わない。僻地であればあるほど、ニッチであればあるほど砂漠化が強い。

しかし、ここに「弱者だと見下されている存在」の生きる道がある。自分さえ「過酷な環境」を克服できれば、新たな道が切り開ける。

「何も持たない人間が不平等極まりない環境で生き残るための重要なヒント」がここにある。砂漠に適応できれば、その過酷な大地こそが自分たちの天国になる。

つまり、とても耐えられそうにないと思うような過酷な環境をしのいで克服できると、その時点でその環境では自分が強者になってしまうのである。

環境が厳しければ厳しいほど、ライバルはそこに進出するのは二の足を踏むのだから、むしろ自分たちに可能性が広がる。

自分がその環境に負けてしまったら意味がないので、その部分はしっかりと克服しなければならないのだが、それさえできれば「弱者だと見下されている存在」にも生き残りの道が開ける。

徒手空拳で世の中を生きていこうと思う人間は、あまりにも過酷すぎて誰も存続できそうにない環境を見つけ、それを克服すれば、容易にオンリーワンとなって存在感を発揮できる。

悪条件の中で自分を適応させて生き残るというのは、もちろん弱者の戦略だ。

強者はさっさと環境の良いところに移って、そこで悠々自適と暮らす。そういった環境の良い場所というのは、体格にも資質にも恵まれた生まれながらの強者が総取りして、弱者はそこに入り込む術もない。

最高の場所は、もともと恵まれている強者が先取りしているのだから、そんなところに弱者がのこのこ出かけても食い殺されて終わりになる。だから、「過酷な環境」を味方にするという生き残り策は、なかなか興味深いのだ。(written by 鈴木傾城)

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アフガニスタンの山岳地帯。夏は蜃気楼が立つほどの灼熱、冬はブリザードが来るような過酷な地で、大国の軍隊はそこにいるだけで疲弊して自滅していった。

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