2019年5月13日。トヨタ自動車の豊田章男社長は、都内で開いた記者会見で「雇用を続ける企業などへのインセンティブがもう少し出てこないと、なかなか終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と述べている。
いよいよ、日本を代表する企業が「終身雇用は難しい」と言うようになっているのだ。時を同じくして、日本経済団体連合会の中西宏明会長もまた「終身雇用をこれ以上維持するのは無理」という趣旨の発言をしている。
「正直言って、経済界は終身雇用なんてもう守れないと思っているんです」
中西宏明氏は日立製作所の会長でもあるが、この日立製作所もまたグループ会社数を4割減らして終身雇用を捨てていく。
グローバル化とテクノロジーの進化は、日本の会社組織のスタイルを根本から変えてしまった。年功序列と終身雇用を完全に吹き飛ばしてしまったのである。これは一時的な現象ではなく、恒常的な現象である。
だから、日本人は今、「組織に寄りかかって生きる」という従来の生き方ができなくなりつつある。今まで「大企業は終身雇用をこれからも維持していくのではないか」という意見もあったが、そうではない。これからは、大企業もまた「終身雇用を捨ててしまう」のである。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)
あらゆるケースで組織が優先
しかし、そんな時代になっても日本人の少なからずの人は、ひとつの会社に「ずっと勤める」という意識を持つ。会社はすでに従業員に対して「会社に依存するな」というメッセージを発しているのだが、多くの人は「会社に依存」することに尋常でない執着を見せる。
ブラック労働やサービス残業や給料の削減など、会社に寄りかかることのデメリットがあったとしても、会社から離れない。
会社に入って生きるというのは、別に欠点でも何でもない。会社でしかできないビジネスもたくさんあるし、会社が生み出せるものは大きい。大勢の人がひとつの目的に合わせてビジネスをするので、スケールも大きなものになる。
また会社に帰依することによって、会社が自分の面倒を見てくれるので、生活も安定する。また、その安定感がその人に対する社会的な信頼の証にもなる。だから、多くの人たちは会社に依存する。
しかし、日本の場合は「企業」という組織に入ると、ありとあらゆるケースで組織が優先になる。その組織に命令され、歯車のように動かされ、場合によっては使い捨てにされる。
自分がどんな意見を持っていても、それは関係ない。組織の意見が最優先される。そうでないと組織は成り立たない。その組織に所属している個人は、トップダウンで決められたものには従うしかない。
従うことが前提で雇われて給料をもらっているのだから、個人は組織に従うのは当然のことである。組織がそうすると決めた以上は、それが自分の意思に反しているものでも、組織を優先しなければならない。
仮に組織が間違ったり、暴走したり、当初とは違う目的に動き出したりしても、組織の末端はそれを受け入れざるを得ない。最後に組織の失敗のツケを払うのは末端なのだが、それでも従うしかないのである。
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「終身雇用」「年功序列」のシステム
この日本人の会社依存はどこから来ているのか。それは、「もともとの日本人の気質である」という事実も指摘されるのだが、それだけではない。
日本は戦後からバブル崩壊までの長きに渡って、多くの企業が「終身雇用」「年功序列」のシステムを取ってきた。この2つのシステムは、言うまでもなく、個人を会社に「服従させる」ためのシステムでもあった。
年功序列というのは、会社に長く依存し、歳を取れば取るほど待遇も給料も良くなる仕組みになっている。
途中で辞めてしまうと、待遇も給料も悪いままで終わってしまう。だから、いったん会社に入ると、個人は会社に服従するしかない。
また、終身雇用という制度は、生涯にわたって社員の面倒を見るということだが、会社はその条件として組織への徹底的な服従を要求する。組織が命じたことは、奴隷のように従う必要がある。
自分がやりたくない仕事、合わない仕事、最初の条件とは違う仕事であっても、会社が自分に命令したらそれに従うしかなくなってしまう。
会社が地方への出向を誰かに命じたら、命じられた個人は家族も自分の生活も置いてけぼりにしてそれに従わなければならない。完全服従だ。しかし、そうやって従えば逆に生活を保障してくれる。
だから、終身雇用と年功序列という制度は、日本人をひとつの会社に縛り付けてきた。そして日本人も、それにどっぷりと浸ってきた。その会社が時代に合わなくなっても、日本人はその会社から離れようとしないことが多い。
あまりに深く会社に依存してしまった人間は、会社から見捨てられると生きていけないので、会社からどんな理不尽な扱いをされても、最後の最後まで会社にしがみつく。
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会社依存は、うまく機能しない時代になった
日本人の過剰なまでの会社依存は、1990年までうまく機能していた。日本人は会社に依存し、会社の奴隷となり、会社に尽くすことによって世界でも有数の経済大国の地位を手に入れた。
それは、多くの日本人にとって、大きな「成功体験」として刻み込まれた。
しかしその後、日本のバブル崩壊と急激に進んだグローバル化の激しい競争の中で、日本の企業は徐々に競争力を失っていくことになる。
市場は急激に変わる。ビジネス環境も波を打つように激変する。企業は市場に合わせてビジネスモデルを変え、競争に打ち勝つためにコスト削減を恒常的に行うしかない。
ビジネスモデルが激変するというのは、それに則した人間が必要になるということである。つまり、新しい人間が必要になる。
経営陣は新しい人間を引き入れて、古い人間を切り捨てようとする。昔は社内の人間を新しいビジネスをじっくり学ばせて対応させていたが、今はそんなことをしているうちに競争に負けてしまう。スピードが求められているのである。
だから会社は、今や即戦力となる人間を引き入れて、足手まといになる古い人間は捨てる。
グローバル化の競争は進化も早く、より明確なROE経営(利益重視経営)に変化している。だから、今の会社は、長く勤めて高給取りになった人間を切り捨てる。また、新しく雇う人間はいつでも切り捨てられるように派遣として雇うようになる。
何が起きているのかは一目瞭然だ。もう会社は、会社に依存する人間を捨てているのである。しかし、日本人の大半は、いまだに会社に依存する体質が染みついている。そこから抜け出せない。
時代は変わっているのに、日本人の多くは会社に固執し、会社がないと生きられないと思い込んでいる。それはこれからの時代、とても危険なことである。時代はもうそれを許さなくなってしまっている。
トヨタ自動車の豊田章男社長の「終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」というメッセージを、すべての日本人は重く受け止める必要がある。会社はもう人生を助けてくれないのだという事実を認識し、新しい生き方を模索しなければならない時期になっている。(written by 鈴木傾城)
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— 鈴木傾城 (@keiseisuzuki) 2019年5月16日