相手の理不尽に何もしなかった日本の方に問題があったのではないのか?

相手の理不尽に何もしなかった日本の方に問題があったのではないのか?

「外交ルートを通じて日本の考え方を説明し、理解してもらえるよう努める」

日本の政治家は外交的な問題が発生したとき、必ずこのように言う。しかし、この「理解してもらえるよう努める」というのは無駄骨に終わるばかりか、むしろ大きな批判を浴びることになる。

なぜなら、相手は国益のために自説を貫くし、価値観や文化や歴史というのは、相手にとっては「絶対不変なもの」だからだ。説明されて理解を示せるような外交問題はそもそも問題でも何でもない。

日本人は世界中の誰もが「平和や平等を望んでいる」と思い込んでいるのだが、実際にはそうではない。自分たちの宗教や文化や価値観が侵害されたら、相手国を威嚇・恫喝・攻撃することも厭わない国も多い。

文化や社会や言語や国が違うと、価値感が違っているので、相互理解が不可能なことがある。話せば話すほど乖離が広がって、理解どころか衝突になる事柄もある。

それが世界の現状なのだ。だから世界は対立し、グローバル化が進めば進むほど対立が先鋭化していく。相互理解よりも、むしろ相互の対立と衝突が目立つようになっているのが現代社会である。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

理解されない可能性は高い

現在は、相互理解より相互対立の方が拡大している。それは国家と国家の間だけでの現象ではない。個人と個人の間でも、価値感が違って相手を理解ができず対立が激しくなっている。

人種間で、民族間で、世代間で、性別間で、経済格差間で、そして政治的立場で、それぞれ対立が広がっている。

立場が違って感受性が違えば、言葉ひとつにしても相手の言っていることが理解できない。同じ単語、同じ言葉を聞いても、受けるインパクトや印象は人によってそれぞれ違うので、場合によっては「重み」が理解ができなくなる。

性別が違えば、それで相手が理解できないことがある。年代が違えば、同じ日本人でも外国人並みに相手が理解できない。

長年連れ添った夫婦でさえ、相手が理解できないことも出てくる。いくら何十年一緒にいても「違う人間」である以上、相手が理解できないことが生まれて当然だ。

どんな立場のどんな人間でも、自分の主張を全員に理解してもらうというのは不可能である。価値感を共有していなければ、いくら話しても永遠にすれ違う。

「理解してもらう」という努力をすることは必要だが、自分の主張、自分の存在、自分の意見を、きちんと説明すれば分かってもらえると思うのは大間違いだ。説明しても分かってもらえないのが現実なのだ。

個人間でさえそうなのだから、組織や国をまたいだ相互理解というのは、いかに難しいか分かるはずだ。

日本という国がいくら「外交ルートを通じて、日本の考え方を説明し、理解してもらえるよう努める」を徹底しても理解されない可能性は高い。

つまり、日本が今後何をしても、どのように気くばりしても、どう言葉を尽くしても、それは実を結ばない可能性があると思わなければならない。

日本の意見は必ず否定される。日本の存在も、日本人の生き方も、日本の歴史も、やっていることも、言っていることも、何もかもが必ず批判され、否定される。

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丸く収めようとする外交的態度

日本の立場を説明しても、絶対に納得しない国も出てくる。それは、中国・韓国・北朝鮮と言った周辺国の言動を見れば、誰でも気付くことだ。

この三カ国は自国の政治的失策の責任をすべて日本のせいにするために、歴史を自国の都合の良いように捏造し、反日教育を行い、日本の沈没を願っている。

こうした国々と価値感が共有され、相互理解ができると思う方がどうかしている。

日本は主張することはできる。しかし、それを理解してもらえると考えるのは甘い。理解どころか、「日本の立場を押し付けるな」とバッシングすら起きる。

問題は、対立や衝突を極度に恐れ、表面的でもいいから丸く収めようと日本の政治家が考え、日本の国益も無視して妥協してしまうことだ。

相手国から猛烈な批判とバッシングを受けるのが嫌で、政治家は今まで対立を避けて逃げ回った。捏造の歴史に対して謝罪し、より日本の立場を悪くしてきた。

村上談話や河野談話は、まさにそうした「丸く収めようとする外交的態度」から生まれてきたものだ。

韓国は「第二次世界大戦時、日本軍は韓国人女性を性奴隷にした」と歴史を捏造し、その捏造で日本に謝罪と賠償を要求してきた。本来であれば、日本は「それは捏造だ」と激しく糾弾し、国交断絶して対処すべきだった。

しかし、実際には対立を恐れた政治家や官僚が「丸く収めよう」としてその場その場で行き当たりばったりの謝罪と賠償をしたので、その捏造が今や歴史的事実のようにされてしまった。

すでに日本の尊厳や国益は「丸く収めよう」とする外交的態度によって大きな損害を受けている。

もう、終わりにしなければならない。

日本の国益を強大に主張し、それをいちいち中国・韓国・北朝鮮に理解を求める姿勢を改めなければならない。相手がどうだろうと、絶対に折れない精神力が今の日本の政治や外交に求められている。

「丸く収めよう」とする外交的態度は、もう通用しない。

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対立しようが日本の国益を主張する

韓国は日韓合意も、日韓基本条約も破り捨て、日本の自衛隊にレーダー照射を行い、日本が抗議したら「日本が低空飛行した」と捏造して日本を糾弾するような異質で異常な国である。

ところが、そんな国に対して岩屋毅防衛相は「韓国と関係を戻したい」とか「韓国とは未来志向の関係を作りたい」とか言って、勝手に非公式な会談で韓国の防衛相とニタニタしながら握手する始末だった。

まさに、相手にはへりくだり、卑屈になり、「丸く収めよう」とする政治家の典型と言ってもいい。

特定アジア諸国と衝突しても国益を貫くという姿勢はどこにもない。この男だけではなく、多くの日本の政治家には「対立しても国益を貫く」という毅然とした姿勢は持たない。ただ、「理解してもらえるよう努める」と言って事なかれ主義で通す。

今の日本に「理解してもらえるよう努める」のではなく、相手が理解しようがしまいが、「これが日本の主張だ」と国益に邁進する政治家は少ない。

だから、日本には無理難題を押しつけても、無視しても、バッシングしても、日本人の国民感情を踏みにじっても、とにかく何をしても大丈夫だと舐められている。

日本が今、中国・韓国・北朝鮮から理不尽な目に遭っているというのは、相手に原因があるというよりも、相手の理不尽に何もできない日本の方に問題があったのではないのか。

日本人が、嫌われるのを恐れて何も言わないから、日本人には何をしてもいいとばかりに叩きのめされているのだ。

だとすれば、これから必要なのは何かは言うまでもない。「理解してもらえるよう努める」ことではなく、「対立しようが衝突しようが日本の国益を主張する」ことなのだ。もっと分かりやすく言おう。

今の日本は「相手と対立する」ことが求められているのだ。(written by 鈴木傾城)

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岩屋毅防衛相。「韓国と関係を戻したい」とか「韓国とは未来志向の関係を作りたい」とか言って、勝手に非公式な会談で韓国の防衛相とニタニタしながら握手する始末だった。相手にはへりくだり、卑屈になり、「丸く収めよう」とする政治家の典型である。

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