日本人も社畜化システムに疑念を持ち、別の生き方を模索してもいい時期

日本人も社畜化システムに疑念を持ち、別の生き方を模索してもいい時期

厚生労働省は、平成30年度「過重労働解消キャンペーン」の重点監督結果を明らかにしたが、違法な時間外労働がみつかった事業場の約半数は、過労死ラインとなる月80時間超だった。

残業は月80時間を超えると「過労死ライン」と労働行政は言っている。1日4時間以上の残業、もしくは12時間労働になると月80時間残業に到達する。これが続くと、いずれは健康被害を被ることになる。

ところが、日本では80時間残業をする人間は山ほどいて、「なぜ80時間くらいで騒ぐのか分からない」とうそぶくサラリーマンも多い。

すっかり社畜化してしまい、異常が異常であることが分からなくなってしまう。実のところ、従業員と会社の契約は8時間労働で決められているのだから、そこに月80時間を超えて働かせるというのは「異常事態」なのである。

企業が従業員をここまで働かせるというのは、いくつもの理由がある。誰もが気付いているのは、長時間残業させることによって、会社は「上司の言うことなら何でも従う奴隷」を作り出すことができるようになるということだ。

私生活を放棄させ、会社第一の人間に仕立て上げ、会社が「もっと働け、ただで働け」と言っても黙って従う体質にする。それを「社畜化」というが、会社は長時間残業させることによって社畜を生み出す。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

残業代なしの長時間労働は、見えない賃金引き下げ

長時間残業をさせて残業代も払わない企業を「ブラック企業」と日本人は呼んでいる。日本で長時間残業が減らないのは、意図的に社畜を作り出すと同時に、コスト削減も実現するためである。

日本人はグローバル化した世界から見るとまだ賃金が高い。企業がそれをカバーするためには日本人に無給の長時間残業をさせることで帳尻を合わせる。

企業はすでに国境を越えて活動しており、安い賃金でも働く労働者が世界中にいることを知っている。途上国に行けば、安い給料でも雇いきれないほどの人たちが職を求めて殺到する。安い働き手はいくらでもいる。

だから、高賃金・好待遇を要求する日本人の労働者は、本来であれば賃金を下げるかリストラするのが合理的経営となる。しかし、非常時でもないのに賃金も下げたりリストラしたりすると社会的に批判を浴びる。

だから、残業代なしで長時間残業させて帳尻を合わせるのである。それが「日本人を雇う秘訣」だった。残業代なしの長時間労働は、見えない賃金引き下げと気付くべきなのだ。

しかし、これからの時代は「残業代なしで長時間働かせる」というシステムは批判の対象になって使えなくなるかもしれない。

だとすれば、どうなるのか。

簡単だ。経営者は従業員の賃金を下げるか、リストラが容易になるように非正規雇用をより増やす。あるいは外国人労働者を入れる。どのみち企業の方向性は「より安く雇う」にあるので、その流れは決して止まることはない。

だから、日本人の8割を占めるサラリーマンは、よほど優秀な人でもない限り、どんなに働いても給料が上がらない。物価が上がっているのに賃金が上がらないのはそういうことなのだ。

我慢していれば状況が良くなるわけではない。先に行けば行くほど、労働環境は悪くなっていく。もはや、このままでは多くの日本人が、日雇い労働も同然の待遇と賃金になっていく。

さすがにもう、日本人もサラリーマンという生き方に疑念を持ち、別の生き方を模索してもいい時期に入っている。

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サラリーマンは安定ではなくなる

そもそも、日本人の8割がサラリーマンというのが奇妙な話である。本当に日本人は、これほどまでサラリーマンという職業が好きだったのか。

いや、それは「生計を立てる上で、もっとも安定していた」という理由で選ばれていただけのはずだ。

今後、サラリーマンという職業が安定を示すものでなくなっていくと、自然とこの職業は捨てられていく。安定がないのなら、そんな職業にしがみついていても意味がないからである。

今後は雇用を削減するイノベーションも、さらに突き進んでいく。ハイテクの飛躍的な進化が世の中の変化をもたらし、人工知能の活用や、ロボット化や、自動運転に見られる「未来」が手が届くところにまで来ている。

そうなると、サラリーマンはより賃金が安くなり、恒常的なリストラの対象になっていく。サラリーマンという職業は、安定ではなくなるのである。

職業として安定がなくなったのであれば、サラリーマンという職業にしがみつくのは虚しくなっても当然だ。どのみち低賃金を余儀なくされるのであれば、自分のやりたい方向で生きた方が人生も楽しい。

人間はどうあがいても1度しか生きることができず、しかも寿命はだいたい決まっている。人生が約80年だとすると、人間が生きることができる日数は、実質的に、2万9200日しかない。

ここからさらに寝ている時間や、通勤時間や、暇つぶしする時間をあれこれ差し引くと、だいたい正味1万日ほどしかないのではないか。

人間が生きている時間というのは限りなく長いように見えるが、計算してみると、実はそれほど長いものではないというのが分かってくる。

正味1万日もない人生は、刻々と消え去っていく。もし、この期間の間、自分がまったく興味や関心のない仕事に就いているとしたら、それだけで膨大な時間の無駄を重ねることになる。

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それは「人生史上、最悪の間違い」

10年も20年も関心も興味も生き甲斐も未来もない仕事に就いていると考えて欲しい。

仮に20年もそんな仕事に就いていたら、7300日が無駄だったということになる。1万日から7300日が無駄になったら、残りは2700日しかない。長い人生の大部分が無駄になる。

だから、基本的に自分が関心も興味も持てないような仕事にいつまでも就いているというのは、「人生史上、最悪の間違い」であると言うことができる。

どの仕事に関心が持ているのかというのは、他人が決める問題ではない。自分が決める問題である。

自分に合っていないし、興味もないし、ストレスと鬱しか感じないような職に就いているのであれば、それがどんなに給料が良くても、世間体が良くても、それは最終的に自分の仕事ではない。

サラリーマンをやっている人の多くは、今でも本当は満足しておらず、最初から「生活の糧」のためにやっていたのではなかったか。それならば、もうサラリーマンという職業に未来がなくなった今、いよいよこの職業から去ることを考える時期に来ているのではないだろうか。

それが自分の人生に実りを与えるものではないと分かっていながら続けるのは、人生を賭けて無駄な投資を続けているようなものだ。無駄な投資はいくらそこにカネを注ぎ込んでも、まったくリターンを生み出さない。関われば関わるほど、損失が膨らみ、最終的には人生を破壊する。

自分にとって何が重要か、何が重要でないかは、他人にはまったく分からない。それは自分しか判断ができないものだ。

他人にとっては有意義なはずだと思われている職業であっても自分にとって無駄だと思えばそれは無駄なのである。自分が自分の人生の何に投資するかは、自分が最も夢中になれるものであるべきで、そこに他人の意見や見栄や外聞を持ち込むべきではない。

これができるかどうかで、自分が生まれてきたことに価値があるかどうかが決まる。自分のしたいことに邁進し、その中で生きていけるのであれば、それが最も充実した人生であると言うことができる。(written by 鈴木傾城)

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どの仕事に関心が持ているのかというのは、他人が決める問題ではない。自分が決める問題である。自分に合っていないし、興味もないし、ストレスと鬱しか感じないような職に就いているのであれば、それがどんなに給料が良くても、世間体が良くても、それは最終的に自分の仕事ではない。

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