無意識にムダを排して重要部分に注力できるようにする方法

無意識にムダを排して重要部分に注力できるようにする方法

人は誰でも長い人生の中で多くのことに挑戦し、夢中になり、試行錯誤しながら生きている。この過程で人はいろんなものを集めたり、買い込んだり、溜めたりする。

何か新しいことをするたびに、何か新しいものを買う。知らない世界をのぞくたびに、そのための何かを買う。新しい知識や仕事を知るために何かを買う。

それは決して悪いことではなく、成長や向上を求める人にとっては必要不可欠なことである。そのため、行動力のある人や、好奇心の強い人ほど、モノが増えていくのは避けられない。

しかし、多くの挑戦や好奇心の追求はいつしか自分の中で終わるときもある。

その分野は自分に合わなかったということが分かる日もある。その世界は自分の好奇心を満たすものではなかったと知る日もある。

あるいは、次の挑戦のために断ち切らなければならなかったり、それが自分の人生にとって枝葉末節であることが分かると、挑戦や好奇心は終わる。

そのとき、自分の身のまわりには多くのものが取り残されて溜まっていく。問題はここからだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

高額な空間をムダで埋め尽くすのは、それこそムダ

こうしたものを大事に取っておく人も多いが、基本的にこうしたものは強い意志を持って「捨てるべきである」と気付く必要がある。

なぜ「要らないもの」を捨てなければならないのか。それは、要らないものを溜めておくということそのものが、自分の足を引っぱる最大の問題と化すからだ。

信じられないかもしれないが、ムダなものが自分の「人生」の足かせになる。それは物理的に邪魔になるだけではない。効率的に生きる点でもムダになる。

ムダなものが多ければ多いほどそれはスペースを圧迫し、ムダなモノのために自分の使える空間が減る。

現代社会は多くの人が生きるために都会に集まるが、都会では空間は凄まじく高額な価格が付けられている。高額な空間をムダで埋め尽くすのは、それこそムダである。まったく合理的ではない。

このムダなモノをどこか別のところに保管するとしても、倉庫などを借りたらそこでまた料金が発生する。つまり、ムダなものを溜めればそこでコストが発生する。

このコストは、収入が足りていない層や、事業の失敗や健康の悪化で一時的に収入に問題を抱えている層や、年金等で暮らしていかなければならない高齢層にダメージが大きい。

何らかの理由で低所得を余儀なくされている人は「収入の極大化と支出の極小化」を考えなければならないのだが、それと同時に「要らないものを捨てる」という考え方と姿勢は、非常に重要な要素になり得る。

現在、世界中の多くの若年層の心を捉え始めているのが「押しつけられる物欲からの解放」としてのミニマリズムだ。

これと同時に日本では生産工程の中でトヨタの「カイゼン」が以前から継続的に競争主義の中で「常に生き残るひとつの解」として取り入れられてきた。

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私たちの生活の中に取り入れても充分に成り立つ

トヨタの「カイゼン」はもちろん「改善」という言葉からきているのだが、これはトヨタの副社長にして技術者であった大野耐一氏が製造工程における効率化と合理化を推し進める手法としてトヨタに定着させたものだった。

ところで、この大野耐一氏が推し進めたカイゼンの中で大きなウエイトを占めているのは「整理」と「整頓」であった。

なぜ整理・整頓が重要だったのか。それを徹底することで相対的に仕事のスピードが上がり、それが生産工場につながり、売上のアップにつながるからである。

整理・整頓とはムダを排する重要な要素であり、ムダを排することによって効率性と合理性が追求できたのだ。

トヨタは日本を代表するグローバル企業だが、このグローバル企業の根幹を支えているのが徹底的な「整理・整頓」であることを考えると、その威力がどれほどのものなのかが分かってくるはずだ。

整理・整頓、片付け、要らないものを捨てることは、それを放置するよりも効率的・合理的に生きられるというのは、トヨタが証明している。

トヨタは、ムダなものを捨てて片付けることによって以下の四つのムダを排することができるようになると力説している。

・スペースのムダ
・時間のムダ
・間違えるムダ
・取りにいくムダ

これは普遍的な事実であるがゆえに、私たちの生活の中に取り入れても充分に成り立つ。つまり、積極的に「要らないモノを捨てる」ことによって、私たちの人生は効率的かつ合理的になり得る。

自分の人生を見直す最重要課題として、「よけいなもの=ムダなもの」を捨てていくという点を重視すれば良い結果になるとすでに分かっているのだから、それを自分の哲学として取り入れるのは大きな利点になる。

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無意識にムダを排して重要な部分に注力できる

複雑化したものは、やがてその複雑さによって瓦解する。逆にシンプルなものは、そのシンプルさによって長続きする。

シンプルであることで明瞭を保てる。だから、シンプルさの追求はほとんどの場合は正しいことになる。これは自分の人生や考え方や生き方にも当てはまる。

何かが行き詰まったとき、目的を失ったとき、自分を見失ったとき、何をすべきなのか分からなかったとき、どうしていいのか分からなくなったときは具体的に何をすべきなのか。

常に優先すべきは「余計なものを抱えていないか?」と自分のまわりを見回し、そして要らないと思ったものを捨てていく作業を行うことだ。

居るものと要らないものを分けて要らないものは捨てる。必要なものと不必要なものを分けて不必要なものを捨てる。自分にとって重要なものとそうでないものを分けて、そうでないものを捨てる。

その作業の過程で、「自分にとって何が大切なのか」を再認識することができるようになる。捨てるという行為で、大切なものを浮き彫りにして見失っていた自分を取り戻せる。

また、要らないものを捨て去ることによって精神的にも物理的にも身軽になることができる。つまり、よけいなものを捨てることによって再出発も可能になる。

「捨てる」というのは、実は非常に重要な考え方であると気付いている人はあまりいない。捨てるというのは自分のアイデンティティを取り戻す必要不可欠な「戦略」なのである。

必要のないものは、捨てなければならない。この「捨てる」という利点を自分の人生の中に意識して取り入れることによって、捨てることの重要性に気付くようになり、やがて「捨てないことによるムダ」に気付くようになる。

つまり、何が自分の人生のムダなのか「問題」が分かるようになり、無意識にムダを排して重要な部分に注力できるようになっていく。

そうすると、社会を見る目も変わっていき、その企業には何がムダか、行政の何がムダか、政治の何がムダかも分かるようになっていき、やがて「日本にとって何がムダなのか」も分かるようになっていく。

「日本にとってムダなもの、捨てるべきものが何か」が分かれば、それを捨てることによって日本も良くなるということが分かるようになる。要らないものを捨てるという哲学は、かくも重要だ。(written by 鈴木傾城)

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必要のないものは、捨てなければならない。この「捨てる」という利点を自分の人生の中に意識して取り入れることによって、捨てることの重要性に気付くようになり、やがて「捨てないことによるムダ」に気付くようになる。

 

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