多文化共生というワナを仕掛け、日本がそれを受け入れたら人口侵略が行われる

多文化共生というワナを仕掛け、日本がそれを受け入れたら人口侵略が行われる

日本が多文化共生を取り入れたら、中国共産党は飛び上がって喜ぶだろう。どんどん自国の人間を送り込んで人口侵略をすることができるからだ。多文化共生によって日本に大量の人口を送り込み、手に入れることができるのだ。日本人もいい加減に多文化共生がもたらす事態に想像力を働かせた方がいい。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019、2020年2連覇で『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

机上の空論を現実に持ち込んで世の中が大混乱する

隣人が夜中まで騒ぎ、ゴミ出しはめちゃくちゃで、社会的ルールもまったく守らず、道徳観念もなく、注意したら逆ギレして恫喝してくる迷惑な人間だったとする。誰かにそれを相談したら「今は共生社会なので隣人と共生して下さい」と言われたらどうだろうか。

若い女性の右隣に連続レイプ魔、左隣にのぞき魔が引っ越してきたら、若い女性は危険な隣人と共生できるだろうか。明らかに自分の身の危険があるのに「共生」を強制されるのは正常な判断だろうか?

ごく一般のファミリーが暮らすマンションの隣と上と下に暴力団の事務所が入って、昼間から夜まで他人を威嚇するような鋭い眼光の刺青が入った男たちが出入りするようになったら彼らと共生できるだろうか。「彼らも同じ人間だから共生してくれ」と言われて納得できるだろうか。

「共生」は一見すると理想的で美しい概念に見える。しかし、それが強制されることについては大きな問題がある。それはとても美しい言葉なのだが、どう考えてもこれは机上の空論だ。

世の中は善人だけが存在しているわけではない。犯罪者が大量にいて、利己主義者も、破壊主義者も、暴力を振るう人間も、騙す人も、殺す人も、国を売る人間も、山ほどいる。

それだけではない。過激派テロリストもいれば、反社会分子もいれば、悪意を持って世の中を混乱させようとするグループもいれば、その国を破壊するために国外から送り込まれた工作員やスパイもいる。

この世が優しくて素晴らしい人ばかりだったら法律はいらない。弁護士も刑務所もいらない。多くの人々が互いに助け合って生きていけるのであれば、社会福祉ですらも必要ないかもしれない。

しかし、現実はまったくそうではない。犯罪者がいるから法律があり、弁護士がいて、刑務所がある。多くの人々が時には対立し、衝突し、利害がつぶかり合ってトラブルが起こる。「共生」は、しばしば問題を引き起こす。

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できもしない空論を掲げて社会を混乱させている

「共生」はただの理想である。理想は追い求めてもいいが、それは現実ではない。

共生というからには自分が歩み寄るのと同時に、相手もまた歩み寄らなければならない。自分だけが妥協して受け入れて相手がそうしない場合、自分が被害をこうむるだけである。

普通に考えれば誰でも分かるが、「共生」というのは特定の限られた条件でしか成り立たない。

個人間でも「共生」の強制はトラブルを生み出すが、グローバル社会はこれを国際的に押し進めようとしており、それを「多文化共生」と呼ぶようになっている。

この「多文化共生」も美しく見える概念だ。しかし、結局はそれもただの「理想論」であり「空論」でしかないので、問題はより複雑化・大規模化してしまう。

たとえば、EU(欧州連合)でも「多文化共生」を旗印にしてまったく異質な移民を大量に移住させた結果、各国で社会の文化基盤が破壊され、民族間の軋轢、宗教観の軋轢、貧富の差、差別、地域社会の分離が生まれた。

多文化共生が現実的ではないという重要な事実に目をつぶって、机上の空論を現実に持ち込んだ結果、世の中が大混乱し、共生どころか深い反目を生み出したのだ。

EU(欧州連合)の人々は「多文化共生」という美しい言葉に騙された。それが理想論であることに途中まで気付かなかった。理想に走って現実を無視した。だから、結果的には国の中で異文化同士が争い、混乱が巻き上がり、地域が分離するような悲惨な状況になっていった。

それでも多文化共生を押し進めたいエスタブリッシュメントは、共生に疑問を抱く人間を片っ端から「極右」みたいなレッテルを貼って排除している。それほど多文化共生を押し進めたいと考えている。

しかし、そんなことをすればするほど社会はより混乱していく。共生というのは個人が「心がけ」として思うものであって、他国や政治家や受け入れてもらう側が相手に強制するものではない。

できもしない空論を掲げて社会を混乱させているのだから、多文化共生という概念は罪深い。

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日本が「多文化共生」を取り入れたら中国は飛び上がって喜ぶ

日本にも多文化共生を受け入れよと反日主義の政治家がマスコミを増幅器にしてあらゆる機会を通して主張し、多文化共生の世論を形成しようとしている。

多文化共生は国家を混乱し、破壊する要因となる。とすれば、それを日本に押しつければ日本を破壊する武器となる。つまり、多文化共生を日本に強制することによって日本を自滅させることができる。

多文化共生が押しつけられると、人口侵略が進められても日本人はそれを拒絶することができなくなる。

だから、中国や韓国や北朝鮮のような侵略国家は自分たちはそれを拒絶しながら、日本には多文化共生を押しつけるのだ。多文化共生というワナを仕掛けて日本社会を混乱させる。

侵略は日本にとっては他人事ではない。中国は世界最悪の侵略国家である。ウイグル・チベット・内モンゴル自治区・香港を見ても分かる通り、中国共産党は膨張主義を取っているのでどんどん周辺国を侵略して中国化する。

もちろん、中国は日本をも狙っている。日本が多文化共生を取り入れたら、中国共産党は飛び上がって喜ぶだろう。どんどん自国の人間を送り込んで人口侵略をすることができるからだ。

多文化共生によって日本に大量の人口を送り込み、手に入れることができるのだ。

日本人もいい加減に多文化共生がもたらす事態に想像力を働かせた方がいい。テロリストや犯罪者やスパイを排除できない「共生の強制社会」となったら、どんなに危険な社会になるのか少し想像したらすぐに分かるはずだ。

「いや、そんな人間は最初から排除する」というのであれば、それは「共生」と言う概念と矛盾している。それならば、そもそも最初から「共生」という言葉を使うこと自体が大間違いだ。

多文化共生は、非常に悪質かつ危険なワナなのだ。しかも、侵略国家である中国には特に使い勝手が良いワナなのである。日本の反日主義の政治家たちが口を揃えて多文化共生を訴えるのは、そういうことなのだ。

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凶悪犯罪者が「人権を守れ」と言うのと同じ原理がある

多文化共生という概念の受け入れは、工作員・テロリスト・犯罪者・危険分子・スパイを野放しにする。社会の癌を増殖させる。

日本で多文化共生の実現に動く反日の政治家たちは、恐らくその結末を知っている。しかし裏の意図を隠し、あたかも善を行っているフリをして多文化共生を主張し、結果的には日本社会を破壊していく。

工作員・テロリスト・犯罪者・危険分子・スパイたちは、自分たちを「排除させない」ために好んで「多文化共生」を訴える。これは、凶悪犯罪者が「人権を守れ」としゃあしゃあとした顔で言うのと同じ原理だ。

凶悪犯罪者が「人権を守れ」と叫ぶのは理由がある。

自分が逮捕されたとき、自分の人権を守ってもらうためである。自分は法を破るが、自分の扱いには法を守らせる。だから、悪質な犯罪者ほど「人権を守れ」と叫ぶ。自分を死刑にするのは人権侵害であると殺人鬼は言うのである。

多文化共生の押しつけは、似たような社会を生み出す。危険で裏のある人間であればあるほど、喜んで「多文化共生しろ」と叫ぶだろう。

多文化共生が強制されたら、侵略者がどれだけ傍若無人に振る舞っても「共生」の名のもとに正当化されるようになる。工作員・テロリスト・犯罪者・危険分子・スパイにとって笑いが止まらない。

彼らはそれを分かっていて多文化共生に乗っかる。だから、多文化共生を意味もなく叫ぶ人間には気を付けなければならない。ゴミを排除できない家はゴミ屋敷になる。犯罪者を排除できない国は犯罪国家になる。

あなたは、ゴミと共生したいだろうか?

私たちの今の社会はこうしたワナが随所に仕掛けられていて、何も考えていないとどんどんはめられていく。

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