今まさに、「日本で日本人が差別されまくる社会」の実現に向けて進んでいる

今まさに、「日本で日本人が差別されまくる社会」の実現に向けて進んでいる

この条例がおかしいのは「本邦外出身者に対する」不当な差別的言動の解消とあることだ。本来であれば、「すべての人間に対する」不当な差別的言動の解消を謳う必要があるのだが、本邦外出身者と限定することで日本人がすっぽり抜け落ちた。これは何を意味するのか分かるだろうか?(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019、2020年2連覇で『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

反日活動でしかない薄気味悪い不快極まりない展示会

日本は表現の自由が極限まで認められている。「表現の不自由展・その後」みたいな気味悪い展示会を税金で開催できるのが、そもそも表現の自由を象徴していると言っても過言ではない。

「表現の不自由展・その後」というのは、凄まじき下劣なものである。

天皇陛下の御影をガスバーナーで焼いて足で踏みにじったり、特攻隊・日本兵士を「間抜けな日本人の墓」と嘲ったり、捏造慰安婦カルト像を展示してみたり、ゴロツキ風情の若者に「放射能最高」「被爆最高」を叫ぶ映像作品を、「芸術だ、表現だ」とわめいているのである。

当たり前だが、こんなものは芸術というよりも「芸術に名を借りた反日活動」でしかない。まさに日本人を嘲笑・差別するヘイト展示会である。

左翼・リベラル・フェミニストは「なりすまし」が得意なのだが、この「表現の不自由展」というヘイト展示会も、「芸術になりすました芸術ではない何か」である。1%も芸術の要素はそこにはない。あるのは日本に対する底なしのヘイトだけだ。

当然、「こんなものは芸術ではない」と多くの日本人が怒りの声を上げる。当たり前のように展示会の反対運動も起こる。

そうすると、この展示会を企画した芸術家になりすました反日活動家は、「表現の自由を侵害された」と被害者ポジションを取って、抗議した日本人の側をレイシスト扱いする。

マスコミも、「表現の自由を侵害された」と反日活動でしかない薄気味悪い不快極まりない展示会を擁護する。

【金融・経済・投資】鈴木傾城が発行する「ダークネス・メルマガ編」はこちら(初月無料)

「もっと日本人をあざける表現を自由にさせろ」ということ

マスコミが、この「日本人をとことんあざけり回る日本人蔑視の展示会」を擁護するのも理由がある。

この展示会は名古屋の「愛知トリエンナーレ」で税金を使って行われたのだが、これは朝日新聞文化財団が協賛で、朝日新聞社論壇委員の津田大介が芸術監督であったことをほとんど誰も問題視しなかったのは意外だった。

朝日新聞は、この展示会が中止に追いやられたときに、『誰が、美術館から作品が消える社会をつくったのか』と新聞で嘆いてみせたのだが、自分ところの論壇委員にやらせていたことは一言も触れなかったのは、もちろん「自分が仕掛け人だった」ということを知られないためだろうか?

何にしろ、こういう反日展示会の裏側にマスコミがいたのだから、マスコミがこれを擁護するのは見え透いた姿勢でもある。日本は、こういう左翼・リベラル・フェミニストの工作活動がまかり通っているのである。

そして、反日展示会が中止になったら「日本は表現が不自由だ」と社会を愁《うれ》えて見せて、「日本はもっと表現の自由を!」と結びつけるのである。

反日展示会を開いて「もっと表現の自由を与えろ」というのは、要するに「もっと日本人をあざける表現を自由にさせろ」ということを求めているということに気づかなければならない。

「表現の自由をくれ」=「もっと日本人をあざける自由をくれ」

反日展示会の内容をみたら、吐き気がするような日本人ヘイトの表現の場であり、これは明らかに日本人への差別、日本人への嘲笑、日本人への愚弄なのだが、それを「もっとさせろ」というのだから、「もっと日本人をあざける自由をくれ」ということなのである。

【ここでしか読めない!】『鈴木傾城の「ダークネス」メルマガ編』のバックナンバーの購入はこちらから。

反日のレイシストたちに卑劣な工作活動を仕掛けられている

ところが、こうやって「表現の自由をくれ」と叫ぶ左翼・リベラル・フェミニストは、一方で「不当な差別のない人権尊重のまちづくりの推進」とか言って、「本邦外出身者に対する不当な差別的言動の解消に向けた取組の推進」みたいな条例を各地で進めている。

この条例がおかしいのは「本邦外出身者に対する」不当な差別的言動の解消とあることだ。本来であれば、「すべての人間に対する」不当な差別的言動の解消を謳う必要があるのだが、本邦外出身者と限定することで日本人がすっぽり抜け落ちた。

これは「本邦外出身者への差別的言動は取り締まるが、日本人への差別的言動は別に何もしない」と言っているのも同然なのである。つまり、「日本人の本邦外出身者に対する差別的言動は許さない。(日本人への差別的言動はどうでもいい)」と言うスタンスなのだ。

こういう表現の自由が必要かどうかは別にして、「本邦外出身者に対する差別的言動をする表現の自由はない」とここでは言っているわけだ。もっと分かりやすく言うと、「日本人は外国人をあざける自由はない」と言っている。

これを反日展示会の訴えと並べると、左翼・リベラル・フェミニストが何を目指しているのが分かる。

「もっと日本人をあざける自由をくれ」
「日本人は外国人をあざける自由はない」

どうだろうか。今の日本で起きている左翼・リベラル・フェミニストたちの「工作活動」の目指しているものが明確に見えてきただろうか? 今の日本は反日のレイシストたちにこうした工作活動を粛々と仕掛けられている。

今、「日本で日本人が差別されまくる社会」の実現に向けて進んでいるのである。

日本において日本民族を萎縮させ、衰退させ、日本民族を支配し、最終的には日本に大量の「本邦外出身者」を移住させて、日本を日本民族のものではない状態にするところまで考えていたとしても私はまったく驚かない。

あなたは、驚くだろうか?

『日本人にリベラリズムは必要ない。「リベラル」という破壊思想(田中 英道)』

鈴木傾城のDarknessメルマガ編

CTA-IMAGE 有料メルマガ「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」では、投資・経済・金融の話をより深く追求して書いています。弱肉強食の資本主義の中で、自分で自分を助けるための手法を考えていきたい方、鈴木傾城の文章を継続的に触れたい方は、どうぞご登録ください。

リベラルカテゴリの最新記事