
ソフトバンクの人型ロボット「Pepper(ペッパー)」は失敗した。ロボットを人型にするというのであれば、そのロボットは人間が勝負しても敵わないほどの超人的な能力を持っていなければならなかった。逆に言えば、それができないのであれば、人型にする意味がなかった。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019、2020年2連覇で『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)
人間が人型のロボットに求めるのは「人間の能力を超越した能力」
ソフトバンクグループの人型ロボットである「Pepper(ペッパー)」が2020年の末頃から生産を中止している。これまで2万7000台を生産してきたというのだが、コストはかかり、複雑なタスクには対応せず、故障しやすく、あまりにも使い物にならなかった。
人型かどうかは別にして、私は今後「ロボット」の時代が来ると思っているので、ソフトバンクの失敗には関心深く見つめていた。
私自身は、ロボットが「人型」を目指すのはまだ時期尚早なのではないかと考えている。人間が人型のロボットに求めるのは「人間の能力を超越した能力」である。人間よりも超絶的に早く、人間が追随することが不可能なほど正確で、人間よりも数十倍も効率的であってこそロボットの存在意義がある。
もしロボットを人型にするというのであれば、そのロボットは人間が勝負しても敵わないほどの超人的な能力を持っていなければならなかった。逆に言えば、それができないのであれば、人型にする意味がなかった。
人型にするというのは、そういうハードルを越えないとならない。
しかし、ペッパーはそういう存在ではなかった。それは動作も知能も人間よりも劣っており、畏怖よりも失笑を買う存在だった。つまり、「人型」のロボットとしての存在価値がなかったのである。
ペッパーは胸にモニターがついていて、それで人間とコミュニケーションを取る形になっている。もし、そうするのであれば、女性や子供受けするぬいぐるみにモニターを持たせた方が人寄せとしても成功したはずだ。
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むしろ、人間の方がペッパーよりも多角的に仕事をこなす
実のところ、今の産業界は産業用ロボットが欠かせない存在となっている。
自動車工場やコンピュータの製造工場、あるいは飲料のボトル詰めの工場などでは、「腕型」のロボットが人間の目に止まらないほど凄まじいスピードと正確さで仕事をこなしており、ロボットがなければ仕事が回らないほどだ。
Pepper(ペッパー)はオモチャの延長でしかない。これを排除して人間に置き換えても何ら問題はない。むしろ、人間の方がペッパーよりも多角的に仕事をこなす。ペッパーは足手まといなのである。
しかし、産業用ロボットはそうではない。こうしたロボットをオモチャ扱いする人はひとりもいない。産業用ロボットは、いまや製造業の根幹を為す重要な存在となっており、今さらこうしたロボットを排除して人間に置き換えることもできない。
産業用ロボットは、人間にはできないほどの迅速性と正確性と効率性で仕事をするからだ。「ロボットは人間の能力を超えた存在でなければならない」という定義を満たしている。つまり、産業用ロボットは本物なのである。
「ABB」「ファナック」「安川電機」「川崎重工業」「KUKA」は、そうしたロボット製造企業の大手メーカーである。
こうした産業用ロボットのノウハウをバージョンアップさせて、いつか「人型にするのが最も効率的だ」という状況になれば、そこで初めて本物の人型ロボットができるのかもしれない。
しかし、「人型にすればロボットっぽい」というだけで、でくのぼう的な人形にモニターを持たせただけの物体では、ただの「人型オモチャ」でしかなく、ロボットと呼ぶには程遠い。
ペッパーは、そういう存在であったのではないか。
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ソフトバンクグループの人型ロボットの挑戦と失敗
「本物」の人型ロボットは、技術のブレイクスルーが起こった時、いずれは開発されることになるはずだ。
しかし、その時には人間をはるかに超える能力が逆に危険視されて、全世界で「法規制をしろ」と政治家や労働者が大規模デモを起こすような社会現象を引き起こすことになるだろう。
社会学者がこぞって「人型ロボットは社会にとって有害」だとか言い始め、陰謀論者たちが「人型ロボットは人間を滅亡させるために生み出された」とか、そういう大騒動も起こるはずだ。
ペッパーでそれが起こらなかったというのは、要するにその程度の存在でしかなかったということでもある。
これはソフトバンクグループの技術力が云々ではなく、莫大な資金と頭脳を持つGoogleがやってもAmazonがやってもAppleがやっても同じだったはずだ。人型ロボットを完成させるのは、まだ技術が追いつかない。
そもそも人型ロボットは、人間を超越するどころか、人間のようにまわりを判断して自律的に歩いたり、走ったり、座ったりすることもままならない。ましてや歩きながら買い物して買い物袋を持ちながら電話するような、人間が自然にやっていることすらもできるようになっていない。
いずれは、そういうロボットが実用化されるのかもしれない。しかし、まだ人型ロボットを成功させる入口にも立っていないのではないか。
タブレットを埋め込んだ人型のプラスチックを車輪で動かすようなことくらいはできても、それを人間的に働かせるというのは無謀なのである。
ソフトバンクグループの人型ロボットの挑戦と失敗は、そういう現実を浮かび上がらせたように見える。
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「単機能・高性能型」のロボットはイノベーションを起こせる
私自身は、ロボットをわざわざ人型にしなくても「単機能・高性能型」の、それぞれの目的に最適化された形のロボットの方が実用性もあると思うし、そこから積み上げていかなければならないのではないかと思っている。
掃除用の丸い円盤形のロボットは、すっかり馴染んで多くの家庭がそれを取り入れている。勝手に動いて勝手に掃除してくれて、勝手に充電場所に戻る。
まるで意志を持っているかのように動く小さな丸いロボットに愛着を持って名前を付けている人すらもいるという。
Amazonでは倉庫のピッキング作業にピッキング専用のロボットを駆使しているのだが、こうしたものも応用次第で家庭に使われるようになっていくかもしれない。あるいは、各種の産業用ロボットもまた家庭用に応用されて欠かせないロボットになっていくものもあるだろう。
ロボットの進化というのは、そういうところから小さく着実に進化していき、そこから将来は想像を絶する「何か」として突然変異を起こすのではないか。
ソフトバンクグループの人型ロボットも、人寄せパンダ的な関心からどんどんバージョンアップして本物に近づくというストーリーもあったのだと思うが、あまりにもできることが少なすぎてストーリーに乗る前から失敗してしまった。
ロボットについては、「単機能・高性能型」のロボットから、やがて「複機能・高性能型」に進化するのが妥当なはずだ。単機能でも必要とする人は必要とするし、それが高機能になったらより多くの人が着目し、イノベーションが加速する。
人寄せパンダではイノベーションは起きないが、「単機能・高性能型」のロボットはイノベーションを起こせる。日本企業はハードにこだわりを持つ企業が多く存在する。そうした日本企業に次の時代を切り拓いて欲しいと心から願っている。
