「人生100年時代」と「生涯現役」の組み合わせは、残酷な時代の幕開けでもある

「人生100年時代」と「生涯現役」の組み合わせは、残酷な時代の幕開けでもある

老いたら、カネを使わないでも幸せに生きられると考える人もいるが、医療や介護は「ただ」ではない。諸経費は必ず貯金を食い潰していく。足りなくなったら、困窮生活に入る。今後、人生100年時代に向かう中で、社会保障費の増大や高齢者の生活保護受給者の増加が止まらなくなる問題に対して社会はどのように対処するのか。実はもう答えは出ている。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

「病人を死なせない」方向に発達した

すでに日本においては、65歳以上の「高齢者」の人口は3300万人を超えている。そして、2015年から80代以上の人口は1000万人超えとなった。この割合はもっと増えていくことが分かっている。

日本人は世界でも有数の長寿国家である。しかし、長寿化しているのは日本人だけではない。先進国はどこの国も日本と同じように長寿化している。もう人生は80年ではなく「100年」なのである。

『LIFE SHIFT(ライフ・シフト)100年時代の人生戦略』を記したリンダ・グラットン氏とアンドリュー・スコット氏は、先進国において2007年生まれ以後の2人に1人は100歳を超えて生きる時代になると予測した。

災害は巨大化しているし、戦争は大量殺戮を効率的に行えるようになっているし、食環境の悪化で健康は悪化しやすくなっている。病気は人類から消えてなくなっているわけではない。

それでも人類が長生きできているのは、先進国においては生存環境が良くなっていることもある。そして何よりも医学が「病気を完治させる」以上に、「病人を死なせない」方向に発達しているからである。

私たちが重篤な病気になったとする。医者は私たちを完治させられなくても、生かせ続けるのだ。どんなに健康で壮健な人であっても、加齢に伴って健康は少しずつ消えていく。身体のあちこちが壊れていく。

身体が壊れた状態でも、生存に適した先進国の環境と高度なヘルスケアの手にかかると、かなりの長生きができるようになる。逆に言うと、私たちは健康を失っても、「延々と生き続けなければならない時代」に入っているとも言える。

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「健康寿命」を失っても生き続ける

寿命には、通常の「寿命」とは別に、もうひとつの概念を持った寿命がある。それが「健康寿命」である。健康寿命とはウィキペディアによるとこのように定義されている。

『健康寿命とは日常的・継続的な医療・介護に依存しないで、自分の心身で生命維持し、自立した生活ができる生存期間のこと』

たとえば、深刻な病気にかかったり寝たきりになったりして自立した生活ができる生存期間が終わったら、その後は継続的な医療・介護に依存しながら天命を全うするまで生き続けなければならない。

その期間は短ければ短ければいいと普通は思うのだが、人間の人生はそんな都合良くできていないので、たとえば60代でもう身体がボロボロにになって以後は介護に依存して生きることになる人もいる。

糖尿病や認知症や心臓疾患や癌は誰もなりたいと思ってなるわけではない。なりたくなくても「なってしまう」ものなのだ。それが50代や60代で発症したとしても、それでその人を責めることは誰にもできない。それは自己責任ではない。

糖尿病は生活習慣病なので自己責任と考える人もいるのだが、実は糖尿病も貧困が原因で起きているものであるという認識も少しずつ広がってきている。(マネーボイス:日本の貧困層は飢えずに太る。糖尿病患者の半数以上が年収200万円未満の衝撃=鈴木傾城

問題は、どんなに早く健康寿命を失ったとしても、現代の医学は「病気の進行を抑えながら生かし続ける」ことができるので、そこからもさらに寿命が延びていくことである。

中には延々と介護を受けたまま食べて寝るだけで、何のために生きているのか分からないような人もいる。その度合いがどうであれ健康寿命を失って生きていると、誰でもそのような局面になる。

時には、「長生きできることは幸せだ」と思えないこともあるはずだ。長生きすることによって家族にも迷惑をかけると深刻に捉え、精神的にも追い込まれて「早く死にたい」と考える人もいる。

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生活保護受給者の半数近くは高齢者

折しも年金制度は徐々に危うくなってきている。日本は高齢者が増えると同時に子供が減っているので、賦課方式の年金は現役世代に耐えられないほど重いものになりつつある。

そこで日本政府は「老後は2000万円の貯金が必要」と言い出したのだが、ほとんどの世帯はそんなに持っていないし、貯めることもできないので「どういうことなのだ」と高齢層は政府を激しく批判した。

選挙で票を入れるのは若年層ではなく高齢層なので、高齢層の怒りに敏感な政府はすぐに「2000万円貯めろ」を引っ込めたのだが、実際問題として「年金では食べていけない」というのは誰もが知っていることだ。

老後のための貯金は、長生きすればするほど足りなくなっていくのだが、人間は長生き「してしまう」時代になったのである。貯金も足りず、年金も足りず、さらに健康寿命も失って長生きするというのはどういう状態になるということか。

言うまでもなく、長生きすればするほど貧困に落ちていくということである。長生きし過ぎると、ほとんどの人は困窮の度を増していくことになる。

それを裏付けるのが生活保護受給者の内訳だ。現在、生活保護受給者の半数近くは「高齢者」である。

高齢者は歳がいけばいくほど働けなくなる。いくら健康であっても年齢と共に身体は言うことを効かなくなるし、必ず寿命よりも前に健康寿命が消えるのだから、高齢層が困窮していっても不思議ではない。

そう考えると、人生100年時代になって「長生きできるから良かった」と単純に喜べない現象であることが分かるはずだ。「経済的に困窮して貧困の中で幸せに生きられるのか?」と問われれば、誰もが「ノー」と言うしかない。

カネを使わなくても幸せに生きられると言っても、医療や介護は「ただ」ではない。諸経費は必ず貯金を食い潰していく。

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カネのために奴隷のように酷使される未来

今後、人生100年時代に向かう中で、社会保障費の増大や高齢者の生活保護受給者の増加が止まらなくなる問題に対して社会はどのように対処するのか。実はもう答えは出ている。

その答えは「高齢者にはギリギリまでずっと働いてもらう」というものだ。

「本当に動けなくなるまで働く」「死ぬ一歩手前まで働く」というのが、人生100年時代の高齢者に課せられた義務になる。それを前向きな言葉で言ったのが「生涯現役」である。

「最近の高齢者は元気だ」「高齢でも立派に働ける」とよく言われるが、いくら高齢者が元気だと言っても、高齢者はどうあがいても若年層と同じような働き方はできないし、そんな気力も体力も健康も持ち合わせていない。

昔の高齢者に比べたら確かに現代の高齢者は健康かもしれないが、それでも加齢による衰えは確実に起きている。しかし「生涯現役」が強制される。

それは多くの高齢者にとって、過酷であり残酷なことである。確かに年金受給資格の「高齢者」に入る65歳を過ぎても、現役でバリバリ働きたいという高齢者もいる。70代や80代でも、働くのが好きで「仕事が生き甲斐」という人もいる。

しかし、かなりの高齢者は「もう疲れた。ゆっくり休みたい。働くのが苦痛だ」と思い、仕事から離れて静かに暮らす日々を求めているはずだ。

人生100年時代になると、この「生涯現役の強制」が行われるようになる確率が非常に高い。十分な貯金がないのであれば、「高齢者にも長く働かせる」というのが社会の回答になるからだ。

人生100年時代と生涯現役の組み合わせは、残酷な時代の幕開けでもある。私たちは「老いてゆっくり休む」という選択肢は残っていない。このままでは、カネのために奴隷のように酷使される未来が待っている。

『LIFE SHIFT(ライフ・シフト) 100年時代の人生設計(リンダ グラットン、アンドリュー スコット )』

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