インターネットで起きているのは「言葉で相手を追い込む殺人ゲーム」なのだ

インターネットで起きているのは「言葉で相手を追い込む殺人ゲーム」なのだ

そもそも、誹謗中傷はインターネットが登場する以前からずっと存在していたものであり、人間の心の根ざしたものなのだから根絶することはできない。今後も、リアルでもインターネットでも誹謗中傷はいくらでも湧いて出てくる。法務省が報告した「インターネットを利用した人権侵犯事件の推移」を見ると、誹謗中傷は減るどころかどんどん増えているということが分かる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

誹謗中傷は消えないというのが現実であると認識せよ

若い芸能人の女性が誹謗中傷を気にして亡くなったことで、再び誹謗中傷の規制強化がクローズアップされている。

高市総務大臣はこれを受けて「匿名で他人を誹謗中傷する行為は、人として卑怯で許し難い」と述べ、発信者の特定を容易にするための制度改正を検討することを明言している。

誹謗中傷は間違いなく許しがたいことであり、他人に対して「お前なんか生きている価値はない」とか「死ね」とか言っている人間のクズを処分しやすくするのは非常に理に適っている。

しかし考えなければならないのは、いくら法規制を強化したところで法の抜け穴などいくらでもあるし、法で規制したら誹謗中傷をする人間が悔い改めるかと言えばまったくそうではないということだ。

そもそも、誹謗中傷はインターネットが登場する以前からずっと存在していたものであり、人間の心の根ざしたものなのだから根絶することはできない。今後も、リアルでもインターネットでも誹謗中傷はいくらでも湧いて出てくる。

法務省が報告した「インターネットを利用した人権侵犯事件の推移」を見ると、誹謗中傷は減るどころかどんどん増えているということが分かる。

インターネットで誹謗中傷が渦巻く場としてはツイッターもしばしば問題になっている。同社は今までも何度も何度も誹謗中傷の「溜まり場」になっているとして批判されて、その都度システムや規約を変えて対処してきた。しかし、結果は芳しくない。

発信者の特定を容易にしようが何だろうが、誹謗中傷は消えないという現実を私たちは受け入れる必要がある。

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インターネットは「言葉の暴力地帯」である

法規制が強化されようが、プロバイダーやプラットフォームがどんなに使用規約を改変しようが、誹謗中傷はインターネットから消えることはない。

もともとインターネットのシステムは、言葉の暴力を誘発しやすい素地がある。

最初の頃のインターネットは、匿名が基本だった。そして、この匿名時代のインターネットは誹謗と中傷と罵倒とスパムに満ち溢れていた。

そこで、実名性であれば無益な誹謗中傷は減るのではないかというアイデアがなされて、それがフェイスブックのようなSNSで実現化していった。しかし、それで誹謗中傷はインターネットの世界から減ったのか。

もちろん、減るわけがない。

匿名の空間は相変わらず残っているし、実名のソーシャル・ネットワークの中でも意見の対立があると、やがて激しい言い合いとなって言葉の暴力が必ず生まれる。

現実の世界で暴力と憎悪が満ち溢れているのであれば、それはどのような形であってもインターネットに反映していく。子供のいじめもインターネットに持ち込まれていて、「ネットいじめ」という形で定着している。

インターネットは「言葉の暴力地帯」であることは、子供たちこそが身近に感じている。今はもう、ありとあらゆる人がこの暴力とは無縁ではない。

今後もさらにスマートフォンが普及していき、24時間365日、インターネットと密着する時間がもっと増える。誹謗中傷・罵詈雑言を書き込みやすい環境がそこにあるのだから、人々はそれを活用する。

憎しみや怒りや残酷な感情が芽生えたとき、手元にインターネット接続機器がある。何かを書き込むことができる。だから、弱者に向けて憎悪を表現する人間が増える。

そして、誹謗中傷・罵詈雑言は時代を積み重ねるほど、書く方も読む方も一種の慣れが生じて、よりエスカレートしていく。それが今起きている現実である。

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事態はどんどん最悪に向かって突き進んでいく

人間の歴史は暴力と戦争の歴史である。だから、インターネットというインフラが用意されて、そこに数十億人もの人間が乗っかっているのであれば、壮絶なる憎悪表現の場になるのは、当然の帰結だったのだ。

それは決して沈静化しない。インターネットの世界では、言葉の暴力が永久に記録されてそこに残る。だから、事態はどんどん最悪に向かって突き進んでいく。

インターネットの中傷が原因で自殺した人たちは、もう珍しくも何ともない。激烈な中傷に耐えかね、誹謗中傷の嵐に身をすくませ、人々は疲れ果てて死を選ぶ。

自殺だけが問題なのではない。ショックを受け、心の底から傷つき、精神的な問題を抱える人たちも多くいる。

インターネットは、こうした状況を増長させている。SNSは「意見の増幅器」としての役割を果たしているのだが、誹謗中傷というトゲも増幅されているのだ。

何とか事態を打開しようと、いくつかのSNSは問題のあるユーザーのアカウントを次々と閉鎖しているのだが、どんなに閉鎖してもすぐに新しいアカウントが作れるのだから、何の意味もない。ただのイタチごっこである。

掲示板でも、コメントでも、SNSでも、ありとあらゆる「投稿の場」は憎悪の拡散に使われる。

知らなければならないのは、牧歌的で誹謗も中傷も罵倒もないインターネットになることは100%ないということだ。リアルの世界でも人間関係の対立やもつれや決裂があるのだから、インターネットでもそれが持ち込まれて当然なのである。

むしろ、最悪の事態になるまで悪化していくと思わなければならない。目を背けたくなる一歩手前まで状況は悪化していくことになる。

規制など意味はない。規制をすり抜けて、どんどん巧妙になって言葉の暴力と憎悪は浸透していく。それが激しい勢いで個人に向かっていき、その人が破壊されるまで続く。

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言葉で相手を追い込む殺人ゲーム

人の心はとても多様で、ちょっとしたことで傷つく人もいれば、74億人から嫌われてもまったく何とも思わない人まで、本当にいろいろだ。

また、自分に対する誹謗中傷の嵐に耐性がつく人もいれば、どうしても耐性が付かずに病んでしまうほど悩む人もいる。しかし、病んでしまう人が悪いわけではない。悪いどころか、むしろ正常だ。

それでも、人々はインターネットの利便性と言論の自由のために、言葉の暴力の横行を受け入れる。そして、何が生まれるのか。激しい言葉の応酬と、誹謗中傷の矢が飛び交う世界である。

そうなのだ。今、インターネットで起きているのは「言葉で相手を追い込む殺人ゲーム」なのだ。

相手を極限まで追い込んで、相手を殺すと勝ちになるゲームだ。

何度も言うが、法の整備を強化しても駄目だ。悪意はいくらでも法をすり抜ける。規制にひっかかるギリギリのところで執拗な嫌がらせをすることもできれば、TORのような接続経路を匿名化するシステムで発信元を隠すこともできる。

法が整備された頃には、時代はすでに先に行っている。どこかに訴えても、救済を求めても、対処されるかどうかも分からず、対処される頃には精神的にズタズタになっている可能性が高い。

誹謗中傷のターゲットになったら、執拗に、粘着的にそれは続けられるのである。それは「言葉で相手を追い込む殺人ゲーム」なのだから、ターゲットが衰弱し、究極的には死ぬまで続いていく。

残酷だ。しかし、それが私たちの生み出した「ハイテクの未来」である。インターネットが変えられない以上、私たちはこの「言葉で相手を追い込む殺人ゲーム」が横行する中で、幸せを見つける必要がある。

こんな世界で、幸せというものがあればの話だが……。

映画『リチャード・ジュエル』。無実な中、殺人犯の疑いをかけられて全米の誹謗中傷を浴びた人物の映画化。

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