名前を書いたら合格する大学に意味があると思うのはどうかしている

名前を書いたら合格する大学に意味があると思うのはどうかしている

少子高齢化の中で、私立の大学は学生集めに苦慮している。私立大学では定員割れが常態化し、2016年の日本私立学校振興・共済事業団の調査によると、44.5%の私立大学が定員割れとなっている。毎年、定員割れは悪化している。

そのため試験を受けて名前を書き、入学金さえ払えば99%の人が合格するような大学さえも現れている。名前だけ書けてもついていけないので中退する。そのため中退率が約6割になっている大学すらもある。それだけではない。学生の約6割が中国人の大学もある。

こうした大学があることは企業もよく把握している。そのため、いくらそこの大学を卒業したところで就職に何の役にも立たない。役に立つどころか、反対に切り捨てられるのがオチだ。

ここまで来ると、もはや「大学卒」という学歴は100円ショップの安物と同じだ。それは「どこにでもある価値のないもの」と化す。

大学を卒業したからと言って将来が約束されるわけではなくなったのだ。これからは高学歴だろうが何だろうが、きちんとした仕事を得るというのは、難しい時代になっていく。

今、世界で起きているのは慢性的なリストラと失業だ。そのしわ寄せを一番受けているのが若年層である。この傾向はさらに続く。なぜなのか。

グローバル化の時代になって、企業はもう人を育てられなくなっているからだ。激甚化する競争に打ち勝つため、企業は即戦力を求める。しかし、若者は即戦力にはならない。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

世界各国で、高学歴の失業者で溢れている

企業は絶えず株主から利益率を向上させるようにプレッシャーを受けている。そのためコスト削減のために、常に要らない人材を放り出すようになった。

人を抱えるということは、コストを抱えるということだ。コストを削るというのは、人を削るということだ。だから、世界中でリストラの嵐が吹き荒れて、それは今も継続している。

リストラの中では、その人材が高学歴だろうが低学歴だろうが関係ない。

むしろ、高学歴な人間ほど高い賃金を支払わなければならないので、いったん「無駄なコスト」と見なされれば容赦なく削減されていく。

終身雇用も年功序列も死んだ。その上に、今後は突き進んで行くIT、ロボット、人工知能が少数精鋭の企業経営を可能にして雇用を激減させていく。

多国籍企業はこうした「雇用を削減するためのイノベーション」に多額の投資をしており、凄まじい勢いで成果を出すようになっている。

もう中間職ですら要らなくなっている。現場がIT化されて、その情報はダイレクトに上層部に伝わる。急激にそういった企業システムになっている。

必要になって来るのは、企業のマネージングができる本当の優秀なエリートだけで、あとは歯車のように使い捨てできる人員がいればいい。

これは欧米で顕著に起きている現象だが、日本でもこれから同じことが起きる。

エリートでなければ、普通の教育を受けて大学に入っても、もう何の意味もない。多くの大学の「学歴」は、もうすでに価値を喪失してしまっている。

これは一過性の問題ではなく、恒常的な問題である。

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学歴ではなく、安く雇える人間を重視する時代

「教育」はその人の人生を救う。しかし、「学歴」はもうエリート校以外はすべて十把一絡げになる。

これからの企業システムは人間関係が二極分化して、「経営者」か「労働者」が、より明確に分けられる。経営者になれないのであれば、労働者になるしかない。

すると、企業は労働者のどこに価値を見出すか。

今までは学歴だった。しかし、これからは学歴ではない。雇い入れるコストだ。もっと分かりやすい言い方をすると、安く雇える人間を重視する。

企業側の都合としては、ある程度きちんと働けるのであれば、賃金が安ければ安いほどいいと考える。

学歴が重視されるのではなく、いかに安く雇えるかが重視されるのだ。それこそ、外国人労働者でも何でも、コストが安ければ採用される時代になる。

欧米が当初、移民を大量に流入させることを目指していたのは、別に人道的な意味があったわけでも何でもない。単に移民や難民を受け入れて、彼らに安く働いてもらうことを目指していたからである。

安く雇える人材を雇い、仕事が駄目になれば人材ごと放り出すシステムに変わった。

利益率を上げる。それが、弱肉強食の資本主義に生きる多国籍企業の最大の使命だ。利益率を上げるには、雇う人間を少なくし、さらに雇った人間の賃金は下げる。

そんな中で、たかが大卒という学歴があったくらいで乗り切れると思う方がどうかしている。名前が書けて入学金さえ払えば手に入る学歴には何の意味はない。

今後はあからさまに、大学卒業という学歴はエリート校以外では意味を為さなくなっていく。同じ理由で、文系・理系も関係ない。全部まとめて駄目になる。

そんなものは何の関係もない。

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専門家になることによって、生き残ることができる

雇われた企業を頼りにして生きる時代は、もう終わったし、これからもあり得ない。学歴も意味をなくす。そもそも、名前を書いたら合格するような大学が溢れているのに、それでも「学歴に意味がある」と思うのはどうかしている。

大学は陳腐化し、学歴はエリート校以外は意味をなくしたのだ。それが現実である。このような時代では何を頼りに生きなければならないのだろうか。

それは、自分の持っている「専門性」だ。

企業が必要としているのは「即戦力」だが、その即戦力とは、「ある分野の知識と技術があって、問題を解決できる技能を持っている」という意味だ。

つまり、これから決定的に重要になっていくのは、スペシャリストとしての技能である。どの分野で生きているにしろ、その分野の「専門家」でないと、これからは生きられない。

昔風に言うと、手に職を持った人間が生き残る。今風に言えばある分野のプロフェッショナルだけが生き残る。

グローバル化を突き進む中で生き残るためには、専門家に、技術者に、職人に、ならなければならないのだ。

何らかの「専門」を早いうちに身につけないと、まともに生きていけない時代になる。早いうちにそれを決めて、大学を卒業するまでにそれを会得しておくべきなのだ。

社会に出たときには即戦力となり、入った企業がつぶれても技術で渡り歩いて生きることができるようになる。それが今後の時代に相応しい生き方であると言える。

企業は、人を捨てる。企業は国境を越えて、どこにでも行ってしまう。また、企業の競争相手が「全世界」になるので、競争過多で業績は変動し、倒産しやすくなる。

飛ぶ鳥を落とす勢いだった企業が、あっと言う間に衰退企業になる。ひとつの企業の成功が長続きしない。

成長も早いが、衰退も早い。また、成長段階で買収されることもあるから、そうなると買収先の企業に技術だけを取られて人はリストラされる。

自分の寿命よりも、企業の寿命のほうが短くなる。そんな破滅的な時代になるというのに、専門知識や専門技術を持たないで世の中に出て生きていけると思うほうが間違っている。

何の専門を持たない人間は、単なる機械の部品のような労働をさせられて人生が終わる。一刻も早く専門技術を持つことだ。今後の動乱の時代に生きていくには、それしかない。(written by 鈴木傾城)

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自分の寿命よりも、企業の寿命のほうが短くなる。そんな破滅的な時代になるというのに、専門知識や専門技術を持たないで世の中に出て生きていけると思うほうが間違っている。何の専門を持たない人間は、単なる機械の部品のような労働をさせられて人生が終わる。一刻も早く専門技術を持つことだ。今後の動乱の時代に生きていくには、それしかない。

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