大半の大学は価値がなくなってしまうが、学歴で勝負できなければどうすべきか?

大半の大学は価値がなくなってしまうが、学歴で勝負できなければどうすべきか?

少子高齢化の中で、私立の大学は学生集めに苦慮している。私立大学では定員割れが常態化している。試験を受けて名前を書き、入学金さえ払えば99%の人が合格するような大学さえもある。ここまで来ると、もはや「大学卒」という学歴は100円ショップの安物と同じ価値しかない。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019、2020年2連覇で『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

名前を書いて入学金さえ払えば99%の人が合格

少子高齢化の中で、私立の大学は学生集めに苦慮している。私立大学では定員割れが常態化し、2016年の日本私立学校振興・共済事業団の調査によると、44.5%の私立大学が定員割れとなっている。毎年、定員割れは悪化している。

そのため試験を受けて名前を書いて入学金さえ払えば99%の人が合格するような大学さえも現れている。名前だけ書けてもついていけないので中退する。そのため中退率が約6割になっている大学すらもある。

それだけではない。学生の約6割が中国人の大学もある。要するに、金さえ払ってくれれば日本人でなくても何でもいい、というわけである。

留学生を受け入れれば国から助成金も出るというので、むしろ日本人学生よりも留学生を入れて金儲けしている大学もある。

こうした大学があることは企業もよく把握している。そのため、いくらそこの大学を卒業したところで就職に何の役にも立たない。役に立つどころか、反対に切り捨てられるのがオチだ。

ここまで来ると、もはや「大学卒」という学歴は100円ショップの安物と同じだ。それは「どこにでもある価値のないもの」と化す。価値ある大学として残るのは、結局は旧帝大やMARCHに含まれる大学だろう。

そこらのどうでもいい大学を卒業したからと言って将来が約束されるわけではなくなったのだ。これからは高学歴だろうが何だろうが、きちんとした仕事を得るというのは、難しい時代になっていく。

折しも今、日本では多文化共生という美名の下で「留学生・技能実習生・単純労働者・インバウンド」という隠れ移民政策が進められている。誰でもできる仕事で人を雇うなら、低賃金・悪条件でも文句を言わない外国人を雇う。

名前を書いたら合格する大学を卒業した日本人学生は、この低賃金・悪条件で働く外国人と同列になるということである。

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世界各国で、高学歴の失業者で溢れている

隠れ移民政策を推し進めているのは言うまでもなく経団連である。企業は絶えず株主から利益率を向上させるようにプレッシャーを受けている。そのためコスト削減のために常に安い人材を求めている。

「大学卒だから」という理由だけで高賃金・好待遇を求める日本人の人材は、企業にとっては面倒な人材でもある。

人を抱えるということは、コストを抱えるということだ。コストを削るというのは、人を削るということでもあり賃金を下げるということでもある。

高学歴で高賃金の人材は、外国から高学歴・低賃金の人材に置き換えたらコスト削減になる。単純労働など、誰でもできる仕事であれば、なおさら低賃金・悪条件で働く外国人の人材の方が都合が良い。

終身雇用も年功序列も企業にとっては非常に負担が重い。だから多くの企業は入れ替えられる従業員を極限まで非正規雇用者に入れ替えて、いつでも使い捨てできるように切り変えた。

さらに今後は、より人件費を削減するためにITによる合理化を極限まで突き進め、ロボットで補える仕事はロボットにして、人工知能を駆使して少数精鋭の企業経営を可能にして雇用を激減させていく。

特に多国籍企業はこうした「雇用を削減するためのイノベーション」に多額の投資をしており、凄まじい勢いで成果を出すようになっている。

もう中間職ですら要らなくなっている。現場がIT化されて、その情報はダイレクトに上層部に伝わる。急激にそういった企業システムになっている。

必要になって来るのは、企業のマネージングができる本当の優秀なエリートだけで、あとは歯車のように使い捨てできる人員がいればいい。これは欧米で顕著に起きている現象だが、日本でもこれから同じことが起きる。

旧帝大やMARCH卒のエリートでもなければ、今は普通の教育を受けて大学に入っても人生は安定しない。さらに言えば、Fランク大学の「学歴」は、もうすでに価値を喪失してしまっている。

いや、最初から価値はなかったのかもしれない。

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学歴ではなく、安く雇える人間を重視する時代

では、もう大卒という肩書きは無視してもいいのかと言えば、実はそうでもないのがこの世の皮肉でもある。実は、グローバル化が進めば進むほど、逆に大卒という肩書きは重要になっていく。

なぜなら、人材がグローバル化するほど人間の評価は学歴以外に見ることができなくなるからだ。グローバル化した社会から見ると、高卒は明らかにランクが落ちるのである。

しかし、どこの大学でもいいわけではない。すでにこの高度情報化社会の中では大学のランクなど検索で一瞬に出てくる。Fランク大学では「ああ、名前を書いただけで受かる大学か」とバレて、高卒と同じくらい不利になる。

確かに「教育」はその人の人生を救う。しかし、「学歴」はもう旧帝大やMARCH以外はほとんどが十把一絡げになっていく。

そうなると、いくら大学を出たとしても、結局は「労働者」でしかないということになる。企業が今の「労働者」に求めるのは「どれだけ低賃金・悪条件で働いてくれるのか?」ということである。

もっと分かりやすい言い方をすると、労働者は安く雇えるかどうかが採用の決め手となるのである。

企業側としては、ある程度きちんと働けるのであれば、賃金が安ければ安いほどいいと考える。いかに安く雇えるかが重視されるのだ。だから、外国人労働者でも何でも、コストが安ければ採用される時代になったのだ。

欧米が当初、移民を大量に流入させることを目指していたのは、別に人道的な意味があったわけでも何でもない。単に移民や難民を受け入れて、彼らに安く働いてもらうことを目指していたからである。

とにかく利益率を上げる。それが、弱肉強食の資本主義に生きる多国籍企業の最大の使命だ。利益率を上げるには、雇う人間を少なくし、さらに雇った人間の賃金は下げる。

そんな中で、「そこらへんの大学を卒業した」くらいで人生が乗り切れると思う方がどうかしている。名前が書けて入学金さえ払えば手に入る学歴は、今度はさらに価値を喪失していくだろう。

今後はあからさまに、ランクの低い大学卒の学歴は通用しなくなっていく。

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専門家になることによって、生き残ることができる

知能指数のグラフを見れば分かる通り、人類のほとんどは100前後の知能指数に集中しており、高知能な人間は急激に減っていく。高知能は「ギフト」であり、このギフトは大半の人は持っていない。

結果として、学歴社会が極まれば極まるほど大半の人は弾かれることになる。結局、学歴社会だからと言って学歴で何とかなる人は一部なのである。

昭和の時代まで大した学歴がなかった人も年功序列・終身雇用で安定を得ていたが、そんな古き良き時代はもう終わったし、これからもあり得ない。

名前を書いたら合格するような大学が溢れて大学は陳腐化し、学歴はエリート校以外は意味をなくしたのだ。それが現実である。このような時代では何を頼りに生きなければならないのだろうか。

それは、自分の持っている「専門性」だ。

興味深いことに、世の中が高度化・複雑化すればするほど、あらゆる分野で専門家が必要になってくるのだが、この専門を必要とする分野は「一部のエリート」では埋められないほど数がある。

配管を叩いてどこが悪いか、あるいはエンジンの音を聞いて何が悪いのか、たちどころに分かる専門家は必要だが、エリートはそういうことには興味がない。

人目を惹くデザインを次々と生み出す専門家もいれば、美しいメロディを次々と生み出す専門家もいるが、エリートはそういう仕事に就かないだろう。

つまり、これから決定的に重要になっていくのは、スペシャリストとしての技能である。どの分野で生きているにしろ、その分野の「専門家」でないと、これからは生きられない。

昔風に言うと、手に職を持った人間が生き残る。今風に言えばある分野のプロフェッショナルだけが生き残る。

もし高度な知能というギフトをもらっていないのであれば、この過酷な社会を生き残るためには、専門家に、技術者に、職人に、ならなければならないのだ。

何らかの「専門」を早いうちに身につけないと、まともに生きていけない時代になる。早いうちにそれを決めて、大学を卒業するまでにそれを会得しておくべきなのだ。

社会に出たときには即戦力となり、入った企業がつぶれても技術で渡り歩いて生きることができるようになる。それが今後の時代に相応しい生き方であると言える。

何の専門を持たない人間は、単なる機械の部品のような労働をさせられて人生が終わる。一刻も早く専門技術を持つことだ。ギフトをもらえなかった人間が今後の動乱の時代に生きていくには、それしかない。

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