自殺が減って喜ぶな。自殺者が減った裏側にある恐ろしい理由とは?

自殺が減って喜ぶな。自殺者が減った裏側にある恐ろしい理由とは?

非正規雇用の拡大で若年層が貧困化し、外国人労働者の大量流入で賃金も上がらず、高齢層は年金だけで暮らせなくなる時代が定着した。

2019年7月3日に厚生労働省が発表した65歳以上の高齢者世帯は過去最多になったことを見ても生活の厳しさが見て取れる。

その中で、2019年10月からは消費税が10%に引き上げられることが決まっており、貧困はより深刻となる。そんな中で、政府は「年金だけで足りないので2000万円用意しろ」と言い出している。

「年金だけで生活できない」という現実は前から人々は薄々と分かっていたのだが、改めてそれを突きつけられた状況である。

いまや生活保護受給者の半分以上は高齢者なのだが、消費税が上がって年金が絞られると破綻していく高齢者はより増えていく。そして、社会の弱者になりやすい若年層と女性もまた一緒に追い込まれる。

これが他の国であれば、恐らく暴動が起きていたはずだ。世界中どこでも、失業率が高まっていくと暴動が起きる。先進国でも後進国でも変わらない。人々は追い詰められれば「何とかしてくれ」と大暴れする。

ところが、日本では暴動が起きない。日本人は救いのない絶望を受け入れ、暴動を起こすことなく淡々と暮らしている。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

日本人は暴動を起こさない

日本人は怒りを感じていないわけではない。年々悪化していく就労環境に真綿で首を絞められるように困窮していき、不安と怒りを胸に秘めているのだ。

それでも日本人は暴動を起こしたりしない。その代わりに日本人は自殺する。暴動とは外に向かう怒りの発散だが、自殺は内側に向かう怒りの発散である。

日本人は怒りを抱くと、外ではなく内へと向かう傾向があるとはよく言われる。だから、社会的に追い詰められても、デモや暴動で暴れるのではなく、自分を責める方向に向かっていく。

「就職できないのは自分が劣っているからだ」
「就職できないのは自分が望まれていないからだ」
「自分は役に立たず、経験も足らず、優秀ではない」
「リストラされたのは自分が至らないせいだ」
「給料が下げられたのは自分が至らないせいだ」
「自分が食べていけないのは自分に能力がないからだ」

日本人は心の中で自己批判する傾向が非常に強い。自分に起きた不幸を社会のせいにするというよりも、自分のせいにする。そして、それによって自分を追い込んでいく。

社会のせいだと思えば暴動に結びついていくのだが、自分のせいだと思えば自分を責める方向に向かっていく。社会も「個人の能力が至らないのに、社会のせい、他人のせいにするな」という自己責任論がまかり通っている。

しかし、真面目に働いている人が追い詰められるというのは、すべてが個人の資質の問題だけでなく、明らかに社会のあり方や景気悪化や収奪的な資本主義にも問題がある。

すべてが個人の責任ではないのだ。

それにもかかわらず、日本人は個人で社会の矛盾や不景気の結果までを、対処できない自分が悪いと考えて、追い込まれていく。真面目な人ほどそうだ。

【金融・経済・投資】鈴木傾城が発行する「ダークネス・メルマガ編」はこちら(初月無料)

社会が良くなっていないが

ところで、昨今は自殺者が減っている。世の中が良くなったのだろうか。いや、世の中は何も変わっていない。良くなるどころか、むしろ悪くなっている。

生活保護受給世帯も増え続けるばかりであることや、格差が広がり続けていることで、社会が良くなっていないことが分かる。

最近は、格差についてはそれほど語られなくなっているのだが、それは格差がなくなったからではない。逆だ。格差が定着したからである。

非正規雇用も2000年代に入ってから急激に増え始めて止まらず、厚生労働省の調査ではすでに「民間事業者に勤める労働者のうち非正規社員の占める割合」は40%を超える事態となっている。

そしてこの非正規雇用者の年収は、総務省の「就業構造基本調査」によると男性で229.4万円、女性で150.8万円という低収入なのである。

非正規雇用者はどんなに長く働いても、年収がアップするということはほとんどない。そして、企業が少しでも売上が落ちたり業務転換をすると真っ先にクビを切られるという不利な待遇だ。

これで社会が良くなったと強弁できる人はどこにもいない。日本の社会は1990年代から一貫して状況が悪化し続けている。

ところが、2013年から自殺者は減り続けている。下がったと言っても、依然として2万人を超えているので少なくなったとは言えないのだが、それでも減ったのは間違いない。なぜだろうか。

景気が回復したからではない。株式を持つことができる富裕層や株式を大量に買った抜け目のない人間は確かに金融資産を増やした。しかし、株式など持つ余裕もない非正規雇用者の多くが、恩恵を受けた形跡はない。

「富裕層から貧困層へ富がしたたり落ちる」社会現象を意味するトリクルダウンも起きていない。にもかかわらず、自殺は減った。

ダークネスの電子書籍版!『邪悪な世界の落とし穴: 無防備に生きていると社会が仕掛けたワナに落ちる=鈴木傾城』

衰退していく日本の姿しか知らない

日本人は1990年以来、ずっと「良い時代は終わった」という失望感や絶望感を味わいながら生きてきた。不動産価格は落ち続け、株価はバブルの絶頂期に到達せず、仕事は減り続け、給料は下がり、高齢者が増えて子供が減り続けている。

かつての高度成長の記憶やバブルの記憶がある人であればあるほど「良い時代は終わった」という失望感は強い。

「あの頃は良かった」という気持ちは、どんなにもがいてもそれが手に入らない現在となっては重荷となる。人は「落ちぶれた」という状況が一番つらい。

しかし、日本が転落するきっかけになったバブル崩壊からすでに30年にもなろうとしている。30代以前の若年層は、高度成長期の日本、バブルで高揚していた頃の日本の社会を知らない。

彼らは「良い状況」を知らないまま、悪い状況が当たり前として暮らしている。そうなると、彼らには「良い状況から悪い状況に落ちた」という失望感や絶望感がない。

生活環境を落としたくないという焦燥感もなければ、良い車が欲しいという気持ちもなければ、住宅ローンを組む予定も最初からない。

貧困が固定化し、しかも貧困の仲間が多いと、それが当たり前だから逆に何も感じなくなってしまうのだ。自殺者が減っていくというのは、要するに「悪い状況」が日常になった人が増えたということを意味するのだ。

貧困に落ちたくないという焦燥感は自殺を誘発する。しかし、最初から低賃金で貧困であったなら、それが生まれながらの日常なので焦燥感がない。それが自殺する要因にならなくなってしまうのだ。

自殺者が減ったというのは、すなわち日本も「貧困層の固定化」がいよいよ起きていると考えれば、納得できるかもしれない。社会が良くなっていないのに自殺が減ったのは「貧困層の固定化」という悪い兆候が起きているということなのだ。(written by 鈴木傾城)

このサイトは鈴木傾城が運営し、絶えず文章の修正・加筆・見直しをしています。ダークネスを他サイトへ無断転載する行為は固くお断りします。この記事の有料転載、もしくは記事のテーマに対する原稿依頼、その他の相談等はこちらにメールを下さい。

自殺者が減ったというのは、すなわち日本も「貧困層の固定化」がいよいよ起きていると考えれば、納得できるかもしれない。社会が良くなっていないのに自殺が減ったのは「貧困層の固定化」という悪い兆候が起きているということなのだ。

貧困カテゴリの最新記事