児玉誉士夫

日本人が見捨てた2人、児玉誉士夫と野村秋介を見直すことで日本人は目覚める

1954年から始まった高度成長期によって国民は「アメリカの犬でいた方が幸せではないか」「日本人魂なんかいらないではないか」と日本人は思うようになった。それが1960年代以後の若者の意識となった。そして、日本人は魂を失って、国すら保てないような状況になりつつある。(鈴木傾城)

マスコミが「いかがわしい人物」として葬り去った大物を日本人は再評価せよ

覚醒した日本人は、実は再評価しなければならない人物がいるのではないか。それは、戦後の日本において、徹頭徹尾「再軍備」「自主防衛」を求め、個人で裏側から日本の主権を取り戻すために身を砕いていた人物だ。この人物は、今はアメリカやマスコミや反日国家の工作員やそのシンパや共産主義者にめちゃくちゃに批判されたまま1984年に亡くなった。(鈴木傾城)