資本主義そのものは階級を固定化させているわけではないので、今でも「成り上がり」を実現する人たちは存在する。貧困層が上のクラスに成り上がっていく物語はゼロではない。しかし、正攻法の成り上がりは難しくなっていくばかりだろう。その理由のひとつに学歴社会がある。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
株式資本を持つ資産家は大きな恩恵を受ける
現在の資本主義は、「格差を拡大させる」現象をずっと引き起こし続けている。ひとつの要因は、資本の累積という現象がずっと起きているからだ。大きな資産を持つ人は、その資産そのものが巨大化し、配当を生み出す。
株式市場を見てみればいい。米国株も2024年には過去最高値を記録し、日本株も日経平均株価が4万円を超えたとして湧いた。もちろん、株式は変動するので一直線に上がるわけではないのだが、揉みながら上に放たれるのは時間の問題だ。
株式資本を持つ資産家は、これによって大きな恩恵を受ける。
しかし、貧困層は株式なんか保有する余裕などない。保有できない。そのため、株式市場の上昇の恩恵などまったく受けられない。今後も金融緩和が続けられるのであれば、格差はますます開いていく。
今の政治家はこの偏りを是正する能力がないので、格差の拡大は資本主義が進めば進むほど深刻化する。富裕層と貧困層の差は超絶的な差となって社会を覆い尽くすので、今の格差は「あのときは、まだマシだった」といわれるようになるはずだ。
そうなると、富裕層の子供は生まれながらにして恵まれ、貧困層の子供は生まれながらにして苦境に落ちることになる。実際、すでにそうなっている。
この弱肉強食の資本主義では、「貧しい家庭に生まれるか豊かな家庭に生まれるか」「貧困国で生まれるか先進国で生まれるか」で、人生はまったく違ったものになっていくのだ。
富裕層の家庭に生まれれば、経済的な苦労はない。親の資力や人脈をフルに使って、親と同様に豊かで実りある人生を築き上げることができる確率が高い。実際、一流大学の学生は裕福な親を持った学生が多い。
その逆も然りである。貧困層に生まれれば、親と同様に貧困の中であえぎ、這い上がりたくても這い上がれないことが多い。貧困層の家庭に生まれた子供は、ずっと貧困層のままであるのが普通だ。
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誰でも「成り上がり」の物語は大好きだが……
貧困層は貧困から抜けられない。そして、その子供もまた貧困層になる。これを「貧困の悪循環」という。
国の貧困や親の貧困は、子供にも引き継がれやすい。途上国では珍しくもない光景なのだが、この光景が日本にも広がってきているのが気がかりだ。
もちろん、最初は貧困状態であっても、一生懸命努力し、アイデアと、実行力と、不屈の精神で金持ちに成り上がっていく人も、世の中には「たまに」いる。そういった人の人生は多くの貧困層を力づけ、大きなモチベーションの元になる。
誰でも、そういう「成り上がり」の物語は大好きだ。テレビでも、映画でも、そういうストーリーが共感を呼ぶ。そこにある人生観は、最初は何もなくても、そこから自分の才能や努力でポジティブに成功をつかみ取っていくことが「できるはず」という前提で成り立っている。
しかし、その物語が売り物になるのは「それを実現できる人が少ないから」という現実に気づく必要がある。世の中の大多数は、貧困層は貧困層のまま終わる。だから、大半の人はテレビや映画で「夢を見る」ことで満足させるのだ。
どのみち、貧困層は金も稼ぐこともできなければ権力に勝つこともできない。だから、テレビや映画で、超能力を持った主人公がそれで何かを成し遂げるとか、ひたすら強い主人公が悪をなぎ倒すような荒唐無稽なストーリーで溜飲を下げる。
現実には何の力も持っていないから、空想の世界で羽を広げてカタルシスを得る。何も持たない人間であればあるほど、そういうコンテンツにハマる。そこには逃避も含まれているのに気づいていないのは本人だけである。
貧困層がそういうコンテンツに時間を使っても何も生み出さない。しかし、富裕層は貧困層と一緒にそういうコンテンツで時間をつぶしても、資産が働いて配当を生み出してくれるので、ここでも格差を広げていく。
日本もとっくにそんな国になってしまっている。格差はとんでもなく広がり、その差を縮めるのは容易なことではない。
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良い仕事に就くためには、良い大学にいく必要がある
ここで注意しなければならないのは、資本主義そのものは別に階級を固定化させているわけではないので、今でも「成り上がり」を現実の社会で実現する人たちは存在することだ。貧困層が上の階級に成り上がっていく物語はゼロではない。
しかし、成り上がりはどんどん難しいものになっているのが現実だ。
その理由のひとつとして経済学者の誰もが指摘するのは、どこの国でも明確な学歴社会と化していて、学歴のない人間は「良い仕事」を見つけるのは絶望的に難しくなっていることが挙げられる。
良い仕事に就くためには、良い大学にいく必要がある。とにかく大学を卒業するのが必須だ。しかし、その大学にいくためには莫大な費用がかかる。国立、私立、公立でそれぞれ学費は違ってくるが、私立の理工系、芸術系、保健系は、学費がかなり高くなっていく。
理工系では約500万から1000万円、医歯系ともなると2300万円以上となる。これだけの金を出せる家庭は中流階級でもなかなかいない。奨学金制度もあるが、それでも限度がある。
文化系は4年間の学費が400万円程度ですむかもしれないが、400万円にプラスして生活費などもかかってくるわけで、貧困層の親には捻出することも難しい金額なる。
ちなみに、無理して奨学金という名の「学生ローン」を組んで大学を卒業しても、たまたま不景気でまともな仕事が見つからなかったりすると、借金を抱えたまま首が絞まって「成り上がる」どころか、貧困層に堕ちていく確率が高まる。
日本社会の裏側では奨学金破産だとか、奨学金自殺も出てきているし、奨学金を抱えた女子生徒が風俗や水商売で働くようなことにもなっている。グローバル化した社会では、どこの国でも同じ傾向が進んでいる。
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貧困の悪循環は私たちの社会に定着している
グローバル化も進んでいるのだが、実はこのグローバル化が学歴社会を強化していることに気づいている人は少ない。
現在は、国境を越えてビジネスを行い、外国企業に就職し、異国で生活する人たちが珍しくなくなった。そのため、多くの企業は外国人の人材を取ることになる。そのとき、その人材のレベルは何で測ればいいのか。
企業は、その人材の良し悪しを学歴で見る。その人材がその国の有名大学、ブランド大学の卒業であれば優秀であると、だいたい学歴を見れば判断できる。だから、世界的に学歴社会がこれから進んでいき、それが標準になっていく。
この傾向が進めば、経済的な理由や、家庭環境によって学歴が持てなかった人間は、どんどん「成り上がり」から排除されていくことになる。
「貧しい者は、貧しいまま終わる」という身分の固定化が進み、それが格差となり、長い格差の時代は階級(クラス)の固定化につながって「身分制度(クラス・システム)」同様になっていく。
・資金力の欠如で大学に行けない。
・好待遇・高賃金の仕事に就けない。
・低賃金の仕事を余儀なくされる。
・結果として貧困に落ちる。
・貧困に落ちたらそれが固定化される。
現在は高度情報化社会であり、社会はより複雑化していく。そのため、学ぶ内容は増えるばかりであり、大学での学びはより重要視されるようになっていく。
「貧困の悪循環」は、もう私たちの社会に定着している。それでも、今はまだ人々は「一生懸命に働けば上に行けるのではないか」と、けなげに考えている。
しかし、貧困層はどこかの地点で「何をやっても這い上がれない社会なのだ」という現実を知るはずだ。学歴が格差を広げ、グローバル化が格差を深刻化させていくことに気づくはずだ。しかし、気づいたときはもう這い上がれなくなっている。
這い上がることができないと気づいた者は、間違いなくがんじがらめの社会に復讐しようと考えはじめるようになる。そのとき、社会は今よりも格段に殺伐とし、秩序も乱れ、治安も悪化するはずだ。私たちの未来はそこに向かっている。