ますます厳しくなる世の中では、真っ先に追い詰められていくのは実は「金がない人」というよりも「借金がある人」である。どちらも「金がない」という点では同じだ。しかし、借金がある人は金を作る期限が決められており、自分の都合で生きることができなくなる。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
カネの汚なさが知れ渡っているので不信感が際立った
2024年1月1日に起きた能登半島地震で、政府は低所得者世帯などに生活費を貸し付ける「緊急小口資金」の対象に今回の地震の被災世帯を加えることを決定した。
これについて世間では、「家も家族も仕事も失って途方に暮れている被災者に借金をさせるのだから血も涙もない」と不評に溢れている。そもそも「20万円で何ができるのか」という声も多い。
もちろん、この20万円以外にも政府は災害給付金(被災者生活再建支援制度)も用意している。被災者にはそれなりのバックアップがあるので、必ずしも政府のやっていることが悪いわけではない。
しかし、今の政府に対しては「景気が悪いのに消費税を下げない」「国民が苦しんでいるのに増税や社会保険料の引き上げで国民負担率を上げる」「国民には1円単位で税金を取り立てるのに自分たちは裏金で好き放題やっている」と、カネの汚なさが知れ渡っているので今回も不信感が際立つことになった。
2023年は倒産件数も大幅に増えていたのだが、この要因としてコロナ禍が長引き、物価上昇が引き起こされている中でゼロゼロ融資の返済が始まっていることもある。
政府はステイホームや自粛の強要で経済を止めた。それで窮地に落ちた個人事業主や中小零細の経営者に対して「あとで返せ」とゼロゼロ融資をはじめた。その借金の返済がいよいよ2023年から問題になって倒産件数を増やしているのである。
借金は利息がなかったとしても、現状が回復しないのであればやがて大きな負担となって「あとで」じわじわと首が絞まってくる。政府は30年も日本を経済成長させることができないので、これからも実体経済は苦しいままだが、その中で借金だけ押しつけたらどうなるのかは結論が見えている。
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不用意な踏み倒しは以後の人生に大きな制約を作る
ゼロゼロ融資の返済が山場を迎えるのは2024年からだ。今年の倒産は1万件を超える可能性が指摘されている。
ますます厳しくなる世の中では、真っ先に追い詰められていくのは実は「金がない人」というよりも「借金がある人」である。
どちらも「金がない」という点では同じだ。しかし、この2つは似ているようで違う。借金があるというのは、期日に追われているということである。その期日は自分の都合で待ってくれない。そうなると、とにかく、自分を犠牲にしても、とにかく返済する金を集めなければならない。
それが借金の正体だ。
返済を何とかしなければ、自分の生活そのものが崩壊してしまう。今の生活がすべて吹き飛んだ挙げ句、さらに社会的な制裁も受けなければならない。ゼロゼロ融資も借金であるからには返さなくてはならない。融資の条件は緩かったとは言えども、払わずに逃げ回るのは難しい。
最近は簡単に「自己破産すればいい」「返せない借金は返さなくてもいい」と言われるのだが、不用意な踏み倒しは以後の人生に大きな制約を作る。資本主義の中で信用を失ってしまうからである。
借金と言っても、その内容はさまざまだ。住宅ローンや事業への投資など、将来に見返りがある計画的な借金は「良い借金」である。それは、借金というよりも、むしろ「投資」という言い方もできる。
しかし将来の見返りがなく、「今の楽しみ」のために行き当たりばったりにする借金は「浪費」のための借金である。それは誰が見ても悪い借金だ。日本人は堅実だと言われている。それでも貸金《かしきん》業が成り立っているのを見ても分かる通り、借金を抱えている人はどこにでもいる。
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借金をしたら将来もっと苦しむことになるのは分かっている
借金をするというのは、「それを支払う金がない」ということなのだが、金のない人や、何らかの事情で窮地に落ちている人が金を借りると、ただでさえ苦しい生活がより苦しくなっていく。
これを打開するには「収入を増やして支出を減らす」という二点を実現しなければならない。収入を増やすというのがなかなか難しいことであるとするならば、かなりの気合いを入れて支出を減らす必要がある。
しかし、「支出を減らす」と言っても、収入が少ない場合は無駄な支出など最初からほとんどないわけで、それこそ100円だとか10円だとか、乾いた雑巾をさらに絞るような節約に追いやられていく。
低所得層は生活苦に陥りやすく借金をせざるを得ないような状況に陥りやすいのだが、借金をするともっとも返すのが厳しく、今まで以上の節約も難しく、もっとも不利になるのが低所得層である。
低所得層もそれはわかっている。しかし、それでも今を生きぬくために借りるしか選択肢がない。空腹を我慢するくらいなら我慢するだろうが、家賃・水道光熱費・通信費などの固定支出は避けられない。カネがなくても払う必要があるのだ。
「借金10万円で月々の返済は1万円程度」という消費者金融などの返済条件を見ると、「月1万円なら苦しいながらも何とかなるかもしれない」と思う。
もしかしたら問題が出るかもしれないが、他に選択肢がない以上は目を閉じて飛び込んでいくしかない。金のある人から見ると10万円の借金など端した金額かもしれない。しかし、低所得層はその10万円の借金が往々にして致命傷になる。
借金を抱えた低所得者の場合、何らかの問題が起きたときには経済的なクッションがないので、一気に生きるか死ぬかの瀬戸際にまで追い込まれるのだ。たとえば、「風邪で一日病欠になった」「連休で働く日数が減った」という些細なことですらも致命傷になるのが低所得者なのである。
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借金は「少額だから大丈夫」どころか、その少額が致命傷に
人生は常に順調とは限らない。逆風はいつでも吹くし、唐突にトラブルが湧き上がる。そのため、返せると思った借金が返せなくなることも起きる。2020年からのコロナ禍では、非正規雇用やシングルマザーにまさにそれが起きた。
窮地に落ちると、彼らはどうするのか。どうしようもないので、借金を返し終わる前にまた新しい借金をする。まだ返している途中なのに、もう次の借金をしてしまう。借金のための借金をするようになる。
抱えている借金が少額であっても多重債務になると、年中、借金に追い込まれるような状況になる。低所得層にとっては、借金は「少額だから大丈夫」どころか、その少額が積もり積もって致命傷になっていくのだ。
本来であれば、そのために生活保護がある。
しかし、この弱者を救うはずの生活保護も「あなたの年齢であれば働けるはずでしょう」と排除されたり、疎遠の親兄弟や親戚に電話すると言われたり、シングルマザーであれば大切な子供を児童保護施設に収容するとか言われて、簡単に受けられるものでもない。
だから、借金に頼るのだが、低所得層にとって借金というのは、苦境を脱するツールとして機能していない。今の苦境を先延ばしにして、より大きな苦境を作り出す危険な時限爆弾として機能している。
最初は一時的であったはずの借金も、やがて食費、家賃、衣料費、光熱費の支払いにまでそれで賄うようになると、もう抜けられなくなってしまう。借金があれば、まずはそれを返さないといけないので生活を立て直すという大事な作業が二の次になる。
2024年も開始早々に大きな地震が日本を襲いかかって、日本は年初から窮地に落ちている。実体経済が困難に落ちるときは一番弱い部分から壊れていくのだが、借金を抱えて生活が窮地に落ちている人はまぎれもなく「社会で一番弱い部分」である。