日本人の「心」が壊れていく。日本社会の何が日本人を追い詰めているのか?

日本人の「心」が壊れていく。日本社会の何が日本人を追い詰めているのか?

複雑化する社会、安定なき雇用、激しい競争が生み出す脱落の恐怖は、すべて現代人に密接に関わり合っていて、そのすべてが人々に激しいストレスを与え、じわじわと心を削いでいく。心が壊れていく人がこれからも増えていったとしても、まったく不思議ではない。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

日本人は精神的不調は「甘え」と考える人が今も多い

厚生労働省の出している『令和2年(2020)患者調査(確定数)の概況』を見ると、いくつか興味深いことが見て取れる。

「気分障害(躁うつ病を含む)」と「神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害」が、ともに増えているのだ。

気分障害とは『精神障害のうち、長期間にわたり悲しみで過度に気持ちがふさぎ込む(うつ病)、喜びで過度に気持ちが高揚する(躁病)、またはその両方を示す感情的な障害を示す障害』を指す。

神経症性障害とは『慢性的な不安を特徴とするもので、不安や心配の材料が次々と移り、何もかもが気がかりになってしまう病気』を指す。

要するに過度にふさぎ込んだり、慢性的な不安を抱えて「心が折れた」状態になってしまう人が増えているのだ。

医師にかかって「気分障害」「神経症性障害」などの診断名を受けた患者について言えば、双方合わせると1996年は約11万人であった患者は2005年には16万人を超え、2020年には約19万人に手が届きそうなところにまで到達している。

その後、コロナ禍や物価高や増税などの社会不安などの社会的困難が重なって「生きにくさ」は増加しているので、患者は20万人をとっくに超えているのではないか。

考えなければならないのは、その20万人という総数は「きちんと病院に行って診断を受けた人たちの総数」であって、それ以外は患者がいないわけではない。日本人は精神的不調は「甘え」と考える人が今も多いので、実際にはその10倍以上の患者がいる可能性がある。

200万人はゆうに超える可能性があるのだ。

『令和2年(2020)患者調査(確定数)の概況』から、「気分障害(躁うつ病を含む)」と「神経症性障害、ストレス関連障害及び身体表現性障害」の患者数の総数。

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誰もが現代社会を見通せなくなった

現代社会が人々の精神を破壊していく。そして、うつ病や自殺に追い込まれる人たちを大量に生み出す。なぜなのか。これには4つの要因がある。

まず、最初に指摘されるのが「社会の複雑化」である。物事が複雑化すると、人々はその複雑さに対して対応を迫られることになる。ありとあらゆる分野が細分化され、それを理解するためには深い専門知識が必要となる。

しかし、人間の能力はそのすべてに対応できるはずもなく、現代社会には私たちの理解できない「ブラックボックス」が大量に生まれていく。

その結果、私たちは誰もが現代社会を見通す能力がなくなっている。知らなければならないことが大量にあって、しかもそのどれもが人間の能力の限界を超えている。

今でもそんな状態なのに、テクノロジーはさらに進歩していき、そのたびに多くの人が出遅れる。

昨今は政府が「リスキリング」を推進してハイテク・情報分野に労働者を再配置しようとしているのだが、こうした動きの中では大勢が不安と緊張に晒される。人々のストレスになる。

社会の動きについていくのに精一杯なのに、追いついたと思った頃にはまた社会の方が新しい変化を見せる。変化についていけないと、自分の存在そのものが時代遅れになってしまい、適応できないと転職するにしても有利な転職ができない。

リスキリングに失敗すると、就職先も見つからなくなってどん底に落ちてしまうが、それは自己責任だとして放置されるのだ。企業自体もテクノロジーの変化に乗り遅れると、あっという間に淘汰されて消えていく。

現代社会は、人々に複雑化した社会の対応を迫るのだが、これが人々の心に絶え間ない緊張感を与えることになり、激しいストレスを感じさせるようになる。

それでも社会はどんどん複雑化していく。一部の人は「もう変わってしまう時代に自分がうまく適応できるかどうか分からない」と絶望している。社会が複雑化すればするほど、脱落者は激増する。

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グローバル化がもたらした激しい競争

「安定なき雇用」も、人々を激しいストレスに追いやる大きな原因となる。現代社会はグローバル化を加速させ続けており、企業は全世界から激しい競争を強いられるようになった。

原材料や流通の価格が上がることによって日本もコストプッシュ型のインフレが発生しているが、それでもインターネットでは常に「他よりも安い」企業が出現し、すべての企業はますますコスト削減を強いられるようになっている。

そのコスト削減の一環として、非正規雇用はさらに増えていくのだが、これは「人間の使い捨て、労働者の使い捨て」に他ならない。企業は労働者を必要な時に集めて、壊れたら使い捨てにする。まるで部品のように労働者を扱う。

現在の社会環境は、「安定なき雇用」を生み出しているのだ。これは、働く側から見れば、いつクビを切られるのか分からないことを意味している。今日は働けても、明日にはクビになっているかもしれない。

雇用を死守する企業は、環境が変わったときにクビを切れない社員が重荷になって会社ごと消えてしまう可能性もある。そうなれば、クビではなくても路頭に迷う点では同じである。

安定なき雇用も、働く人間に強く深刻なストレスを与える。生活が安定せず、将来に対する不安はずっと消えることがない。生活が安定しないのだから、これほどのストレスはない。

そんな中で政府は「リスキリング」を煽る。人々はクビにされないために、他人よりも多くの資格・勉強・仕事をして、なんとか生き残ろうとする。

多くの人がいっせいにそれをするので、結果的に安定なき雇用は人と人の間に「激しい競争」を生み出す。同僚は仲間ではなく、競争相手になる。すなわち、蹴落とす相手になる。相手を蹴落とさなければ、自分が蹴落とされるかもしれない。

人々は常にプレッシャーをかけられ続けて心の安定が保てない。

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私たちは永遠に逃れられないストレスを感じている

複雑化する社会が人々を追い詰める。安定なき雇用が人々を恐怖させる。激しい競争が心の安定を失わせる。昔のように企業が定年まで面倒を見てくれることはないし、政府も増税やらリスキリングみたいな国民を追い込むようなことばかりしている。

しかし、自分の給料やクビがかかっているので、人々はもう立ち止まることは許されない。降りることも許されない。「生き残るために戦え」と言われて、無理やり闘牛場に追い立てられている牛みたいなものだ。

永遠に逃れられない競争の中に放り込まれ、足を引っ張り合い、死ぬまで競争させられる。回し車の中でクルクル回っているネズミと同じで、働いても、働いても、一向に終わりのない競争に駆り立てられる。これは死のラットレースである。

世の中には、このような競争が死ぬほど好きな人もいる。しかし、多くの人はこのラットレースで疲れ果て、ふさぎ込んでいく。

そして時間が経つと、ポツリポツリと追い詰められてしまった人から精神的に壊れて脱落していくのだが、脱落するとどうなるのか。今度は社会のどん底《ボトム》に落とされて、そこから這い上がれなくなるのである。

「脱落の恐怖」もまた人々に大きなストレスを与える要因となる。競争から脱落したり、蹴落とされたり、病気になったりすると、競争社会から叩き出される。そして、たちまち生活に困窮することになる。

普通に生きている人にとっては「食べていけなくなる」は最大のストレスだ。しかし、競争がある以上、脱落してしまう人もいるのだ。不運は誰の身にも降りかかる。自分が絶対に脱落しないとは誰にも言えない。

複雑化する社会、安定なき雇用、激しい競争が生み出す「脱落の恐怖」は、すべて現代人に密接に関わり合っている。そのすべてが人々に激しいストレスを与え、じわじわと心を削いでいく。

心が壊れていく人がこれからも増えていったとしても、まったく不思議ではない。そして、誰が追い込まれても不思議ではない。人々が安心して暮らせる社会が遠のいているのという認識を私たちは持つ必要がある。認識がなければ、改善もない。

ボトム・オブ・ジャパン
『ボトム・オブ・ジャパン 日本のどん底(鈴木 傾城)』

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