驚異的な潜在能力を持った人も、ゾーンに入ることもできずに幕切れになる理由

驚異的な潜在能力を持った人も、ゾーンに入ることもできずに幕切れになる理由

天才は、まず最初に自分が没頭できる分野を正しく選んでいた。好きなこと、関心のあること、面白いと思っていることに関しては、誰でも容易に「ゾーンに入る」ことができる。しかし、誰でも好きなことをやっていたらゾーンに入れるわけではないというのも事実である。むしろ、集中力が常に削がれ、ゾーンに入れない人の方が多い。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

「異様なまでに集中した状態=没頭した状態」

音楽、学問、芸術、スポーツから、プログラム、モノ作り、技術者、職人まで、それぞれの分野には、凄まじいまでの卓越した能力を発揮する天才が存在する。

こうした天才というのは人によってそれぞれ性格が違うのだが、共通していることがあるとすると「反復すること」を極度にこだわる性質を持っているということだ。

同じことを何度も繰り返す。

身に付くまで、あるいは自分がこれだと腑に落ちるまで、執拗に「反復」する。反復することに対して妥協がない。それも、ただ反復するのではない。異常な執念を持って反復する。

反復が続くとそれは継続になる。継続が続くと熟練する。この熟練が天才を生み出しているのだ。

これは歴史に名を残したすべての天才たちにも言えることである。その並外れた反復は「病的なまでに執拗だ」とも「狂気」とも評される。

その反復は「舞台裏」なので見えないので、天才は突如として特異な能力を身につけたように見える。しかし、そうではない。開花した才能や能力の陰には、常人には成し遂げられないような極度の反復がその裏にある。

そして、その反復は漫然と行われているのではなく、異常なまでの集中して行われる。そもそも、同じことを何度も繰り返すという行為自体が、今やっていることに集中していることを示している。

集中を通り越すと没頭になる。没頭は他のことが一切頭に入っていない驚異の集中力に入った状態を指す。この「異様なまでに集中した状態=没頭した状態」を英語では”In the zone”(ゾーンに入る)という表現を使うこともある。

天才と呼ばれている人たちは、遺伝的に「ゾーンに入りやすい」、すなわち驚異の集中力で没頭しやすいという性質がある。

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「成功するのに何が必要ですか」の答えは何か?

パブロ・ピカソはスペイン生まれのユダヤ人なのだが、代表作「ゲルニカ」は高さ3.5メートル、幅7.8メートルの巨大な絵画(油彩)である。ピカソはこれを一ヶ月で制作した。

これを制作する過程において、凄まじいまでの集中力がそこにあったと言われている。ピカソは同時に多作の作家なのだが、この多作もまたピカソの芸術に対する異様なまでの集中力が成し遂げている。

芸術作品を生み出し続けるという行為は、極度の集中力によって成し遂げられている。明らかにピカソは「ゾーンに入る」性格を持ち合わせていたのである。

エジソンもいったん集中したら何ヶ月も研究室から出てこなかったようなエピソードが山のようにある。ニュートンも集中すると他のことがまったくできなくなって日常生活すらも支障をきたしたと言われている。

ゾーンに入っていたのだ。ただ集中していたのではない。日常生活が不可能になるほどゾーンに入っていた。そして、そのゾーンの中で生み出されたものが人類の歴史を変えるほどの成果となって結実した。

現代社会を変えたのはITテクノロジーだが、現在のITを支えているPCは依然としてマイクロソフトが支配している世界でもある。

このマイクロソフトの設立者がビル・ゲイツだった。このビル・ゲイツに、ある学生が「成功するのに何が必要ですか?」と尋ねたことがあった。ビル・ゲイツは即座に「集中力(フォーカス)」と答えた。

そのビル・ゲイツもプログラマー時代の集中力は並大抵のものではなく、オフィスに何日も寝泊まりしてモニターにかじりつくような格好でプログラミングをしていた。

その集中力がマイクロソフトという企業となって結実し、全世界にウィンドウズを普及させ、世界中のビジネスのあり方を一変させた。

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「ゾーンに入った状態」を再現することができるのか?

「天才」がどのようなプロセスで生まれるのかは、すでに解明されている。天才とは生まれつきの凄まじい集中力で対象にのめり込み、ゾーンに入り込み、その中で常軌を逸したパフォーマンスを見せられる人なのである。

まず最初に集中力があって、その集中力によってゾーンに入り、それが継続された結果、天才と呼ばれる人間が生まれてくる。

逆に言えば、自分自身の能力を高めたいと思ったら「ゾーンに入る」ほどの集中力が必要であるということでもある。客観的に見ても、集中力を高められる人は、高められない人に比べると成し遂げられることは多い。

恐らく、どんな人であっても人生の間に何度かは「ゾーンに入った」ことを経験しているはずだ。その「ゾーンに入った状態」を常に再現できれば、かなり有利な結果を手に入れることができる。

しかし、都合よく「ゾーンに入った状態」を再現することができるのだろうか。

私は、人間には誰でも「ゾーンに入れる分野」があると思っている。人は世の中のすべてに対して集中できるわけではない。まったく関心の向かない仕事や作業や物事に集中できる人はひとりもいない。

人からやれと言われて仕方なくやっていることや、義務でやっているようなものに集中できる人はいない。当たり前だが、「ゾーンに入る」ためには自分が猛烈に没頭できるための「分野」がまず必要なのだ。

天才は、まず最初に自分が没頭できる分野を正しく選んでいた。好きなこと、関心のあること、面白いと思っていることに関しては、誰でも容易に「ゾーンに入る」ことができる。

しかし、誰でも好きなことをやっていたらゾーンに入れるわけではないというのも事実である。むしろ、集中力が常に削がれ、ゾーンに入れない人の方が多い。

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あなたも驚異的な潜在能力を持った人かもしれない

恐らく多くの人は「ゾーンに入ること」によって驚異的な能力を手に入れることができると知っても、それを取り入れることができない。答えが分かっても、それが実行できない環境にあると言っても過言ではない。

子供がある種の分野が好きになって没頭して神童のようになっていくこともある。しかし、大人になれば普通の人になってしまう子供が大半だ。

なぜか。世の中は「集中できない環境」によって成り立っており、人々を集中させるどころかむしろ逆に気持ちを分散させやすいようになっているからだ。親や学校や会社や社会は、私たちに「興味のないことを取り組む」ことを強制する。

やりたいことをさせるのではなく、やりたくないことをさせるのである。

社会を生きていくためにはあらゆることを覚えなければならない。そのため好きなことばかりできないのは当然のことだ。しかし、それによって集中できる分野からどんどん切り離されて、集中できないものに時間を費やさなければならなくなる。

それだけではない。今の世の中は娯楽が大量にあって多様で多彩である。社会は、凄まじく気が散りやすいようにできている。

いくら潜在能力を持った人であっても、興味のない仕事をしてテレビを見て映画を観てインターネットを見てゲームをして友達と談笑して飲み会に行って……と時間を潰していたら、何かを成し遂げたくても集中などできるわけがない。

だから驚異的な潜在能力を持った人が、そのまま日常生活に埋没して、一生の間に一度も自分の能力を開花できないまま死んでいくことになる。

多くの人が才能ある分野でゾーンに入れれば何かを成し遂げることがでいるかもしれないことを知りながらも、まったくゾーンに入れないのは、そうした社会構造があるからだ。

あなたも驚異的な潜在能力を持った人かもしれない。しかし、あまりにもどうでもいいことに時間を費やしていると、ゾーンに入る経験もなく、そのまま人生が終わりになってしまうだけだ。

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