2023年8月15日、ベトナムの電気自動車メーカーがアメリカの株式市場に現れている。ビンファスト。現在はビンファストを取り巻く状況はそれほど良いとは思えないのだが、折しも世界の投資家の目は新興国に向きはじめている。2022年より時代が変わったとも言えそうだ。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
ビンファストというEV(電気自動車)メーカー
2023年8月15日、ビンファストというEV(電気自動車)メーカーがSPAC(特別買収目的会社)を通じてNASDAQ市場に上場している。ティッカーシンボルは「VFS」。このビンファストはベトナムの自動車・バイクメーカーであった。
ベトナムにはビングループという財閥企業があるのだが、この企業の自動車部門を担っている旗艦企業であり、ベトナムでも有数の超急成長企業のひとつでもある。ベトナムの企業がテスラに挑戦状を叩き付けてきたわけで、世界中の多くの投資家がこれを受けてビンファストに注目した。
この企業は創業が2017年で、電気自動車を本格的に生産をはじめたのが2019年。ビンファストはベトナム国内でガソリン車も作っていたのだが、2022年にガソリン車の生産をストップしてEVに全振りしている。
そこから2023年には、「裏口入学」とも揶揄されて評判が悪いSPAC(特別買収目的会社)を通じてではあるが、一気にNASDAQ市場に登場したわけで、その「超急成長」ぶりは想像を絶するものがある。
ただ、内情を詳しく見ていくと、ビンファストもそれほど順風満帆にEV事業を伸ばしていけるのかどうかは未知な部分がある。
この企業の母体は財閥系ビングループなのだが、ビングループの大きな収入源は不動産である。
ベトナムでは2022年4月に大手デベロッパー「タンホアンミン・グループ」が社債を違法に発行したことに端を発して、このデベロッパーと深く関わっていた銀行が取り付け騒ぎを引き起こすという事件で揺れていた。ここから不動産市況が総崩れとなり、ビングループもまた打撃を被っている。
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非常に無謀で危うい「急ぎすぎ」の事業展開
実は活況を呈していたベトナムの不動産市場で錬金術のようにカネを生み出すために、不正な社債を発行していたのはタンホアンミン・グループだけではなく、多くの不動産デベロッパーが同じような不正をしていたことが発覚した。
そのため、社債市場は信用を喪失して一気に収縮してしまった。これによって不動産デベロッパーの資金調達も途絶えてしまい、ベトナムのGDP成長率を押し下げるほどのインパクトを与えていたのだった。
2023年現在、中国の不動産市場はバブル崩壊の瀬戸際に立たされているのだが、実はベトナムでは2022年に国内事情で先に不動産バブルの崩壊を見ていたのだった。
ビングループもこれによって一気に事業が低迷してしまい、しかも2022年にはビンファスト事態も10億ドルもの赤字を出してしまっている。これによって、ビンファストの国内自動車販売もまた急減したような状況となってしまった。
品質はどうなのかというと、センサーの不具合で3回もリコールせざるを得ないような苦境に落とされており、先が思いやられる展開となっている。ところが、そんな最中でビンファストはアメリカに上場を果たしたのである。
見方によっては非常に無謀で危うい「急ぎすぎ」の事業展開であるとも言える。
しかし、今のところ市場はビンファストに対して非常に強気である。その裏側には「ビンファストにはベトナム政府がバックについている」点がある。ビンファストはベトナムの一企業ではない。ベトナム政府はビンファストを支援することによって、経済成長を狙っている。
すなわち、ビンファストはベトナムの国策企業のような位置付けとして見られているのである。日本政府がトヨタ自動車を支援し、チャイナ共産主義政府がBYDを支援するのと同じ構図がビンファストにある。
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「脱チャイナ」の大きな恩恵を受けるベトナム
わかりやすく言うと、「ビンファストはベトナムのトヨタ」なのである。ベトナム政府が期待を賭け、ベトナムを代表するグローバル企業として羽ばたかせるためにビンファストはアメリカの株式市場に上場されたと多くの投資家は見ている。
だから、現在はビンファストを取り巻く状況はそれほど良いとは思えないのだが、将来的には期待できるという見方が強い。
折しも、チャイナが西側諸国と激しい対立を見せるようになって、これまでこの共産主義国家に深く関わってきた欧米のクローバル企業も徐々に足抜けするようになってきている。
投資家で言えば、ウォーレン・バフェットもBYDを段階的に売り飛ばしてチャイナへの投資を引き上げて、日本の商社5社に軸足を移すような動きを見せている。
製造拠点をチャイナに置いて切っても切れない関係だと思われていたアップル社も、アメリカ政府の半導体規制などを受けて、インドに製造を移そうと動いている。
台湾もこれまで大陸に作っていた半導体工場を、日本の熊本県に建設するようになっているのだが、チャイナからの足抜けは世界各国で既定路線のようになっている。脱チャイナの動きはこれからも続いていくだろう。
その「脱チャイナ」の大きな恩恵を受けているのがベトナムである。現在は不動産バブルの崩壊で成長が鈍化してしまっているベトナムだが、不動産市場の混乱が収まれば、そこからより成長していくことになると投資家は見ている。
アメリカの政策金利は現在5.25%~5.5%と22年ぶりの高水準にあるのだが、インフレは高止まりする可能性があり、そうであればアメリカの株式市場は長期間に渡る停滞が予測される。しかし、ベトナムは違う。
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新たな時代が始まっているように見える
ベトナムのCPI(消費者物価指数)は2023年に入ってから急激に下がっており、2023年6月で2%、7月で2.06%という低水準に落ち着いている。これを受けて政策金利も2023年から一貫して引き下げられるようになってきており、現在は4.50%の段階にまで落ちてきた。
これは何を意味しているのか。アメリカの株式市場よりも先に、ベトナムの株式市場が大きな成長を見せる可能性が高いことを示唆しているのだ。
もちろん、ベトナム株式市場(VN指数)は先に説明した不動産のバブル崩壊で堅調ではない。2022年4月にタンホアンミン・グループの不正が発覚してからというもの株式市場は7ヶ月に渡って下落し続けてきた。
しかし、2023年に入ってからは底を打ったかのように堅調に推移している。VN指数は2022年の3月時点で1500ポイント近いところにまで到達していた。
もし、ベトナムの経済成長が今後も4%や5%の範囲で進むのであれば、1500ポイントを奪還してより騰がっていくのは時間の問題でもある。
ただ、グローバル経済では何が起こるのかわからない。ロシアがウクライナを侵攻したような激動は今後も起こるだろう。そして、ベトナム国内でも、今後も新たな汚職などが発覚してそのたびに株式市場は動揺する可能性もある。
だから、株式市場の動きは一直線になるのかどうかはわからないのだが、「ベトナムは期待できる」というのが投資家の見立てでもある。
世界中の投資家の目はしばらく停滞しそうなアメリカを離れて、ベトナムのような新興国に目をやるようになってきている。そうした社会情勢の変化の最先端にあるのが、まさにビンファストであったということになる。
こうした新たな動きは興味深い。アメリカの停滞、中国の孤立化、そしてインドやベトナムのような新興国の台頭……。
2022年になってから、明確に新たな時代が始まっている。
この動きは見逃せない。