自分に不利益が降りかかる人間関係は自ら壊しても問題ない

自分に不利益が降りかかる人間関係は自ら壊しても問題ない
中国・韓国・北朝鮮は、反日教育をこじらせて日本人を憎悪している。

私たち日本人は、これによって「誰とも仲良くする」とか「人類みな兄弟」みたいなものがお花畑(ユートピア)の世界の話であることをやっと悟った。

現実社会は、利己主義と利害と嫉妬と憎しみと恨みと怒りと対立と衝突にまみれている。人間関係がいつでも誰とでもうまくいくなど絵空事のファンタジーである。

人間関係は常に対立をはらんでいる。誰とでも友好的な関係が築けるとは限らないし、生き方も目的も利害もまったく違う相手とは、対立や衝突が起きて当然なのだ。

そして、世の中には一定数で「どうしようもない性格の人間」もいて、こういった人間と関わることで大きな被害を被ることになる。

なぜ、どうしようもない性格の人間と良好な人間関係を築かなければならないのか。関われば関わるほど、自分に被害が及ぶのであれば、関わるという選択肢は合理的ではない。

相手がどうしようもないと分かったら、我慢して付き合うという選択をしてはいけない。むしろ、そこから離れるという選択をしなければならない。

別の言い方をしよう。自分に大きな不利益が降りかかるのであれば、そんな人間関係は壊さなければならない。人間関係は「壊れてもいい」のである。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

その邪悪な人間性が次第に牙を剥き始めるとき

「騙す人間よりも騙される人間が悪い」とうそぶく薄気味悪い人間がいる。日本人の大半はそう考えないので、日本人はいつも外国に一歩出ると騙される。

日本人が騙される根底には、やはり性善説がしっかりと根付いているからでもある。それは美点でもあるのだが、そこを狙われている。

すべての日本人が早急に認識しなければならないのは、世界中どこでも「騙す人間よりも騙される人間が悪い」と考えている人間が山のようにいることを知ることだ。

「悪い人間」や「どうしようもない人間」がいるということを改めて再認識することだ。

人間は生きていると、必ず自分が付き合っている人間関係の中にそのような「どうしようもない人間」が紛れ込む。そのとき、こういった人間を自分の人生からしっかりと「排除する」という勇気を持たなければ生きていけない。

関わり続けるから、トラブルに巻き込まれるのである。

勘違いしてはいけないのは、最初から目の前の人間が「どうしようもない人間だ」と分かるとは限らないことだ。

悪人であればあるほど、外観を飾ろうとしたり、最初だけ礼儀正しいフリをしたりする小細工に長けている。外観を偽り、名前を偽り、経歴を偽って近づいてくる。

しかし、しばらく付き合っていると、その邪悪な人間性が次第に牙を剥き始める。

金に意地汚く、金のためなら何でもする人がいる。表面的には善良を装うが、内面には悪意がある人もいる。いつも不平不満、嫉妬、恨みが渦巻いている人もいる。

勝ち負け、損得でしか物事を判断できない人もいる。対話ができず、恫喝や買収で物事を進める人もいる。他人の足を引っ張ることしか考えない人もいる。

弱い人を助けようとせず、叩きのめすような人もいる。フェアプレイ、公正、誠実を重視できない人もいる。確信的に嘘をつき、まわりを振り回す人もいる。

そして、突如としてキレたり、傲慢になる人もいる。こうした人は、すべてまわりに大きな不利益をまき散らす人である。一緒にいるべきではない。そんな人間とは人間関係が壊れてもまったく問題ない。

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「善人ぶっていて実は悪人である」という二面性

人には誰にも複雑な心があって、自分を守るためにわざと意固地になったり、悪ぶったりすることもある。

心が優しい人は変に自分を飾ることをしないので、第一印象は悪かったりすることが多い。人に迷惑をかけたくないと思うからこそ、逆に人を寄せ付けずに誤解されることも多い。

本当に真面目で、本当に優しい人は往々にしてそういうところがある。このような人と打ち解ければ、その人間性に魅力を感じ、深い共鳴を覚えたり、一緒にいたいと思うことがある。

しかし、その逆に「善人ぶっているが、実は悪人である」という二面性を持った人間も確かに存在するのだ。

日本人が最も弱いのはこのような人間なのである。日本人はいつも「表の顔」や「虚飾」や「肩書き」に騙されて、いったん関係ができると切れない。

表面的には立派な人物に見えても、内面は悪意と憎悪の塊である人など珍しくも何ともない。

善人のふりをしながら、心の中には他人に激しい嫉妬や恨みがあって、いつもいつも怨念が渦巻き、不平不満で爆発しそうになっている人が山ほどいる。

こういった人間はどんなに巧妙に恨(ハン)を隠していても、何かの折に火のように爆発して問題を起こす。

基本的に「恨みつらみ」が根底にある人は、反省することもなければ、自分に問題があると思うこともない。だから、何かあると必ず相手のせいにするし、自分は被害者の立場になり、相手を徹底的になじり、謝罪と賠償を要求し続ける。

相手を利用することしか考えないし、相手をいたぶることで自分の感情を晴らす。

相手に対する激しい嫉妬が、相手に勝ちたいという気持ちになり、その気持ちがどんな不正をしても、とにかく勝てばいいのだという歪んだ競争心になっていく。

勝てないと思えば、足を引っ張る。裏工作ばかりして、見えないところで不正をしたり、陰口を叩いたり、告げ口をしたりを平気で行う。

なぜ、こんな相手と人間関係を保たなければならないのか。自分に不利益が降りかかる人間関係は自ら壊しても問題ない。

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悪人が善人の仮面をかぶっていることに気づいたら

「どうしようもない人間」というのは、凄まじく利己的な動きをする。相手を裏で執拗に粘着的になじりながら、それでも自分自身が弱いときは「私たちは友達」「仲良くしなければならない」と、もっともらしく言う。

ところが立場が逆転すると一転して傲慢になる。自分の方が立場が上だと言って高圧的になり、相手に無理難題を押しつけたり、見下したり、利用したりする。

こうした人間は、相手に対する愛情や、真の意味の友情を持たない。最初から悪意や嫉妬があるので、自分よりも下だと思う相手を見つけると、優越感や嘲笑しか出てこない。

こういった人間とは、うまくやっていけると思ってはいけない。一緒に何かをやっていけると考えるのも間違っている。

人間関係を壊してはいけないと小学生みたいなことを考えている人間は、常に利用されたり騙されてしまう。

重要なのは、必ず自分の人間関係の中にこのような人間が忍び寄って来るということを覚悟しておくことだ。

彼らは善人の仮面をかぶってやって来るのだから、最初は絶対に分からない。しかし、早い段階で、必ず仮面が剥がれて、裏の顔が剥き出しになる瞬間がある。

その後が重要なのだ。

悪人が善人の仮面をかぶっていることに気づいたら、その後もずるずると付き合ってはいけない。トラブルに巻き込まれる前に、関係を終わらせなければならない。

日本人はそれが一番の苦手である。しかし、それをしなければならない時代になっている。

日本人の、人を信じる心や思いやりは、今や「弱さ」と誤解されてしまっている。性善説は美点でもあるのだが、それが「お人好し」だと思われて利用されている。

私たちは今まで同じ気心が知れた狭い範囲の人たちとだけ付き合っていれば良かった。しかし、今後の開かれた社会ではそういうわけにはいかなくなる。

自分に不利益が降りかかる人間関係は「自ら壊しても問題ない」と日本人は学習すべきだ。(written by 鈴木傾城)

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悪人が善人の仮面をかぶっていることに気づいたら、その後もずるずると付き合ってはいけない。トラブルに巻き込まれる前に、関係を終わらせなければならない。

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