井上日召。日本が荒廃し尽くした時、やがて群衆の中から誕生する存在がある

井上日召。日本が荒廃し尽くした時、やがて群衆の中から誕生する存在がある

日本では久しく暴動が起きていないが、1920年代のように不況が長引いて極度の貧困と格差が広がっていくと、やがて抗議デモも暴動も、そしてテロすらも起こり得る。1920年代。困窮し、貧困化し、餓死寸前に追いやられていく農村部の人たちを見つめてきた日蓮宗の僧侶がいた。「井上日召(いのうえ・にっしょう)」である。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

政情不安が発生する可能性もある

日本は1990年代のバブル崩壊から現在まで、30年に渡ってじわじわと不景気と貧困が広がっているのだが、2020年はコロナショックもあってあらゆる経済指標が悪化を示している。

2020年は奇跡でも起こらない限り、当面のところ景気が戻るようなことはない。

4月から5月にかけて緊急事態宣言が発令されて経済がシャットダウンしたので、前期比で見ると消費も景気も戻ってきて見えるかもしれないが、異常事態が通常事態に戻っただけの話で景気が回復したわけではないのである。

コロナ禍は終わっていない。北半球はこれから厳しい冬だ。欧米では再び感染者が増えて深刻なことになってしまっている。

まずは、コロナ禍が落ち着くのが最優先であり、そのためにはワクチンや治療薬が実用化される必要がある。今のところ、ファイザー・バイオンテック連合のワクチンが有望視されているのだが、仮にうまく実用化されたとしてもワクチンが出回るのは今年ではない。

そのワクチンについても打てば100%かからないほど強力なものではないはずだし、世界中にワクチンが出回ってコロナが駆逐されるのも時間がかかるし、いろんな事情でワクチンを拒絶する人もいる。

そのため、ワクチンができたからと言ってコロナがすぐに駆逐されるというのは楽観的すぎるシナリオかもしれない。そうであれば、経済の回復は急激にコロナ以前に戻るというよりも、時間をかけてじわじわと戻るような状況になると考えるのが常識的な判断となる。

しかし、コロナ禍からの経済回復が遅れると、世界中で政情不安が発生する可能性も考えておく必要があるかもしれない。政治の混乱がより深刻な不景気を招く可能性もある。

すでに、途上国ではアフリカから南米まであらゆる国で政情不安と混乱が吹き荒れる事態となっている。もともと政情不安だった国が、コロナの経済悪化によって不満が蓄積し、それが今になって爆発しているという状況でもある。

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「資本主義 vs 中国」という対立軸

現在のグローバル経済の巨大なプレイヤーは米中である。

アメリカは11月3日に大統領選挙の帰結が分かるのだが、どちらが大統領になってもアメリカの分断は非常に大きく鮮明になっている。新しい大統領が決まったからと言って、今の混乱が収束するようには見えない。

リベラルと保守の対立と衝突と憎悪は非常に大きなものになっており、もはや国を分断するほどの勢いと化している。そこにコロナ禍による経済悪化が覆い尽くして実体経済を悪化させているのだから、「政治の混乱がより深刻な不景気を招く可能性」はゼロではない。

一方で中国もまた国家主導の知的財産の侵害、膨張主義による他国の侵略、あるいは一帯一路戦略による途上国の経済植民地化などが批判されるようになって、今まで通りの成長ができなくなってしまっている。

中国の成長を支えたのは「知的財産の侵害」であり、全世界がいよいよ中国を警戒するようになっており、中国という「害」を排除(排害)しつつある。

アメリカはその筆頭だが、中国の知的財産の侵害は危険だというのはすでに全世界に共有されているわけで、日本政府ですらも中国から足抜けする動きを見せつつある。

しかし、中国は一方的かつ傲慢な態度をまったく変えておらず、チベット・ウイグル・香港を侵略し、同化させ、完全に属国化しようとしている。そして、東南アジア各国、台湾、日本にまで侵略の手を伸ばしている。

そうしたことから、この動きが止まらないのであれば「資本主義 vs 中国」という対立軸になるのは当然であり、これは中国の経済を悪化させる要因と化す。中国が今まで国内が比較的まとまっていたのは曲がりなりにも経済発展があったからだ。

経済が悪化したら、中国はすぐに暴動と分裂騒動と反共運動が湧き上がる。そうなると経済発展どころでなくなる。中国もまた、「政治の混乱がより深刻な不景気を招く可能性」がある。

そんなわけで、コロナ禍があっという間に落ち着くこともなければ、コロナ禍が落ち着いても実体経済がすぐに良くなるとも限らず、政情不安によってむしろ経済が悪化する可能性もあるのは考えておかなければならないことだ。

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「不景気と不運と混乱」

コロナ禍によって全世界でコロナ禍でパニックが起きなかったのは、各国政府が「特別給付金」や「一時金」などの経済支援策を迅速に行ったからだ。日本では「特別給付金」の他にも「持続化給付金」などがまとめられて、迅速に困窮する市民に届けられた。

アメリカでも失業保険に週600ドルの上乗せのような支援策が行われて、低所得層が困窮に落ちるのを紙一重で防止した。しかし、こうした支援策は政府の都合で打ち切られる。

アメリカでも追加支援策が与野党で妥協ができないという事態になっているし、日本も特別給付金の第二弾はなく、持続化給付金も1月あたりに打ち切りたいという提案が為されている。

言うまでもないが、コロナは1月に収束するわけではない。政府の都合で、国民に対する支援策が打ち切られるということだ。この時点で雇用が戻っていないと、本当の意味で困窮する人がどん底(ボトム)に落ちていくということになる。

社会全体が負のスパイラルに落ちていくか、それとも再び成長の軌道に戻れるのか、それは運不運も作用するところで何とも言えない。場合によっては危機が長期化し、2020年代は経済の「危うさ」を抱えた10年になりかねないということだ。

過去を振り返ると、日本が「不景気と不運と混乱」に見舞われた10年があったことを思い出す。

それは1920年代である。

1910年代までは大戦景気に沸いていた日本は、1920年に入って突如として戦時バブルが崩壊して不況に入っていった。このバブル崩壊は「戦後恐慌」と言われたのだが、これが負のスパイラルを生み出す「きっかけ」だった。

この後、日本は「これでもか、これでもか」と不運が続いて1930年代の動乱に入っていくことになるのだ。1920年代には何があったのか。

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恐慌につぐ恐慌だった時

日本にとって、1920年代というのは「暗黒の年代」だったとも言える。政府の経済政策が次々と裏目に出て日本は追い込まれた。

1920年 戦後恐慌
1922年 銀行恐慌
1923年 関東大震災
1927年 昭和金融恐慌
1929年 世界恐慌

実に10年に渡って次々と「不運」が舞い込んでいたというのが見て取れるはずだ。特に日本を追い詰めたのは1923年の関東大震災なのだが、これは10万人以上を死亡させ、21万棟以上を全焼させ、10万棟以上を全壊させ、東京都心そのものを「ほぼ全滅」させるようなものだった。

政府はこの震災の処理のために決済不能になった手形をモラトリアム(支払い猶予)で乗り切ろうとしたのだが、銀行も企業も莫大な不良債権を抱えることになって、金融不安は深刻化していく一方と化した。

そんな中、蔵相が1927年3月に「東京渡辺銀行がとうとう破綻を致しました」と失言したことから一気に取り付け騒ぎが起きて、金融不安が再燃したのだった。そして、1929年には世界恐慌が日本にも波及し、これが「昭和恐慌」につながっていく。

このように見ると、1920年代は恐慌につぐ恐慌だったことが分かるはずだ。

この中で一般庶民は政治からも見捨てられ、東京も浮浪者が溢れてホームレスが街をさまよって高架下やトンネルで寝泊まりし、地方の農村部の貧困も筆舌に尽くしがたいものがあった。

東北の国民は、農作物が売れずに一家で餓死寸前と化し「娘を遊郭に売らざるを得ない」という状況にも陥っていた。九州一帯ではこの時期に島原や天草から多くの女性たちが「からゆきさん」となって東南アジアや東アジアに「性の出稼ぎ」に追いやられていた。

1920年代は、国民が度重なる金融不安と経済不安と景気悪化の中で、苦しみ、もだえ、荒み切っていた時代だったのである。「不運」が重なると、このようなことになっていくのだ。

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「一人一殺、一殺多生」

経済が悪化すれば、人々は抗議デモを起こし、暴動を起こし、やがてはテロを引き起こすというのは、現代社会を見ていても分かるはずだ。

アメリカでもBLM(Black Lives Matter=黒人の命も大事)運動が広がっているが、貧困にある黒人がこの運動の中で、過激な指導者の下で略奪や放火や破壊を繰り返しているのが見て取れる。アンチファという極左過激暴力集団の活動も活発化している。

タイでも民主化運動と王室改善の抗議デモが日増しに巨大化し、暴動一歩手前にまで到達している。(ブラックアジア:コロナで経済苦、政権と王室は堕落し、抗議活動で政治的混乱に陥っているタイ

イタリアでも、ナイジェリアでも、チリでも、インドでも、インドネシアでも、暴動が次々と発生している。インドネシアの暴動はほとんど日本では取り上げられていないが、首都ジャカルタでも失業したデモ参加者がバスに放火したり、警察に投石したりして一触即発の状態にある。

こうした荒んだ世相の中では、人々の不満も頂点に達する。そうなれば、暴動も起きればデモも起きればテロも起こって当然だ。

日本では久しく暴動が起きていない。しかし、1920年代のように不況が長引いて極度の貧困と格差が広がっていくと、やがて抗議デモも暴動も、そしてテロすらも起こり得る。

1920年代。困窮し、貧困化し、餓死寸前に追いやられていく農村部の人たちを見つめてきた日蓮宗の僧侶がいた。

「井上日召(いのうえ・にっしょう)」である。

もともと、南満州鉄道で諜報活動に従事していた人物なのだが、日本に帰国してから僧侶となり、地域の貧困を見て回っていた。そんな中で、混迷した日本を救うには日本政府を改造するしかないとして「血盟団」を結成した。

そして、この血盟団の一員であった、小沼正(おぬま・しょう)が引き起こしたのが蔵相時代に経済の悪化をエスカレートさせた井上準之助の殺害だった。

この血盟団は『ただ私利私欲のみに没頭し国防を軽視し国利民福を思わない極悪人』を20名暗殺する計画を立てており、指導者の暗殺によって軍が日本の荒廃を糺すと考えていた。井上日召は「一人一殺」を指令していた。

さらに、井上準之助を殺害した小沼正は、1940年に恩赦で出所し、後に「ひとりを殺すことによって多くを助ける」という意味の「一殺多生」を説くようになる。

1920年代をつぶさに見つめていると興味深いことが多い。時代が荒廃し、貧困や格差が次第に解消も救済もできないようになると、日本でも必ず「世を糺す」ためのテロを行う人物が出てくる。

第二、第三の井上日召や小沼正が登場するということだ。

『血盟団事件 井上日召の生涯(岡村 青)』

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