日本政府はリスキリング(Reskilling)を進めている。職業能力の再開発、再教育をすることによって適材適所を実現しようとする動きだ。しかし、AIが怒濤の勢いで進化しており、人間がリスキングするよりも、AIがバージョンアップするスピードのほうが早い。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
ホワイトカラーとブルーカラーの仕事を奪うもの
OpenAIのChatGPT-4oでは、AIが人間の話しかけにリアルタイムで応答し、冗談を言い、さまざまな声調を使い分け、数学の解き方を教え、歌い、外国語を話すデモンストレーションをして全世界の人々を驚愕させた。
もはや、生成AIはここまで進化していたのだ。そして、これは「まだまだ生成AIの初期」なのだから恐ろしい。今後、AIはもっと進化することになる。
AI(人工知能)専門家のパスカル・カウフマン氏は、対話式の言語モデルを採用したChatGPTや画像生成を目的としたMidjourneyなどのAI(人工知能)システムが「知性はゼロだが、人間の仕事を奪う可能性はある」と述べている。
米金融大手ゴールドマン・サックスも「これらの人工知能は労働市場に大きな混乱をもたらす可能性があり、場合によっては3億人のフルタイム労働者の雇用に影響を与える可能性がある」と警鐘を鳴らしている。
アメリカのプリンストン大学の研究チームも、さまざまな職業に人工知能が介在して大きな影響を与えるとして、電話勧誘業者、教師、社会学者、政治学者、裁判官、カウンセリングなどが真っ先に影響を受けるのではないかと述べている。
人工知能が浸透していくのは知的分野であり、そうであればホワイトカラーの雇用が危機にさらされるということになる。では「ブルーカラーは安泰だ」といえばまったくそうではなく、ブルーカラーのほうはAIを組み込んだロボットが雇用を減少させる動きになると予測されている。
AIがホワイトカラーの雇用を奪い、AIを組み込んだロボットがブルーカラーの雇用を奪う。AIとロボットはまったく別物として開発されているわけではない。お互いに相手を取り入れ、影響を与えながら、驚くべきスピードで私たちの社会を変えていこうとしている。
ロボットは単純な反復作業の現場にはすでに取り入れられているのだが、今後10年は「単純ではない作業」にも使われていくようになる。ロボットが複雑な反復作業ができるようになった裏側には、言うまでもなくAIの想像以上の存在がある。
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想像もできなかったほどの合理化と効率化
AIとロボットがもたらすイノベーションは、人間社会のさまざまな局面で「人間に取って変わる」ために研究されていく。そのため、このイノベーションが雇用を次々と奪っていくのはとめられない流れである。
日本政府はリスキリング(Reskilling)を進めようとしている。これは職業能力の再開発、再教育をすることによって適材適所を実現しようとする動きだが、はっきりいって人間がリスキングするよりも、AIがバージョンアップするスピードのほうが早い。
企業から見ると、人間ひとりひとりをリスキリングで向上させるよりも、AI(人工知能)に投資したほうが「効率化」をより飛躍させることができる。
そもそも、どんな人間でも間違える。疲れる。そして長時間労働ができないし、休みも必要だ。昇進させる必要もあれば、ボーナスも必要であれば、退職金も必要になる。意見が合わなければ経営者に逆らい、時には裏切る可能性もある。
しかし、人工知能やロボットは、そうした人間特有の「面倒臭さ」がない。たしかにAIも致命的な間違いをする。そして、ロボットは融通が効かない部分も残る。しかし、うまく型にはまった仕事を与えた時は、人間など比べものにならないほどの大量の仕事を正確に大量に長時間こなしてくれるのだ。
今後、企業が現在よりもさらに効率化を推し進めるとすれば、今はAIに投資するのが正解ということになる。
今まで企業は人間に投資していたのだが、その理由は人間の仕事は人間しかできなかったからである。もしAIが効率的に仕事ができるようになれば、経営者は間違いなく、こちらに仕事をさせるようになる。
AIが凄まじい勢いで進化する中、いよいよ「判断力」も必要な仕事でも「人間以外の存在」に仕事を任せられるようになりつつある。
実際、莫大なデータを読んで的確な判断をくだすシステムを開発している企業もあって、たとえばPalantir(パランティア)などはその代表格でもある。今までは想像もできなかったほどの合理化と効率化を現実にするもの。それがAIなのだ。
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「AIの脅威なんか、まだまだ先の話」なのか?
雇用が減り、失業者が増えていくと、それは社会不安に直結する。社会不安が増大していくと政権崩壊にもつながる。政治家は職を失い、国は凋落する。そのため、雇用の確保は政府にとっては重大な責務となる。
しかし、AIは新しい雇用を創生する以上に今ある雇用を減少させる。すべての企業は、仕事をする上で常に効率化を優先して事業を進めているので、いくら政府に「雇用の確保を」と命じられても応えられない。
なぜなら、他社よりも効率化しないと競争に負けて企業の存続自体が危うくなってしまうからだ。効率化しないと、顧客にも見捨てられ、株主にも捨てられて、最後には競争に負けて消えてしまう。
効率化は、言わば企業の生き残りと成長のために、必要不可欠なものだ。だから企業は効率化のために何でも取り入れてきたし、これからも効率化に結びつくものであれば何でも飛びつく。
OA(オフィス・オートメーション)が取り入れられ、インターネットが取り入れられ、ウェブサービスが取り入れられ、クラウドが取り入れられるたびに企業は人員を減らすことに成功している。
なぜ人員を減らすのかというと、まさに人間こそが非効率であるからに他ならない。企業の効率化は最終的に労働者の削減となり、全自動化に結びつく。
そうであるならば、企業は遅かれ早かれ人間のやっている仕事をAIに、ゆくゆくはロボットに置き換えるのは間違いない。人間を排除してAIとロボットに入れ替えることによって効率化は完成する。
ほんの少し前まで「AIの脅威なんか、まだまだ先の話だ」と鼻で笑われていたのだが、生成AIの登場で時代は一変した。人工知能でテキストや画像などを自動生成し、人間のように話し、歌い、回答を述べるAIの脅威を人々は一瞬にして理解した。
AIの能力が今後もバージョンアップするにつれて、さらに応用範囲が広がっていくことになる。そして、いずれは人工知能がないと生活できないようなレベルにまで達する。AIが社会のインフラと化す。
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人工知能がもたらす効率化という地獄
米実業家であるイーロン・マスク、人工知能の専門家、そして業界幹部たちは公開書簡で、「この技術は社会にリスクをもたらす可能性がある」としてChatGPTの開発を6カ月間停止するよう呼びかける動きもあった。
『人間と競争する人工知能システムが経済的・政治的な混乱という形で社会と文明にもたらし得る』
しかし、開発はとまりそうにない。OpenAIは人々が恐怖を抱くほど猛烈な勢いで生成AIを進化させており、CEOのサム・アルトマンは「金銭的コストに関係なく、断固としてAGIに取り組む」と述べている。
AGIとは「汎用人工知能」のことであり、あらゆるタスクを人間と同等かそれ以上にこなすことができるAIを指す。要するに、アルトマンCEOは「AIを万能にする」といっている。まさに、それは効率化を目指す企業がもっとも欲しいものだろう。
現在のハイテク企業の大手すべてがジェネレーティブAIの研究・開発・実用化に莫大な資金を投じている。なぜなら、より優れた人工知能を開発した企業が市場を独占し、巨大な利益を上げることができるようになるからだ。
しかし、効率化が進むというのは、効率的ではない人間が要らなくなるということなのだ。
本来は代替えが利かないと思われていた分野でさえもAIが人間に取って変わり、そこで生計を立てていた人たちの労働の価値が激減して低賃金化、あるいはリストラ対象になっていく。
AIが進出した分野では、そこにいた大部分の人間が不必要になる。労働の価値が減少する。そうなると賃金も減少する。漫然と生きている人間の大部分は、効率化が進んでいくと業界から切り捨てられて一掃される。
私たちのやっている仕事に、AIの波がやってきて効率化が追求されると、人間は何をどうしても勝てない。代替えがいくらでも可能な業界の労働者は、仕事を失って新しい仕事が見つからなくなる。
当面はその仕事ができるとしても、人間の存在自体が効率性の足かせになっていると会社が判断したら、人間は効率化によって捨てられる。私たちはAIがもたらす効率化という地獄の中で、果たして生き残ることができるだろうか?
「AIの脅威なんかまだまだ先の話」ではなくなったので、人間はヤバいことになっているという認識くらいは持っておいたほうがいい。うかうかしていると、それが私たちの収入の糧を奪ってくる。
私たちが人間がリスキングするよりも、AIがバージョンアップするスピードのほうが早いのだから、私たちはAIに完敗する未来が待っている。そのとき、どのように生きたらいいのかをよく考えておく必要がある。