Appleの強烈なブランド力は、強烈な「哲学」が生み出したものであり、その哲学が持つ力は大きなものである。私がAppleという企業に惹かれるのは、この企業がとても奇妙な企業だからだ。ビジネスを追求しているのだが、根底に大きな哲学がある。この企業は哲学の企業なのだ。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019、2020年2連覇で『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)
Appleは最初から成功が約束されていた企業ではない
2021年9月14日。アメリカ最強のコンピュータ企業Appleは一連の新作発表の中で、iPhoneやiPadやApple Watchをバージョンアップして、ますます他社を引き離す技術の独壇場を見せつけている。
Appleのハードウェアとソフトウェアの進化は、さまざまな分野でイノベーションを引き起こしているのだが、写真・映像のクオリティが凄まじく高まっているのは印象的であった。
30年以上も前からずっとAppleを使い続けてきた私は、Appleがこれほどまで人々のライフスタイルや考え方を変えてしまうとは夢にも思わなかったし、今のAppleの地位にめまいすら覚えている。Appleは最初から成功が約束されていた企業ではない。
社内の混乱で創始者スティーブ・ジョブズが1981年に解任されて急速に魅力が色褪せて売上が落ちていき、イノベーションが消えて赤字が累積し、ギル・アメリオ時代にはいよいよ倒産寸前にまで追い込まれている。
1997年にスティーブ・ジョブズが非常勤顧問として復帰した時、Appleはすでに資金が尽きかけていた。赤字は1000億円を超え、一時はあと90日で倒産という断崖絶壁にまで追い詰められていたという。
「ジョブズが始めたAppleというカルトはジョブズが終わらせるべき」と批評家が言っていたほど、Appleは経営的にも財政的にもズタズタの企業だったのである。実際、Appleが復活できるのかどうかは誰にも分からないところだった。
しかし、Appleを支える熱狂的なファンは相変わらず存在していた。そして、スティーブ・ジョブズもまたAppleを心から愛していた。Appleは当初から特異な企業であり、その特異さが逆にAppleの復活のキーになった。
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「他人と違う考え方をしろ」というこの哲学が復活の狼煙
金もない。シェアも失った。批評家にも見捨てられ、ユーザーもみんなマイクロソフトに流れてしまった。誰が見ても、どこから見ても、Appleには勝機がなかった。
そんなAppleに何があったのか。スティーブ・ジョブズの突破口は何だったのか。それは「哲学」だった。「革新的な製品によって、宇宙に衝撃を与える」という哲学だ。
他人の真似はしない。他人を追わない、現状に満足しない。この哲学をスティーブ・ジョブズは「Think different」と表現した。「他人と違う考え方をしろ」というこの哲学は、Appleのアイデンティティを強烈に指し示していたものだった。
初期のAppleは「個人が使えるコンピュータ」を引っさげて巨人IBMに挑んできたのだが、Appleは当初から「他人と違う考え方をしろ」で育ってきた企業だった。
1985年にスティーブ・ジョブズがAppleを追放され、11年後に復帰するまでの10年間でAppleが失い続けてきたのも、この哲学だった。
だから、金もない、シェアもない、見捨てられたAppleが最初に取り戻さなければならなかったのは「アイデンティティ」であり「哲学」だったのだ。
創始者スティーブ・ジョブズが戻ったことによってAppleはアイデンティティと哲学の両方を取り戻し、そしてこの哲学に沿った製品が市場に受け入れられることによってAppleは復活していった。
それが iMac であり、iPod であり、iPhone だった。
現在のAppleを支えているのは「iPhone」という史上最強のスマートフォンだが、Appleがなければスマートフォンというジャンルはこれほどすぐれたデザインとユーザーエクスペリエンスで登場しなかった。
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Appleという企業に惹かれるのは、とても奇妙な企業だから
Appleがスマートフォンというジャンルを開拓した時、当初は冷笑する人も多かった。「高い、ボタンがない、バッテリーも持たない。誰がこんなオモチャを買うのか」とハイテク業界からもAppleの新製品を酷評する声が相次いだ。
しかし、スマートフォンという分野をAppleは極限までブラッシュアップして世の中を変えていった。
このスマートフォンの成功でAppleは世界最強の企業へとのし上がっていくことになるのだが、「スマートフォンで当てた」という見方は表層的な見方であり、Appleの成功のすべてを語っていない。
Appleの成功は、一にも二にもハイテク企業としての「確固たる哲学」があったからだ。文明を変えてしまうほどのイノベーションを生み出し、それを受け入れてもらうという「Think different」の哲学を強烈に持ち続けた。
そして、その哲学によって注意深く経営が組み立てられて、今日の前人未踏の成功に到達した。
道なき道を切り開くというのは簡単なことではない。時には大きな失敗をすることもある。Appleも完璧な企業ではなく、今までに数々の失敗製品を生み出している。
しかし、それでも「他人の真似はしない。他人を追わない、現状に満足しない」という哲学を追求して、極限まで製品をブラッシュアップする姿勢が大きな尊敬を呼び寄せている。
Appleの強烈なブランド力は、強烈な「哲学」が生み出したものであり、その哲学が持つ力は大きなものである。
私がAppleという企業に惹かれるのは、この企業がとても奇妙な企業だからだ。製品をスペックや販売力で語らない。哲学で語る。ビジネスを追求しているのだが、根底に大きな哲学がある。
この企業は普通の感覚では説明できない奇妙な「何か」を持ち合わせている。それが「哲学」だった。
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「Think different=他人と違う考え方をしろ」の時代
Appleが世界最強の、いや宇宙最強の企業になったというのは、そういう意味で興味深い現象だ。「Think different=他人と違う考え方をしろ」というのは、奇妙な哲学であるとも言える。その哲学が時代を制したということになるのだから……。
そのような目でアメリカのハイテク企業を見回すと、AppleだけでなくGoogleもFacebookもAmazonも凄まじくユニークであることに気づく。
これらの企業はすべて「イノベーションで世界を変える」という点に焦点が合っている。そして、既存の枠組みをイノベーションで破壊しながら突き進んでいる。
そうであれば、Appleも重要だが、Appleだけでなく現在のアメリカのハイテク企業はそのどれもが重要な存在であることに気づくはずだ。
今後、インターネットはさらに重要なインフラとなり、時代を変革していく。人工知能やウェアラブルコンピュータや自動運転や仮想現実やブロックチェーンは、文明のあり方を一変させてしまう。
「他人と違う考え方をしろ」という企業が世の中を変えていくのだから、これからの世の中は「今までとまったく違った社会になる」というのは、現代人は肌で感じるはずだ。
そのため、私たちもまた考え方を変えなければならない時代になっているということに気づかなければならない。「他人と違う考え方をしている人間」が勢力を持つ時代に入ったのだ。
そうであれば、今までと同じことをしていたり、同じ考え方をしていたり、同じ生き方をしていればもう次の時代には完全に取り残されて生きていけなくなってしまう可能性があるということになる。
私たちは時代に合わせて、自らをも「Think different」しなければならない時代に差し掛かったのだ。用意は、できているだろうか?