日本経済を追っている経済アナリストは誰もが日本で貧困が広がっているのに気づいている。しかし、「若者がどのように変化しているのか」まではデータでは読めない。それを読むには現場に飛び込んでリアルに知るしかない。森永さんはぶっ飛んだ方法で現場に飛び込んでいった。(鈴木傾城)
「データで拾えきれない深層がある」ということ
経済アナリストがキックの試合をするとか、格闘技をするとか、はっきり言って前代未聞のことであると思う。それこそ世界を見回してもそんな人はいないはずだ。しかし、あえて無謀とも言えることに挑戦している経済アナリストが一人いる。しかも、この日本で。それが森永康平さんである。
最初、森永さんから「キックの試合や格闘技の試合をする」と聞かされたとき、聞き違いかと思うほど驚いたのを覚えている。それもそうだ。経済アナリストが殴り合いをするというのである。ありえないことを聞かされた。
昔から森永さんは空手だとか柔道に親しんでいて、そうした世界には関心があったようだ。しかし、なぜ今のタイミングだったのか。
ここがおもしろいところだ。森永さんはあくまでも「経済アナリスト」なのだが、普通の経済アナリストは膨大なデータを読んで何が起きているのかを分析するだけである。「分析するだけ」というよりも、アナリストにとっては、それがすべてである。
森永さんもデータを重視するアナリストとして活躍しているのだが、そんな中で森永さんが気づいたのは「データで拾えきれない深層がある」ということだった。
たとえば、日本経済を追っている経済アナリストは誰もが日本で貧困が広がっているというのは気づいている。
しかし、貧困の中で「若者がどのように変化しているのか」まではデータでは読めない。それを読むには現場に飛び込んでリアルに知るしかない。森永さんが望んだのはまさに、データでは読み取れない現場のリアルを読み取ることであった。
いま、日本の裏側ではトー横界隈でオーバードーズやリストカットをする若者も目立つようになってきており、さらに半グレたちが事件を起こしたり、路上でケンカして殴り合ったりしている。
こうした荒廃は経済データには捉えきれない現象だが、やがて何らかの形でデータとして表層に現れる可能性がある。森永さんが「知りたい」と思っているのは、この「捉えきれない現象」を捉えることでもあった。
「拳を交える」ことで彼らとリアルに接しよう
そのためにはどうするのか。半グレたちは荒れているが、その一部は地下格闘技に流れて拳を交えている。若い頃、空手や柔道をやっていた森永さんはここに接点を見出した。すなわち「拳を交える」ことで彼らとリアルに接しようと言うのだった。
彼らの「巣」に降りたって、殴り合うことで彼らを知ろうとする。それが経済アナリストとしての森永さんがやったことだったのだ。実際、格闘の素養がなければそういう発想にならないのだろうが、森永さんは素養があった。
「最初にキックの試合をやって、次に格闘技の試合をやる」と森永さんは言った。2023年9月、最初にキックの試合(60キロ以下級2分2R)があったのだが、私はこの試合を見に行けなかった。
しかし、10月14日の格闘技は、我が愛する歌舞伎町で行われるということで、時間も空いていたので、「いったい彼はどんな戦いをするのか」を実際に見たいと思って見に行った。
私自身はまったく格闘技に関心がない。格闘技の接点はタイで賭けムエタイを観戦して以来で、日本では生で格闘技を観るのははじめてである。もし、森永さんが格闘技をやらなかったら一生観なかったと思われる。
場所は新宿・歌舞伎町の新宿フェイス7階。地下格闘技に近いスタイルなのにかなりの客数があった。女性客も多く、多くはキャバ嬢であったのは土地柄で興味深い。
13時30分からラウンドガールの紹介があって、すぐに格闘技の試合がはじまったのだが、2Rで決着をつけるMMAルールのスタイルである。ワンダウンで勝敗が決まり、2Rで決着がつかなかったら判定に入る。
森永さんの試合は9試合目だったので、若い半グレたちの殴り合いを私もリアルで観ることができた。上半身にタトゥーを入れている若者が、打撃を競い合う。寝技もアリだが、ほとんどが殴り合いを選択しているのは興味深かった。やはり、殴り合って白黒つけたいという本能があるのかもしれない。
ローブローに苦しめられながらも闘うことを選ぶ
やがて、9試合目に入って森永さんが登場した。赤いトランクスが目立つ。相手はガイアマシコ選手。当たり前だがマットに立つ森永さんは、経済アナリストとしての私が馴染んでいる顔はそこになく「人違いか?」とも思ったほど顔付きが違っていた。
経済アナリストではなく、まぎれもないアスリートの顔だ。あと、試合は55〜60キロ級で、この試合のために減量をしているわけで、素人目にもかなり絞ったのが感じ取れる。
試合前に思わず苦笑してしまったのは、森永さんの選手紹介のスクリーンが、経済アナリストとしてネクタイを締めた姿であったことだ。やはり、森永さんだけが異質な感じがした。異質な感じ、というよりも森永さんは間違いなく異質なのだ。
やがてゴングが鳴って試合が始まったが、始まった早々、ガイアマシコ選手はものすごい勢いで森永さんに襲いかかっていく。荒削りだが非常に手数が多く、相手にプレッシャーをかけて殴りかかるトリッキーな選手だった。
一方の森永さんは攻撃をかわしながら、冷静に相手を見ているのがわかった。きちんと距離を計算しているのがわかる。どちらかを言えばヒット&ラン型であるのは観ててすぐに察することができた。
勢いとトリッキーなスタイルが勝つか、ヒット&ラン型のスタイルが勝つか。相手を見切ることができたら、森永さんにも勝機はあるとすぐに感じた。ディフェンスで負けていなかったからだ。
ところが、ガイアマシコ選手は変則型で突如としてバックブローを仕掛けてきて森永さんはそれを食らった。ディフェンスが破れて畳み込まれるのだが、森永さんは猛攻をしのぎつつ、パンチを当てていく。
相手は森永さんの防御を崩すために上からだけでなく、下からもローキックで猛攻を仕掛けていく。ところが、である。その相手のキックがローブローとなった。森永さんがかなり苦しんでいるのが表情でもわかる。
相手選手に注意が与えられたが、この試合では合計3度もローブローとなって、相手選手にはイエローカードが出された。このとき、レフリーには「棄権してもいい」と言われたようだが、森永さんは戦うほうを選んだ。気持ちが強い。
試合で結果を出して「闘うアナリスト」になるとは……
試合は殴り合いの攻防で2ラウンドにもつれ込んだが、相手にパンチを当てながらも相手のパンチも食らうカウンターの当て合いになった。森永さんはハイキックも出して相手の顔面をとらえたがヒットが浅くて相手を倒すところにまでいかなかった。
その中で相手が組み付いた際、森永さんが相手を見事に投げ飛ばして会場が大きく湧いた場面があった。これが、この試合の一番大きな歓声が上がったところだった。
この投げが森永さんが学生時代にやっていた柔道の技でもあった。組んだ瞬間「相手の腰は強くない」と森永さんはわかったと後で言っていた。ただ、相手を倒しても森永さんは寝技には移行せず、あくまでも打撃で勝負することにしたようだ。
相手選手は3度もローブローを出してイエローカードを受けており、殴り合いをしのげばドローか判定勝利になる確率は十分にあった。あとで聞いていたら、やはり森永さんも試合をしながら、そうした計算をしっかりしていたようだ。
2ラウンドの試合が終わった。すぐに判定となり、森永さんの勝利が告げられて、会場がどよめいた。ローブローを受け、相手のパンチも食らって苦しい試合であったとは思うが、経済アナリストが殴り合って勝利をもぎ取るという成果を得た。
試合後のマイクで森永さんは「キックで負けているので、この試合に負けたら格闘技を引退しようと思っていた」と言った。ところが、勝利をもぎ取ったので、身体に問題がなければ11月も12月も試合をするかもしれない運びとなった。
驚くべき展開となった。
まさか経済アナリストが半グレの巣窟の中に飛び込んでいって、試合で結果を出して「闘うアナリスト」になるとは……。
データが捕捉しない深淵を誰よりも過激につかみにいき、尚かつ試合でも結果を出す経済アナリストなんて空前絶後である。私は、何かすごいものを観てしまったのかもしれない……。
そんな気持ちでいる。