バイデン大統領は「国境の壁」を非人道的だと批判して、壁の建設を止めてしまった。そして、一時的に不法移民に対する扱いをも緩和した。これが「アメリカが不法移民の流入に甘くなった」というメッセージとなって大量の不法移民を生み出し、アメリカを大混乱に陥れている。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
アメリカに逃れようとする移民の増加
アメリカの大統領選挙で候補者としてドナルド・トランプ元大統領が再び脚光を浴びている。もしかしたら、現職のバイデン大統領が敗退してトランプが再浮上する可能性があるのだが、バイデン大統領の不人気のひとつとしてしばしば取り上げられているのが「ボーダークライシス(国境危機)」である。
アメリカのボーダークライシス(国境危機)は、主にアメリカ合衆国とメキシコとの国境で発生している一連の問題を指す。数十万単位で移民がやってきて不法にアメリカに入国する。
これによって、国境管理、法的手続き、経済的要因、収容所問題、財政問題などが絡み合っていき、複合的な社会的課題となっているのだが、バイデン大統領はこの問題を危機的なまでにエスカレートさせた張本人でもある。
まず、ボーダークライシスの一因は、中央アメリカ諸国からの経済的な困難や暴力に苦しむ人々がアメリカに逃れようとする移民の増加が裏側にある。
これらの国々では貧困や治安の悪化が続いている。アメリカの隣国であるメキシコもドラッグ・カルテルが凄まじい力を持っていて、彼らが表社会を萎縮させているのは御存知の通りだ。
メキシコだけではない。エルサルバドル、ホンジュラス、グアテマラの3か国は状況がとくに深刻で、「マラス」と呼ばれるギャング集団のやりたい放題となっているのだ。そして、事態は解決しそうにない。安全と安心を求める市民は、もはや国を捨てて逃げるしかないような状況になっているのだ。
どこに逃げるのか。それがアメリカである。多くの人々が安全な生活を求めてアメリカに向かっている。この移民の流れがアメリカ側での人道的な問題を引き起こしているのである。
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中米地域における麻薬カルテルや犯罪組織の巨大化
中米地域における麻薬カルテルや犯罪組織の巨大化は、地域を越え、国家そのものの治安を脅かす要因となっている。
中米地域は麻薬生産地域として知られ、その土地柄から多くの麻薬カルテルが台頭している。コカインやマリファナなどの麻薬は、中米を経由して北アメリカや欧州に密輸され、その過程で犯罪組織が強力な影響力と資金を保持するようになった。
彼らは高度な組織構造と武装力を有し、地域社会に対して暴力と恐怖の圧力をかけることで支配を強化している。
もともと中米諸国は過去に内戦や政治的な混乱を経験し、社会が不安定な状態にあった。そんな中で犯罪組織が力をつけ、国内の治安を乱す絶好の機会となった。政府の機能が弱体化したり、腐敗が蔓延したりすると、犯罪組織はその隙間を狙って組織を拡大し、不正規な経済活動や武力による支配を行うようになっていった。
麻薬取引は巨額の利益を生む。「貧しい人間が金持ちに売れる唯一の商品がドラッグ」である。貧しい若者が一攫千金のために犯罪組織に入った。ドラッグ売買に手を染めることで彼らは資金を蓄え、武器や兵器の調達、政治家や警察、軍関係者への贈賄などで支配力を確固たるものにしていった。
そして、中米地域は隣国と複雑に入り組んでいるため、密輸ルートが広がることで国境を越えた組織犯罪のネットワークが形成されていくことになり、巨大な麻薬カルテルを生み出した。
犯罪組織は自らの勢力拡大やライバル組織との抗争によって殺人や誘拐、恐喝などの凶悪な犯罪を繰り広げる。そのため地域全体が不安定な状態に陥った。また、犯罪組織は地元住民に対して組織的な恐怖政治を行い、従わない者には容赦ない報復を行うことで支配力を維持するようになって国家権力よりも強大になった。
麻薬カルテルの暴力は凄まじい。敵対組織の人間に対しては、生きたまま顔面の皮を剥ぐ、生きたままナタで四肢を切断する、縛って生きたまま焼き殺す、斬首した首を晒す、遺体を高速道路の橋から吊す……等々、おおよそ人間が考えられる残虐行為の数々を繰り広げている。
そして、それを動画にとってインターネットにばらまくのである。この麻薬カルテルに警察も軍隊も敵わない。暴力が蔓延し、市民は恒常的に生命の危険にさらされるようになった。
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普通の人々が自国で暮らすのは拷問でしかない
経済においても、麻薬カルテルの存在は深刻な影響を与えている。国際社会がこんな治安崩壊した国々に投資するはずがない。その結果、合法的な経済活動が阻害されて国家が衰退するばかりとなる。脆弱な経済が犯罪組織のせいでよけいに不安定となっているのだ。
さらにはドラッグ取引による利益は合法的なビジネスに回らないので、地域経済の発展が妨げられるばかりである。
犯罪組織の存在は政治体制にも悪影響を与えている。贈賄や脅迫によって政治家や法執行機関が犯罪組織に協力するケースが見られ、これによって国の機関が腐敗し、法の下での平等や正義が全うされない。
民主的な制度が機能せず、市民の信頼が失われることで政治的な混乱が生まれ、治安悪化のスパイラルが進展していく。そういう事態が中米で起きているのが現在の状況なのだ。
こうなったら、普通の人々が自国で暮らすのは拷問でしかない。
極限的な暴力が蔓延して、いつ自分もギャングの標的にされるのかもわからない。自分が助かっても、自分の家族が殺されるかもしれない。妻や娘もいつレイプされるかもわからない。普通の国民は無法地帯の中で凄まじいストレスの中にある。
本来であれば、もはや治安崩壊したこうした国々を国際社会が救済すべきなのだが、これらの国々は完全に見捨てられている。アメリカが武力でこれらの国に干渉しようとすると、国際社会も「アメリカが帝国主義的な根性で他国を攻撃しようとしている、内政干渉だ」とアメリカを批判する。
そうであれば、アメリカは国境《ボーダー》の監視を強化して、不法移民がアメリカを埋め尽くさないようにせざるを得ない。不法移民が大量に入ってきたら、アメリカの移民制度が壊れてしまうからである。トランプ前大統領による「国境の壁」はその解決策のひとつでもあった。
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人道やら民主主義を標榜して大混乱をもたらす
ところが、バイデン大統領は「国境の壁」を非人道的だと批判して、壁の建設を止めてしまった。
そして、一時的に不法移民に対する扱いをも緩和した。これが「アメリカが不法移民の流入に甘くなった」というメッセージとなって、より多くの国民に不法移民を促す一因となってしまったのである。
メキシコ州ではもはや不法移民の流入をストップさせることができなくなり、仕方がないので、入って来た不法移民をそのままバスで「聖域都市」と格好をつけるニューヨーク市やらイリノイ州シカゴ市に送り届けて「不法移民に寛大なのだから、後はお前らが面倒を見ろ」と放り出している。
数十万人もの不法移民を送り込まれた移民に寛大な市(聖域都市)は、これによって一気に財政がパンク寸前となった。そこで、今度はこれらの市がバイデン政権に「何とかしろ」と泣きついている。
移民の数が想定以上に増加したら、対応できなくなるのは当たり前だが、バイデン大統領はきれい事を言い、人道やら民主主義を標榜してトランプ前大統領を批判してきたので、移民問題を悪化させることしかしていない。不法移民と一緒に、ドラッグまで莫大に流入することになって副次的な問題も広がりつつある。
そういうわけで、移民問題の対処の失敗はバイデン大統領の再選を阻む可能性のある大きな失策となっており、今さらながらバイデン大統領は慌てて移民問題に取り向く姿勢を見せるようになっている。
国境の壁建設の再開も最近になって決めたが、後手後手でさらには選挙対策であるのも有権者に見透かされている。しょせん、きれい事を言うだけでは世の中は良くならない。
アメリカの不法移民問題は大きくもつれて大統領選の焦点になっている。