「一流企業に入れば生活は安泰」は、あまりにも現実を無視した思い込み

「一流企業に入れば生活は安泰」は、あまりにも現実を無視した思い込み

親は自分の子供が世間に名の通った一流企業に入って欲しいと願う。学生はいつの時代でも一世を風靡している一流企業を目指す。女性もまた結婚相手を探すときには一流企業に所属する男性を求める。

なぜか。一流企業に入れば生活は安定し、将来も安泰で、何の苦労もなく人生を過ごせると本人もまわりも思うからだ。

しかし、本当にそうなのだろうか。

1950年代、敗戦ですべてが塵芥に帰した日本では復興に向けて動き出していたのだが、この当時は繊維や紡績の企業が史上空前の売上を上げた。

敗戦でめちゃくちゃになり、もう駄目だと言われた日本が不死鳥のように蘇る最初の足がかりは、繊維や紡績だったのである。

そのため、誰もが繊維業界、紡績業界に勤めようと画策し、多くの優秀な大学生は繊維業界や紡績業界に入った。もし、そこに入れれば、勝ち組であった。明るい未来が待っていると誰もが考えたはずだ。

しかし今、繊維業界や紡績業界が輝いているだろうか。そして、人々は繊維業界や紡績業界の話を毎日するだろうか。新聞はこれらの業界に注目しているだろうか。まったくそんなことはない。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

「一流企業に入れば生活は安泰」という幻想の果て

東南アジアや中国から安い繊維が入ってくるようになると、繊維業界や紡績業界は急激に売り上げを落としていった。年が変わるたびに凋落し、斜陽産業になり、優秀な人材がどうあがいても盛り返すことができなくなった。

そして、リストラ、給料減が立て続けに行われ、1960年の終わりには一進一退を繰り返しながら斜陽から立ち直ることができず、長い不況の中に落ちていった。そしてリストラが繰り返し行われ、「一流企業に入れば生活は安泰」という幻想は吹き飛んでいった。

誰もが憧れる業界に入ってそこで働ければ一生安泰なのかと言えば、まったくそうではなかったのだ。

むしろ憧れていた時期が頂点の可能性も高い。

1980年代のバブル期は、誰もが金融業界と不動産業界に入りたがった。なぜなら、この業界は空前絶後の売上を上げていたからだ。日本のバブル期は世界を征服するほどの勢いで進み、その先頭にこれらの業界があったのだ。

親は自分の子供が金融業界や不動産業界の会社に就職するのを強く望んだ。学生たちもこの業界に殺到した。女性たちもまた結婚相手を探すのに、こうした業界の男性を第一候補にした。

この業界で働く人たちは、当時は圧倒的な勝ち組だったのだ。

ところが、1990年に入ると状況は一変した。バブルは崩壊して、多くの企業が不良債権にあえいで苦しむようになっていった。これらの業界に勤める人々は次々と給料の削減やリストラに見舞われるようになった。

山一証券はかつて四大証券会社の一角だったが、バブル崩壊の中で1997年に廃業に追い込まれ、エリートたちは路頭に迷うことになった。そして翌年には北海道拓殖銀行が破綻に追い込まれて消えていた。

山一証券は1897年に創業された証券会社、北海道拓殖銀行は1900年に設立された銀行で、どちらも由緒ある金融企業であったはずだ。

それが、バブル崩壊の中でもろくも崩壊していった。「一流企業に入れば生活は安泰」という幻想は壮絶に吹き飛んでいったのだ。そこに勤めれば安泰だと思っていた企業が安泰ではなかったのである。

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由緒ある企業だろうが名門だろうが、まったく関係ない

1990年代以降、日本の家電メーカーが世界を席巻していた。ソニー、パナソニック、サンヨー、シャープ、日立、東芝、富士通。これらの企業は世界ブランドであり、日本を代表する企業でもある。

もちろん優秀な学生の誰もがこうした企業に勤めたいと願い、競争をくぐり抜けて入社できた学生たちは天にも昇る気持ちになったはずだ。「これで自分の人生は一生安泰だ」と考えた人もいたかもしれない。

ところが、2000年代の後半から空前絶後の円高が進んで、中国や韓国との競争に敗れ始め、さらにインターネットに乗り遅れ、あっと言う間に凋落してしまった。

いくつかの企業は消え、いくつかの企業は存続できるのかどうかも分からないような状況に追い込まれている。いくら名門でも経営者が途方もなく愚かであれば会社が傾くのは避けられない。

そして、会社が傾けば収入は下がる上にリストラも起きる。かつて日本企業は終身雇用を頑なに守っていたのだが、もはやこうした日本的経営はグローバル化の波でとっくに捨て去られて、社員は次々と放り出されていった。

ここでも「一流企業に入れば生活は安泰」がまったく成り立たなかった。

これから駄目になる可能性の高い業界は、テレビ業界、マスコミ関連、出版関連、新聞社関連である。こうした企業はインターネットに飲み込まれており、今までのビジネスモデルが成り立たない瀬戸際に立っている。

新聞社や出版社はインターネットによってこっぴどく追い込まれているが、媒体が違うだけなのだから、紙からインターネットにシフトすればいいと考えるのは部外者である。

これらの企業は紙で培った文化と、紙で培ったビジネスモデルが強固に存在するので、これらの文化を守りながらインターネットにシフトするというのが難しい。

インターネットに注力すれば、紙のビジネスモデルを破壊してしまうので、思い切ったシフトができない。

その結果、インターネットで情報を扱う新興企業に取って代わられて古いビジネスモデルを抱えた企業は破綻していく。どんな由緒ある企業でも、どんな名門でも、そんなのはまったく関係ない。

ビジネスは状況が変われば傾くし、傾いたら社員の立場は無事ではない。「一流企業に入れば生活は安泰」は、あまりにも現実を無視した思い込みであるのは、ここ数十年の企業の推移を見たら分かるはずだ。

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今の時代を席巻している企業は次の衰退企業かも?

世の中は移り変わる。世界は急激に今までと違う世界になっていく。これは誰にとっても他人事ではない。昨日と今日は同じような世界に見えるのだが、微妙に何かが違っている。

それが積み重なることによって、10年後はまったく違う世界に変化する。

かつて、ひとつの確固たるビジネスモデルが開発されたら、それは100年は持つことはザラだった。

しかし、いつしか時代が高度化するとビジネスモデルの寿命は短くなり、30年になり、10年になっていこうとしている。高度情報化時代の現在、世界規模でそれが起きている。

2000年代まで、日本では年功序列と終身雇用がなくなるとは思われていなかった。しかし、世の中が変わると、それは一気に起きた。今や逆に終身雇用を信じる人の方が珍しい。

今の段階でどんなに強大で時流に乗った企業であったとしても、翌年には斜陽になって、リストラや給料減に見舞われて苦しむことになってもまったく不思議ではない。今、勝ち組であってもそれは永遠ではない。10年後は負け組になっているかもしれない。

そうであれば、「とりあえず一流企業に入れば将来は楽できる」と思っている学生は泣きを見るということになる。「一流企業に就職して欲しい」と願って子供を無理やりその方向に追い立てる親も将来は恨まれることになる。

さらに「一流企業に勤めている男性と結婚する」という女性も、10年経ってその企業が凋落して収入が減ると、こんなはずではなかったという結果になる。

つまり、「一流企業に入れば生活は安泰」はない。今の時代を席巻しているその企業は次の衰退企業かもしれないのに、どうしてそんなところに就職して「自分の一生は安泰だ」と思えるのか。

自分の人生を助けるのは一流企業ではない。自分の人生を助けるのは、あくまでも自分の能力であり、生き方であり、哲学である。自分の人生は自分で面倒を見るしかない、ということだ。単純な話だ。(written by 鈴木傾城)

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「一流企業に入れば生活は安泰」はない。今の時代を席巻しているその企業は次の衰退企業かもしれないのに、どうしてそんなところに就職して安泰だと思えるのか。そして、それが重要だと思うのか。自分の人生を助けるのは一流企業ではない。

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