自分で何かをやって自分で収入を生み出す能力を身につける必要がある

自分で何かをやって自分で収入を生み出す能力を身につける必要がある

インターネットがますます人類最強のインフラと化し、スマートフォンでイノベーションが次々と生まれ、AI(人工知能)が効率化を加速し、ドローンや自動運転の実用化が一歩手前までやってきている。

さらに通信分野でも、いよいよ「5G」の時代に入り、世の中全体が「次の世代」「第4次産業革命」に入っていくのは確実だ。

世の中の動きは非常に速くなっている。うかうかしていると、今まで機能していたビジネスモデルもすぐに古くなって淘汰される時代に入っている。

一流の企業であっても、同じことをしていると生き残れるとは限らない。変わらないと時代に置いてけぼりにされてしまう。

企業は柱となるビジネスモデルがあって成立するものだから、ビジネスモデルが成り立たなくなると大抵の企業はじり貧になって消滅して、新しい発想の企業が、新しいビジネスモデルで空白を埋め尽くす。

世の中の動きが早くなっているということは、企業の勃興と衰退の動きが早くなっているとうことである。それは、どんな巨大な企業で働いていても、そこで一生を過ごせるというのは難しくなっているということを意味している。

時代は人々に変化を要求しているのである。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

「勤めて生きる」が難しい時代に

パラダイムシフトは一瞬にして起きる。ビジネスモデルが通用しなくなる。そうすると企業は、古いビジネスモデルを捨てて新しいビジネスモデルに「急いで」変わらなければならない。

急いで変わらないと生き残れないのだからシビアだ。

どうすれば急いで生まれ変われるのか。企業は、古いビジネスモデルを支えてくれた人間たちを「切り捨て」て、新しいビジネスモデルを推し進めてくれる人に「入れ替える」ことでそれに対応している。

人材をごっそりと入れ替えて新しいビジネスモデルを急いで構築できたら、企業はしばらくは存続できる可能性が高まる。だから、高速化している時代を生き延びるために、どこの企業も人材の入れ替えを強行することになる。

そうでなくても、企業はグローバル化する社会に対抗するためにコスト削減を常に求められていて、そのためにはどうしてもリストラをせざるを得ない。

企業はそうやって、どんどん人を変えて生き残っていくのだが、そうであるとしたら捨てられてしまう従業員はいったいどのように生きればいいのだろうか。

もはや、多くの日本人は「年功序列」「終身雇用」と言った日本式の経営は終わったと感じているのだが、その認識は正しい。企業が変化に対応するために時流に合った人を雇って古くなった人を捨てる動きを止められなくなっているのであれば、「年功序列」「終身雇用」など成り立たないのである。

そのため、どこかに勤めて給料をもらう生き方をしている人は、それが正社員であろうが非正規雇用であろうが、経営者であろうが平社員であろうが、ひとり残らず「定年までそこにいられない」ということを自覚しなければならない。

ひとつの企業に最後までしがみつくのは、かなり難しい話となる。

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無防備に国に頼ることの危険

さらに今後は、国や行政も役に立たない時代へとなっていくのは確実だ。

いくら真面目に税金を納めていても、自分の老後を国が手取り足取り面倒を見てくれると思ってはならない。それは危険で楽観的すぎる。

確かに、日本は他の国に比べて温情のある社会を築いている。しかし、それでも少子高齢化で社会保障費が圧迫されて苦しんでいる政府は、年金削減、消費増税、医療費自己負担増、年金受給年齢の引き上げと着実に手を打っている。

消費税の引き上げは増え続ける貧困層の生活に大きなダメージを与えて景気を悪化させるのは確実なのだが、それでも政府が消費税の引き上げを強行したいのは、それだけ財源の確保が急務になっているからでもある。

こうした施策で年金制度は破綻しないかもしれない。年金制度を破綻させたら政治家・官僚は全員が責任を負わされるから、破綻ではなく、破綻に近いまでの「縮小」という形で現れてくるのだ。

今でも、年金制度維持の裏側で、年金受給年齢を引き上げたり、年金受給額を減らしたり、ありとあらゆる削減が行われている。この動きが続くのであれば、いずれは年金をもらっても生きていけない額になるのは必至だ。

未来になればなるほど条件は悪化する。未来は「明るい」のではない。相当な「暗黒」になるのだ。それなのに、無防備に国に頼るというのは、それ自体が非常に恐ろしい「リスク」である。

終身雇用を前提に企業に頼り、悠々自適の老後生活に思いを馳せながら税金を支払って報われたのは1990年代までだ。

バブル崩壊によって日本経済そのものがダメージを負って立ち直れないところに、イノベーションによってどんどん変わっていく社会が到来した今、国や企業に頼るというのは、かなり危険な発想となっている。

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一億総個人事業主になる必要がある

「企業や国が何とかしてくれる」という発想で生きるのは大きなリスクだ。アテが外れる。「何とかしてくれる」どころか、すがりついても捨てられる危険性の方が高まっている。世の中全体がそのような構造になったのだ。

今、社会で起きている動きは、景気の良し悪しとはまったく関係のない。好景気が来たら再び昔の終身雇用や年金をもらって悠々自適の生活が戻るとは思わない方がいい。

いくら景気が良くなっても、企業は相変わらず激甚な競争に晒されているので従業員をどんどん入れ替えるし、社会保障費の増大が消えるわけでもない政府はあらゆる社会福祉を削減していく。

そのため、私たちは全員「雇われないでも、国から年金がもらえなくても、生きていける方法」を実際に模索しなければならない時代に入った。何もしないで放っておけば、刻一刻と自分の立場が危うくなっていく。

何らかの副業を持つとか、独立するとか、不労所得を得られるように投資するとか、人によってできることは違うかもしれないが、「雇われて賃金をもらう」以外に、自分で何かをやって自分で収入を生み出す能力を身につける必要がある。

自分が自分の面倒を見れるように人生を作り替えるしかない。

それは平坦な道ではないし、簡単なことでもない。しかし、早めに対策を取らないと、後になればなるほどリスクが高まって手遅れになる。自分の力で生きるための模索をしなければ明日はない。

確かに、国や会社に頼れる時代が過去の日本にはあった。しかし、それは世界中を見回してみると分かるが、ありえないほど恵まれたことだったのだ。

「ありえないほど恵まれたこと」はデフォルトではない。幸運だったのだ。その幸運は、消え去ったのだから、今後は国にも企業にも頼らないで生きるというのは当たり前の生き方となる。

言ってみれば、一億総個人事業主になる必要があるということだ。(written by 鈴木傾城)

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確かに、国や会社に頼れる時代が過去の日本にはあった。しかし、それは世界中を見回してみると分かるが、ありえないほど恵まれたことだったのだ。「ありえないほど恵まれたこと」はデフォルトではない。幸運だったのだ。その幸運は、消え去ったのだから、今後は国にも企業にも頼らないで生きるというのは当たり前の生き方となる。

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