なぜリベラル(自由主義)が最終的に強権国家を生み出してしまうのか?

なぜリベラル(自由主義)が最終的に強権国家を生み出してしまうのか?

何事も極端(エクストリーム)を追求すると、凄まじく醜悪なものが誕生するのは世の常だ。リベラルのエクストリーム化もそうだった。多くのアメリカ人は、そうした危機感を本能的に感じた。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

リベラルへの嫌悪が生まれた

オバマ前大統領は過去のどの大統領よりもリベラルな大統領だったが、8年間のオバマ政権が終わった後、アメリカ人が選んだのは、リベラルを極度に嫌うドナルド・トランプだった。

リベラルとは言ってみれば「自由主義」を指す。「権力からも身分制度からも脱却して誰もが自由に生きて良いはずだ」というのはアメリカの建国から継承され続けてきた価値観だった。

ところがアメリカは「移民は反対だ」「イスラムは出て行け」「メキシコ人は犯罪者だ」と言ってはばからないドナルド・トランプを大統領に選んだのだった。これは世界に衝撃を与える出来事だった。

ドナルド・トランプは大統領になってからも激しくリベラルを攻撃し、白人の排斥主義者に共感してみせたりする。リベラルを旨としているアメリカのマスコミは当然のごとくトランプ大統領を「不寛容だ」と攻撃する。

しかし、アメリカのトランプ支持者はすぐにインターネットによってマスコミの偏向を糾弾してトランプ大統領を擁護する。

こうした一連の動きによって、アメリカの国民の少なからずが「リベラルを嫌悪するようになっている」ことが明るみに出るようになった。

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あり得ないほどの暴言を吐く大統領

トランプ大統領は今までにないタイプの大統領でもある。攻撃的で、直接的で、粗野で、荒々しい。数々の暴言、あからさまな嘘、女性に対する攻撃、イスラム嫌悪で物議を醸している。

通常、大統領は野党議員が自分を批判しても直接的な反論や攻撃をすることはないのだが、トランプ大統領は違う。ツイッターでめちゃくちゃに反撃していくのである。

最近も、自分の移民政策を批判する非白人の民主党議員イルハン・オマル氏やラシダ・タリーブ氏などに「アメリカを愛さないのであればこの国を去っても良いのではないか」と言った。このようにも言っている。

「完全に破滅して犯罪が蔓延する元にいた国に帰り、建て直しを手伝ったらどうか」

ちなみに、イルハン・オマル氏はソマリア出身のムスリム女性、ラシダ・タリーブ氏はパレスチナ出身のムスリム女性だった。

これは、「アメリカは移民の国。どの国の人もアメリカ人として受け入れる」というアメリカの建国理念を信念にして生きているアメリカのリベラル層から見ると、あり得ないほどの暴言であると受け止められた。

そして、民主党の各議員は、「トランプ大統領には差別意識がある」「白人至上主義者の典型的な言葉だ」「移民の子供を傷つけている」「人種差別主義者以下だ」と、トランプ大統領を激しく糾弾している。

「なぜ、これほどの暴言を吐くトランプ大統領を弾劾できないのか」と民主党支持者やリベラル派は嘆く。

これだけの問題があれば、本来であれば支持率も低迷してとても二期目を期待できそうにないはずだ。ところが支持率はむしろ上がっており、このままいけば次の4年もドナルド・トランプが大統領になる可能性も高くなってきている。

なぜか。アメリカ内部にはリベラルに愛想を尽かして、トランプ大統領を支持している厚い層がいるからである。

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リベラル派はやりすぎた

リベラルは個人主義であり、自由主義である。そのため、国や社会による規範(ルール)よりも個人を優先する。社会には様々なルールがあるのだが、リベラル派はこうしたルールのひとつひとつに意義を唱えて撤廃していた。

たとえば、「男は男らしくなければならない」とか「女は女らしくなくてはならない」という社会が暗に求めてきた「固い通念」を打ち破るのにリベラルという概念は大きな役割を果たしてきた。

リベラルという概念があったからこそ、「人間は平等でなければならない」「女性も社会で活躍して構わない」「好きなように恋愛・セックスをして構わない」「LGBT(レズビアン・ゲイ・バイセクシャル・トランスジェンダー)の人の権利も認めなければならない」という社会通念が打破されてきた。

しかし、近年のリベラルは逆に「ポリティカル・コレクトネス(政治的公正)」を社会に強制するようになっていき、リベラル自体が「固い通念」や「権威」になっていったのだ。

「ポリスマン(警察官)やファイヤーマン(消防士)やビジネスマンは、マン(男)が使われているから使うな」「メリークリスマスと言ったら宗教的少数派による差別になるから言うな」

あるいは、「離婚という言葉は離婚した子供を傷つけるから使うな」「誕生日を祝うのは祝わない宗教の子供に可哀想だから祝うな」……。

こんなことが強制され、それに従わない人は「差別主義者だ」と糾弾されるようになっていったのである。さらにLGBTを承認するのは当たり前で、そのカミングアウトは賞賛しなければならず、賞賛しない人間はやはり「差別主義者」と言われるようになった。

そして、移民や難民はみんな受け入れるのが当たり前で、相手の宗教は決して否定してはならないと言われるようになって、大量移民による国家破壊を批判することさえもできなくなっていった。

リベラル派はやりすぎた。人々はこうしたポリティカル・コレクトネスの強制に疲れ果て、閉塞感を感じ、それを打破したいと思うようになっていった。それがドナルド・トランプ大統領の誕生につながっていく一因になった。

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リベラルのエクストリーム化

確かにアメリカはリベラルな人々によって生み出され、その「自由」がアメリカの象徴になっていた。アメリカは紛れもなく自由主義(リベラル)の国である。

しかし、リベラルが突き進んでいくと、このリベラルが逆に強権国家を生み出すのではないかという考察もアメリカの中から生まれてきている。どういうことか。以下のメカニズムが働くのではないかという考察だ。

1. 個人主義が蔓延する。
2. 社会の共通規範が失われる。
3. 自然な秩序形成が不可能になる。
4. 権力機関が秩序形成を代行する。
5. 権力が秩序を強制する。
6. 強権国家が誕生する。

個人主義がどこまでも突き進んでいくと、人々はそれぞれ好き勝手な価値観を主張するようになり、それがどんなに奇妙なものであっても人々はそれを批判することができなくなる。

その結果、最低限の社会的ルールも失われてしまう。そのため、政府機関が社会的ルールを「細かく」決めなければならないような状況になる。すべての決まりは細かく立法化され、政府機関がそれを厳しく取り締まることになる。

「自分の価値観で自由に生きる」はずだったのに、全員がそのリベラル的価値観で突き進んでいくと、最後にはすべてを細かく決められて覆すことができない強権国家が生まれるのだ。

それがリベラルの行き着く先ではないのか、というのがアメリカで生まれつつある考察なのである。何事も極端(エクストリーム)を追求すると、凄まじく醜悪なものが誕生するのは世の常だ。

リベラルのエクストリーム化もそうだった。多くのアメリカ人は、そうした危機感を本能的に感じた。だから、リベラルを粉砕するための「武器」としてドナルド・トランプ大統領が必要だったとも言える。(written by 鈴木傾城)

『西洋の自死(移民・アイデンティティ・イスラム)』ダグラス・マレー著。リベラル一辺倒だった欧米も、リベラルへの懐疑と批判と見直しの機運が高まりつつある。何事も極端(エクストリーム)を追求すると、凄まじく醜悪なものが誕生するのは世の常だ。リベラルも極端に走りすぎた。

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