努力は避けるが優秀だと思われたい人間が起こす4つの歪んだ行動とは?

努力は避けるが優秀だと思われたい人間が起こす4つの歪んだ行動とは?

人は誰でも最初から社会的に成功をしているわけではない。自己実現ができているわけではない。幸せなわけではない。やりたいことができているわけではない。

つまり、人は不完全な状況にある。そのため、人は地道な努力をする。自分を良い方向に変えるために、誰よりも努力したり、考えたり、行動したりする。

では、誰もが向上心を秘めて、努力と研鑽を積んで目標に近づいていくのかと言えばそうでもない。巧妙に努力を避け、自らを「作り上げた虚構」で飾る人間もいる。

成功したふり、自己実現できたふり、幸せなふり、やりたいことをやっているふり、あたかも自分が優秀であるふりをして、それを相手に信じ込ませることで「努力する」という部分を回避するのだ。

地道な努力というのは、面倒くさいし、疲れるし、下積みは面白くない。

さらに、ほとんどの努力というのは今日やって明日実るものではない。誰も見ていないところで、じっくりと取り組まなければならない。

しかし、努力が面倒だと考える人もいる。とは言っても「努力もせず自己実現もできない駄目な人間」とも思われたくない。それを「歪んだ方法」で解決する人間もいる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

努力しなければ、それ相応の能力は手に入らない

本当の実力を手に入れたければ、遠回りに見えても地道に努力することが一番の方法だ。面倒でも疲れていても、裏側で努力するしかない。

天才的な能力を発揮している人間というのは、もともと天才性があったように見える。しかし、実際にはその天才性は、人の見えないところで行われている凄まじい努力が支えているケースが多い。

人よりも優れている部分があっても、それを磨かなければやがては才能そのものが衰えていく。そのために、努力をし続けるという「正しい道」から誰も逃れることはできない。

逆に言えば、努力をし続けることによって人よりもその分野で優れた能力を発揮することができるようになり、優秀さが認知されるようになっていく。

面白味のない話だが、「優秀」と思われる能力のほとんどが努力の積み重ねから生まれてきている。

しかし、地道に努力をするというのは、本当に根気の要る作業だ。根気の要る作業を続けるというのは、強い意志の力や自己訓練や自制が必要になる。

だから、それを避ける人がいるのだ。

人には自由意志があるので、努力を止める権利もある。努力することは強制ではないので、本人が努力したくないというのであれば、それは強制することは誰もできない。

そもそも、努力したら絶対に何かが実現できるというわけでもないので、努力しないというのは努力して挫折した人に較べたら効率的であると考える人もいる。

しかし、努力しなければそれ相応の能力は手に入らないことが多いので、欲しいものや求めているものは手に入らない。

ほとんどの人は、「努力しなかったから何も手に入らないのだ」と客観的に考えることができるのだが、そうでない人もいる。

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自分は優秀であると見せかける歪んだ方法がある

努力はしていないが優秀であると思われたい人もいる。思うのは誰でもできるのだが、他人に優秀だと思われるのは自分の力ではどうしようもない。

しかし、それでも他人に「優秀だと思わせたい」ときはどうするのか。

正しい道を選んでいる人は、下積みの努力をして本当の実力をつけて優秀だと思われるようにしようと考える。そうでない人は、歪んだ方法を取る。

歪んだ方法とはどのような方法なのか。たとえば、以下のような方法である。

「自分を自画自賛してそれを押し付ける」=強制
「外見を飾り、他人に見栄を張る」=虚飾
「他人をめちゃくちゃにこき下ろす」=中傷
「同意しない人間には暴力で黙らせる」=暴力

本当の自分は優秀さに程遠いというのは本人が一番分かっているし自覚もしている。しかし、自分が優秀ではないと思われるのは屈辱を感じる。

そのため「優秀である」という本当ではない見方を、他人に「強制」しなければならなくなる。

強制するためには優秀なフリをしなければならないので、「虚飾」で飾り、見栄をはることになる。また、本当に優秀な人間がいたら較べられてしまうので、その人間をめちゃくちゃに「中傷」する。

そして、言うことを聞かない人間には「暴力」で黙らせる。DV(ドメスティック・バイオレンス)を振るう男の一部には、このようなタイプも多い。

本当の自分は優秀ではないと知っているのは、最も身近にいる人間である。それは家族だ。だから、自分の身近にいる人間にだんだん憎しみを感じるようになり、暴力に結びついていく。

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劣等感が強ければ強いほど、どうなるのか?

正しくない人間が「自分が優秀だ」と思うための歪んだ方法とは、「強制や虚飾や中傷や暴力」が伴うものである。そのため、自分より強い相手には通用しない。自分より弱い相手しか強制や虚飾や中傷や暴力は振るえない。

相手が強ければ自分が叩きのめされるので、どうしても弱い相手ににしか向かえないのである。

弱い相手とは自分に刃向かってこない相手のことだ。

何かを強制したらその通りに動いてくれる弱い相手。虚飾を黙って受け入れてくれる相手。中傷しても反論してこない相手。暴力を振るっても仕返しをしてこない相手。そんな人間を見つけて、「自分が優秀だ」という幻を押し付ける。

本来しなければならない努力や下積みを避け続けたことによる結果を受け入れることができないと、やがて激しい劣等感が生まれる。

その劣等感が強ければ強いほど、「強制や虚飾や中傷や暴力」の度合いも強くなる。

劣等感の強さと心の歪みは比例する。凄まじい劣等感は、やがて相手の生命すらも奪うことになる。

皮肉なことに、劣等感というのは「自分が優秀ではない」と気付いたときに持つ感情である。優秀であると思われたいのに、優秀ではないという事実を突きつけられるので劣等感はとても強いものになっていく。

だから、劣等感が強い人ほど「自分は優秀だ」「他人より上の立場だ」という虚構を他人に分からせたいために歪んだ行動を起こすようになっていくのである。

本当に優秀な人は、自分が優秀であると考えない。なぜなら、本当に優秀な人間になればなるほど、自分の足りない部分が見えてきて、自分にはもっと努力が必要だと感じるようになるからだ。(written by 鈴木傾城)

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皮肉なことに、劣等感というのは「自分が優秀ではない」と気付いたときに持つ感情である。優秀であると思われたいのに、優秀ではないという事実を突きつけられるので劣等感はとても強いものになっていく。だから、劣等感が強い人ほど「自分は優秀だ」「他人より上の立場だ」という虚構を他人に分からせたいために歪んだ行動を起こすようになっていく。

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