この株高は日本の実体経済が良いから上がっているわけではないので、一般の国民にはあまり恩恵が回っていない。かつてのバブル時代を知っている人間にとっては、バブルどころか停滞にしか見えないのは、そういうことである。では、今後の日本の株式市場はどうなるのか。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の時代
2024年2月22日。日経平均株価が取引時間中の史上最高値を超え、はじめて3万9000円を上回った。これは34年ぶりのことであり、ひとつの節目として記憶される日となるはずだ。
もっとも、この株高で34年前と同じバブルが社会に発生していると考えている日本人はひとりもいない。あの頃の馬鹿げたバブル景気を知っている人にとって、現在の社会情勢はとてもバブルには見えない。
1980年代の後半、日本人は誰もが景気が良くて、企業は銀行の緩い融資で金を集めて不動産を買いまくり、企業経営者はベンツやロールスロイスを買い、役員たちは数百間年のゴルフ会員権を買ってゴルフ場で遊び、銀座で札びらを切っていた。
社員は社員で高額のボーナスを出もらい、サラリーマンもOLもこぞって海外にいってブランド品を買いあさり、リゾート地で派手に散財し、若い女性はボディコンの服を着てディスコのステージで踊りまくった。
「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と誰もが叫んでいた。日本企業は世界中の不動産を買い漁り、アメリカは日本に買い占められるのではないかと恐れられた。それほどのパワーが日本にはあった。
そのバブルの頂点として、1989年12月29日の3万8957円44銭があったのだ。
翻って、今の日本はどうか。日本人の賃金は先進国の水準からみて大幅に下落し、貧困層が増大し、経済格差も広がった。政治家は無能で30年以上も日本を成長させることができず、とうとう凋落しているドイツにすらもGDPで抜かれてしまった。
今の日本は、かつてのバブル時代を知っている人間にとっては、バブルどころか停滞にしか見えない。
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株式市場が上昇しているいくつもの理由
日本経済の低迷は依然として深刻な問題になっているのだが、それでも株式市場が上昇しているのは、いくつもの理由がある。
皮肉にも、日本の政治家があまりにも馬鹿すぎて日本を30年以上も成長させることができず、日本円の価値がどんどん下がっていったので、日本の株式が外国人から見て非常に安く感じるようになったことだ。
さらに、欧米は中国がアンフェアな国であることに嫌気を指して、グローバル経済から中国を切り離し、なおかつ中国に輸出規制をかけるようになった。欧米の企業は中国から足抜けしている。その足抜けした資金が、割安のまま放置されて忘れ去られた日本に回ってきた。
さらに、日本政府は馬鹿すぎて数十年前から危機が叫ばれていた少子高齢化問題も解決することができず、高齢者が増えて社会保障費の増大に耐えられなくなり、「もう自分の面倒は自分でみろ」といわんばかりに国民を「貯蓄から投資」へと促した。それが「新NISA」である。
もう政府なんかアテにできないと感じている国民は、新NISAで投資分が無税になると考えて、資金を株式市場に移している。政府は日本株を買って欲しいのだろうが、国民は馬鹿な政治家が居座る日本には絶望しているので、資金を一足先にアメリカの株式にキャピタルフライトした。
それが円安要因のひとつになっているのだが、ますます円が安くなると外国人が日本株を買いやすくなる環境が生まれる。そして、日本株の上昇を見たら、今度は「上がってるから買う素人」が乗ってきて、日本株がより上がるという環境になる。
皮肉なことに、日本の政治家が馬鹿で日本を成長させることができず、それで円の価値が下がって日本の株式市場が安く割安に見えるようになったので、日本株が買われるという環境ができあがった。
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プライム市場の50%の企業がPBR1倍割れ
「外国人に買ってもらう」ために、東京証券取引所も奔走している。東証は株式市場が外国人投資家にもわかりやすいように、「東証第一部、東証第二部、マザーズ、ジャスダック」のような言い方をやめて、「プライム、スタンダード、グロース」と外国人にわかりやすい名称に統一した。
さらに、新NISAで入ってくる個人投資家を取り込むためにも投資単位の引き下げを企業に要請し、株式分割を積極的に促している。東証は、他にも企業に「PBR1倍割れ」の改善要請も行っている。
PBRとは、株価純資産倍率を指す。その企業が保有する資産から見て、株価はどれくらいの倍率なのかを示す指標である。PBRが1を下回るというのは、「理論上は株式価値よりも解散価値のほうが高い」ということを意味している。
わかりやすくいうと「会社を解散して持っている資産を売ったほうが儲かる」ということなのだ。
PBRが1を下回る企業はしばしば乗っ取りの対象となる。なぜなら、乗っ取って会社を畳んで資産を売ったら、それだけで利益になるからだ。ハゲタカのヘッジファンドの格好の獲物となる。
2022年12月の東京証券取引所の調査によると、日本ではこのPBRが1を下回る企業がゴロゴロしている。具体的な数字を上げると以下のようになっていた。
プライム市場の50%の企業がPBR1倍割れ。
スタンダード市場の64%の企業がPBR1倍割れ。
グロース企業の7%の企業がPBR1倍割れ。
ちなみに、世界最強の株式市場であるアメリカでいうと、S&P500を構成する企業のうちPBR1倍割れの企業は5%しかない。日本の企業は、アメリカの10倍もPBR1倍割れ企業がある。要するに、日本企業は無駄な経営をしている企業がアメリカの10倍もあるということでもある。
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今後の日本の株式市場はどうなるのか
PBR1倍割れの企業は、乗っ取りやのハゲタカファンドにとっては魅力的かもしれない。あるいは、そういう企業に目を付けて株式を買い占めて効率化を図って株価を上げて売り抜くアクティビスト・ファンドにとっても興味深い対象だろう。
しかし、普通の投資家にとってはまったく魅力的ではない。PBR1倍割れの企業は経営効率が悪く、収益性も悪いことを意味しているからだ。経営効率も収益性も悪い企業など誰も買いたくない。
だから、東京証券取引所がPBR1倍割れを改善しろと要請している。日本人投資家なら、そんなものだと思って買うかもしれないが、合理的な外国人投資家には、それは魅力的に映らないからだ。
そこで、要請された企業も意味もなく保有している資産(不動産や株式)を売却して利益を計上して、それで設備投資や、自社株買いや、配当で還元しようとする動きが発生している。
そうやって、PBR1倍割れが改善されていくと、日本の株式市場はより魅力的になって「外国人」が買うようになっていく。何にせよ、資本主義の世の中は金がうなるところに、もっと金が集まる仕組みになっているので、東京証券取引所は日本企業の株を外国人に買ってもらおうと努力している。
その努力が実りはじめて、日本の株式市場は上がりだしている。
もっとも、この株高は日本の実体経済が良いから上がっているわけではないので、一般の国民にはあまり恩恵が回っていない。株価が上がっても、かつてのバブル時代を知っている人間にとっては、バブルどころか停滞にしか見えないのは、そういうことである。
今後の日本の株式市場はどうなるのか。
日本の政治家は無能のままだが、世界の投資家は中国に振り向けていた資金を日本に持ってくるし、日本人は無能な政治家に不安を感じて新NISAで資金を株式市場に移すし、東京証券取引所も改革に粉骨砕身しているので、私自身は日本の株式市場については「上」を見ている。
株価が上がり出すと「上がっているから買う」というカモが大量にやってきて株価を押し上げる。日経平均株価は4万円を超えてもっと上がっていくのではないか。