AIの分野で熾烈な競争が勃発しているが、Appleは出遅れてしまった。Appleが今すぐしなければならないのは、人工知能(AI)への全身全力のシフトなのは明白だ。「EV」から「AI」、あるいは「AR」から「AI」にシフトしなければ、Appleといえども時代遅れの企業になってしまう。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
Appleが電気自動車(EV)の開発を断念した
Appleが電気自動車(EV)の開発を断念するという決断を下したことによって、業界筋に衝撃が走っている。AppleがこのEVカーの開発に成功していたら、EVも新たなフェーズに入ると見られていた。
何しろAppleが目指していたのは「完全自動運転」である。自動運転には「レベル4」と「レベル5」の段階があって、レベル4では「一定条件下において自動運転システムがすべての運転操作を行うもの、レベル5では「一定条件下」もなくなって、完全に自動運転システムがすべての運転操作を行うものとなっている。
Appleの目指していたのはレベル5であり、完全なる自動運転であるからには「ハンドルも必要ない」というわけで、Appleはハンドルすらもない車の開発をしていたとも噂されている。
しかし、現状では技術的な課題や倫理的な問題など、Appleですらも乗り越えられない多くの壁が存在している。
まず、カメラやLiDARなどのセンサーは、悪天候や視界不良な状況下では十分な性能を発揮できない。自動運転システムの故障や誤作動が重大な事故につながる。さらに複雑な交通状況を正確に認識し、適切な判断を下すための技術はまだ発展途上である。
2024年2月10日、Googleの親会社であるAlphabet社の自動運転車が群衆に突っ込んで事故を起こし、怒った群衆に自動運転車が破壊され、放火されるという事件が起きたのは記憶に新しい。
この日はサンフランシスコのチャイナタウンでは春節(旧正月)初日にあたり、多くの群衆が集まっており、人間の運転手は「ここは走るべきではない」と判断ができても、自動運転車はそれが判断できずに群衆に突っ込んだのだった。
自動運転車はまだ適切な判断が下せないという一因としてとらえられることになった大きな事件でもあった。
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Appleのブランド力でも高価格には限度がある
Appleの野心的な電気自動車(EV)の開発は、あまりにも困難なプロジェクトであり、だからこそ開発は遅れ、責任者は何度も変わり、どのようにプロジェクトを進めていくかにも内紛があった。
もし、仮にAppleがこのプロジェクトを完成させたとしても、車の値段は1500万円くらいにはなっていただろうと言われていた。このような高価格帯のEVは、市場での競争力が弱く、いくらAppleのブランド力が強かったとしても、販売台数の伸びが期待できなかった可能性がある。
これについては、Appleが第1世代 Apple Watch を思い出す人もいるかもしれない。Apple Watch の第一世代には最上位機種としてイエローゴールドモデルとローズゴールドモデルがあった。その価格は発売当初218万円であった。
最初は物珍しさで買う富裕層もいたが、それは一瞬だけで数年後には投げ売りされて、Appleも高価格帯のApple Watchの製造をやめてしまった。これは、「Appleだから高価格帯であっても何でも売れるわけではない」ことを意味している。
さすがに限度を超えた価格ではAppleのブランド力でも売れない。
Appleが2024年2月に発売したApple Vision Proも空間コンピューティング(AR)として最高の製品であるとはいえども、約50万円もの価格帯が購入の障害になってしまっており、それほど売れる製品ではないのではないかと懸念されている。
そんなわけで、Appleが電気自動車(EV)から撤退したというのは、正しい経営判断であると考えるアナリストも多い。
それよりも何よりも、Appleが今すぐしなければならないのは、人工知能(AI)への全身全力のシフトだ。「EV」から「AI」にシフトしなければ、あるいは「AR」から「AI」にシフトしなければ、Appleといえども未来はない。
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AIが現代文明にパラダイムシフトを起こす
今後、人工知能(AI)の時代がくるというのは、すでに10年以上も前から言われていたことだった。このAIはOpenAIのChatGPTによって2023年に爆発的に広がっていくことになった。
インターネット上の莫大なデータによって訓練され、大量の文章やテキストデータから言語の構造やパターンを学習し、その知識を活かして自然言語理解、生成、翻訳などのタスクを実行するものとなっている。
すでに、この「生成AI」は質問応答、文章生成、対話型アプリケーション、機械翻訳などの分野で利用されているのだが、その能力は驚異的ですらもある。OpenAIはAIで動画を作成する動画生成AI「Sora」を発表しているが、さらにAIの能力は私たちの想像を超えてきそうだ。
ただし、一方で人工知能(AI)は完璧ではない。誤った情報を生成する可能性もあれば、倫理的な問題を引き起こすこともある。
最近では、GoogleのAI「Gemini」が白人の画像を生成しないという差別問題も引き起こして激しく批判されている。今後もそうした問題は、次々と発生することになるだろう。
しかし、だからといって人工知能(AI)に未来がないわけではなく、それどころかこのAIが現代文明にとって大きな生産性向上のパラダイムシフトを引き起こす可能性がありそうだ。
今後、地球上のすべての企業はAIによっていかに生産性を向上させることができるかで運命が変わってくる。これは100%避けられないことである。しかし、Appleは今の時点でこの人工知能(AI)で、Microsoftや、Googleや、Metaや、Amazonに遅れを取っている。
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Appleといえども一瞬にして時代遅れの企業になる
だから、Appleが「EV(自動運転車)」「AR(現実拡張)」から「AI(人工知能)」にシフトしなければならないのは当然の経営判断であり、どれだけ「AI」で革新が見せられるかで今後のAppleの成長が決まってくるともいえる。
幸いにして、AppleはMac、iPad、iPhone、Apple Watchなどで強固な地盤を築いている。これは、要するにパソコン分野、タブレット、スマートフォン、ウェアラブルのすべてで消費者《コンシューマー》との密接な接点を持っている。
Appleがすべてのハードに、コンシューマーが驚くようなAIプロダクトが組み込まれると、AI分野での遅れが一気に取り返せる可能性もある。
SiriがAI化して何でも答えてくれることになるのは当然のこと、スマートフォン自身がAIマシンとなって自発的に何でも教えてくれるような進化を遂げることになるはずだ。あるいは、私たちがまだ想像もしたことがないAIの使い方が生まれ、イノベーションが加速するだろう。
Appleはそれを成し遂げるポテンシャルがあるが、そのための本気度がAppleに求められている。AppleがAIを開発中止にして、生成AIに経営資源を集中させるというのは、まさに必要なことであった。
すでにハイテク業界は生成AIの熾烈な戦いが始まっている。
AIに特化したGPUを製造するNVIDIAは、一気にマグニフィセント・セブン銘柄(AAPL、AMZN、GOOG、META、MSFT、NVDA、TSLA)の中でもっとも重要かつ勢いのある企業となっている。時価総額も爆発的に伸びて止まらない。
逆にAIで遅れを取っているAppleは冴えない株価となっている。ここでAI開発競争に遅れる一方となってしまったら、Appleといえども一瞬にして時代遅れの企業になる。
2024年にAppleがどれだけ巻き返しができるのか、それは興味深いドラマになりそうだ。今後のAppleの動きから目が離せない。