2018年4月6日、安倍内閣は「働き方改革関連法案」を可決させたのだが、この法案はあまり人々の話題にのぼらなかった。しかし、この法案は今後の日本社会のあり方を一変させる大きな動きとなる。
何がどうなるのか。今後は正社員と非正規社員の賃金格差を同一のものとする「同一労働同一賃金」が法制化される。大企業は2020年4月から。中小企業は2021年4月からの実施となる。
「同一労働同一賃金」とは、簡単に言うと「同じ仕事をしている人は、年齢や雇用形態に関わらず同じ賃金であるべきだ」というものである。
現在、正社員や高年齢の人の賃金が高く、非正規雇用者の賃金が極端に安くて、同じ仕事をしていても賃金の格差が歴然として存在する。それを是正するのが「同一労働同一賃金」だ。
非正規雇用者、パートで働く人々は、正社員と同じ仕事をしていても賃金は低く抑えられて不平等だ。「その格差を少しでもなくしたい」というのが政府のスタンスだ。そういった意味で、不平等の中で働いている人々、あるいは格差に苦しんでいる人々には朗報であるとも捉えられている。
しかし、世の中はそれほど甘くないと考えなければならない。本当にそれは、朗報だったのか?(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019メディア『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)
正社員の賃金が低い賃金にスライドして
同じ仕事であれば同じ賃金であるべきというのはフェアなものである。日本が今までそうではなかったのは、年功序列というシステムがあったからだ。
年功序列というのは、若いうちは少ない賃金で年齢が高くなればなるほど賃金が上がっていくというものである。これは終身雇用とセットで取り入れられたものだ。
会社は「終身雇用で面倒を見るから、若いうちは賃金はあえて低く抑える。会社に貢献し続けてくれることによって賃金は必ず上げていく」というシステムで雇用者を囲い込んでいたのである。
しかし、終身雇用が崩壊した。そのため、年功序列による賃金格差が説明できないものになっていった。だから、終身雇用が崩壊して年功序列も意味がなくなったのであれば、「同一労働同一賃金」になるのは必然であると言える。
これによって、同一労働間の格差が消えて働く人はみんな同一賃金でフェアな社会になるというわけだ。
しかし、考えなければならないことがある。
「同一労働同一賃金」が強制された時、たとえば、こう考える経営者が出てくると思わないだろうか?
「正社員も非正規もパートも同一賃金にしないといけないのか? それならば正社員の賃金を非正規やパートと同じにしてしまえ」
よく考えて欲しい。普通、企業は従業員の賃金を高い方で統一するだろうか。それとも低い方で統一するだろうか。場合によっては正社員の賃金が非正規雇用者の低い賃金に固定化される可能性はないのだろうか……。
経済界は賃金の引き下げができる方向であれば、どんな施策であっても歓迎する。言うまでもなく、単純労働に類する仕事は必ず低い賃金の方で同一賃金に統一される。なぜなら、全世界が実際にそうなっているからである。
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最低賃金にまで確実に給料が下げられていく社会へ
さらに考えなければならないのは、グローバル化である。社会がグローバル化して、企業も多国籍化しているのだから、「同一労働同一賃金」であれば、グローバルに賃金が統一化されていく流れになっていく。
それは、「誰でもできる簡単な仕事」「単純作業」「ルーチンワーク」が、途上国の賃金に合わせられるということを意味している。
安い賃金でもそれをやるという人が現れたら、当然のことだが企業は安い賃金を基準にして「同一労働同一賃金」を設定して全員の賃金をそれにするのは間違いない。
途上国の人間が安い賃金でやっていて、仕事がそこにアウトソーシングできるのであれば、当然のことながら日本でもその仕事はその賃金になっていく。
日本の物価がどうであろうと関係ない。
たとえば、日本政府はこの「同一労働同一賃金」と共に、外国人労働者の大量移入をも受け入れようとしている。安倍政権が奇妙なまでに導入を急ぐ「入管難民法改正案」は、隠れた移民政策であるとも言われている。
「特定技能2号で在留する外国人は、在留期間の更新に上限を付さず、また、その配偶者及び子も要件を満たせば在留資格が付与される」というのだが、特定技能2号の中身を政府はまだ詳細に詰めていない。
しかし、これが乱発されれば、この「特定技能2号で在留する外国人」こそが移民と同等になってしまう。そして、こうして入ってきた外国人が日本人と同じ仕事ができて、彼らの月給が月10万円であれば、企業は彼らの賃金で「同一労働同一賃金」を実現しても不思議ではない。
日本人がどうしても、その仕事で働きたいのであれば、日本人の賃金も月給10万円に引き下げられる。
もちろん、日本にも最低賃金というものが厚生労働省によって決められている。だとすれば逆に、最低賃金にまで確実に給料が下げられて賃金が一生上がらないという現象が起きてもおかしくないということでもある。
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低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化する
果たして、企業はそんなことを考えるだろうか。高賃金の方に「同一労働同一賃金」してくれるのではないか。そう思う人は、ユニクロ社長の柳井正氏のかつての発言を思い出すといい。
すでにユニクロの柳井正氏は2013年からすでに「世界同一賃金」を提唱し、仕事のできない人間は「年収100万円も仕方ない」と言っていた。柳井正氏は2013年4月23日の朝日新聞の紙面上でインタビューに答える形で次のように言っていた。
「それはグローバル化の問題だ。10年前から社員にもいってきた。将来は、年収1億円か100万円に分かれて、中間層が減っていく。仕事を通じて付加価値がつけられないと、低賃金で働く途上国の人の賃金にフラット化するので、年収100万円のほうになっていくのは仕方がない」
高度化する職種や仕事に対応できず、付加価値が付けられない仕事、つまり「誰でもできる仕事」をしている人間は、途上国の賃金に合わせられて年収100万円になっていくと経営者が自分の口で堂々と語っているのである。
実際、ユニクロはそうやって賃金を下げるだけ下げて、付加価値(=サービス残業)を強制し、それについてこれない社員はどんどん辞めさせて社員の使い捨てを実現して問題になった。
同一労働同一賃金とグローバル化が結びつくと、何が起きるのかというのは、こうした実際の例を見ていればすぐに分かるはずだ。
同一労働同一賃金は賃金の低い方向で固定化されていき、能力が向上できなければ一生うだつが上がらないというものになる。
正社員として働いている多くの人々がこの動きを見逃したのは、「非正規やパートが自分たちの賃金に合わせられる」と勘違いしているからだ。現実に起こるのはその逆かもしれない。
すなわち、正社員の賃金が非正規やパートに合わせられるということだ。(written by 鈴木傾城)
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正社員として働いている多くの人々が同一労働同一賃金に危機感がないのは「非正規やパートが自分たちの賃金に合わせられる」と勘違いしているからだ。現実に起こるのはその逆かもしれない。すなわち、正社員の賃金が非正規やパートに合わせられるということだ。
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日本は2020年から「同一労働同一賃金」になる。これで非正規やパートや外国人労働者の賃金が上がると喜んでいる人は無邪気かもしれない。逆に「正社員の賃金が引き下げられる」可能性もあるではないか。低い賃金で「同一労働同一賃金」にできるなら、経団連も喜ぶだろう。https://t.co/vna5PCGAb4
— 鈴木傾城 (@keiseisuzuki) 2019年1月4日