なぜ終身雇用の終わりによって能力給というシステムが悪用されるのか?

なぜ終身雇用の終わりによって能力給というシステムが悪用されるのか?

2019年に入って、大企業が明確に終身雇用の「終わり」を公然と宣言するようになっている。

トヨタの豊田章男社長は「終身雇用は難しくなる」と言った。経団連の中西宏明も「終身雇用なんてもう守れない」と言った。実際に大企業が次々と社員に自主退職を迫っており、業績の良い製薬企業でも人員削減を実行するようになった。

これは避けることができない動きだ。

ホワイトカラーも今後は単なる時間給労働者となっていくのは時間の問題で、安定した将来設計というのは極端なまでに減少していくことになる。

資格を取ろうが、滅私奉公しようが、長く真面目に勤めようが状況は変わらない。そういった努力は、多少の給料アップにつながっていくかもしれないが、今までのように、終身雇用と生活保障につながるわけではない。

なぜなら、企業のシステムが「簡単に人を切れる体勢」に変わりつつあるからだ。企業は景気が良くなっても景気が悪くなったときのことを考えて給料を上げない。そして、実際に景気が悪化したら急いで人員を削減する。

そのためのツールすらもある。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

これからは働く人は「使い捨て」に

かつて日本人はひとつの会社に入ったら、その会社がどんな会社であっても、人生の最後までそこで勤めるというのが当たり前だった。転職を繰り返す人は敗者として見られていた。

根気がなく、能力がなく、人間関係の軋轢にも耐えられない「弱い人間」が転職するのだという意識が強かった。キャリアアップのための転職にしても「自分を拾ってくれた会社を裏切る行為」と見なした。

今でも年配の人たちはそのような考えを持っている。しかし、それは終身雇用の中で生まれてきた考え方であり、現代社会では現状に即していない。

いくらひとつの会社に最後までいたいと思っても、会社は売上や利益が減少すると容赦なく従業員を切り捨てる社会になっている。さらに、ビジネスモデルは10年持たなくなっており、そのたびに企業は新しいビジネスを模索しなければならない。

ビジネスモデルが変わると、会社が求める技能も変わる。そうすると、今までの人間は不要になる。会社は即戦力が必要だと考えるので、要らなくなった人間は容赦なくリストラされる。

かつての日本企業のように悠長に人を育てるような余裕は失われたのだ。

時代の動きは凄まじく早くなった。企業は時代に見捨てられないために新陳代謝を繰り返し、そのたびに人間を入れ替えざるを得ないのである。

働く人は、景気の変動、産業の変化、業績悪化のたびに企業に捨てられることを意味している。終身雇用は終わった。だからこそ、今後は多くの人が転職を余儀なくされていくのである。

これからは働く人は転職を前提にしなければならないのだ。社員も、派遣労働者も、アルバイト人員も、パート人員も例外なくそうだ。トップ経営者も、社長も同じだ。みんな入れ替えられる。

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能力給の本当の目的

企業は、終身雇用を終わらせるためには、どこかのタイミングで従業員を「雇い止め」しなければならない。「雇い止め」するためには、黙って辞めてもらうための手法が必要になってくる。

従業員を合法的に放逐するためのツールはすでに発見されている。それが「能力給システム」である。

2000年以後、日本の年功序列システムはゆっくりと能力給システムに変わりつつあるのだが、多くのサラリーマンはこの「能力給システム」が社員放逐ツールとして機能していることに気付いていない。

能力給は、表向きは「能力のある社員の給料を上げる」というものだ。しかし、企業の本音や目的はまったく違うところにある。

能力給の本当の目的とは何か。それは「社員の能力に疑問符を付けて給料を上げない」「能力にケチをつけて給料を下げる」「最終的には能力がないと本人に伝えて辞めさせる」ことである。

会社は能力給システムを取り入れることによって、合法的に社員の給料を「上げない」ことが可能になり、さらに辞めさせる大義名分も手に入れることになった。

完全無欠な人間などいない。誰でも欠点は1つ2つある。だから、その欠点を指摘しながら給料を上げない。そして、それを「本人の能力が足りないから」と本人の責任にできる。

年功序列システムでは、10人いたら10人の給料を上げなければならなかった。しかし、能力給なら1人だけ給料を少し上げるだけでいい。では、あとの9人はどうするのか。

簡単だ。その1人と比較して努力が足りなかったことにすれば、給料を上げなくても済む。また貢献度が足りなかった人間は「能力が足りない」と断定して給料を下げることすらもできる。

そして、時期が来たら「能力がないから相応しくない」と従業員の責任にしながら、いつでも辞めさせることができる。

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能力給というのは、ワナだった

能力給というのは「がんばれば能力が評価されるシステム」と勘違いして、一生懸命に働こうと考える健気に思う人もいる。

そのため、誰かと比較されて昇給が抑えられたり、給料を下げられたり、クビにされたりしても、「比較の結果だから仕方がない」と納得する。能力給というシステムでワナをかけられてもワナと気付かない。

仮に「企業は最初から給料削減やリストラのツールとしてそれを使っているのではないか」と気付いても、従業員は対抗できない。優秀な人間と「比較」されて、自分が劣っていることが突きつけられるからである。

能力給とは、そのような側面もあるのだ。

だから能力給が悪用する企業の中では、サラリーマンのほとんどは給料が上がらないし、下手すれば下げられるし、さらに運が悪ければ「使い捨て」にされてリストラに遭うという人生が待っている。

逆に会社に見捨てられないために努力するというのは、どういうことか。どうすれば会社は評価してくれるのか。

それは「土日祭日出勤当たり前、サービス残業当たり前、長時間労働当たり前」の働き方をすることである。つまり、ブラック企業的な「ただ働き」のような奴隷的な働き方を「自らする」ことが良い評価になるということだ。

そうやって過度に働いたら心身共に追い詰められて壊れて行くが、人材が壊れたら企業はどうするのか。

さっさと「使い捨て」にして、新しい人材をまた使い潰す。将来はそうなると言っているのではない。「もう日本社会はそうなったのだ」と言っている。

大企業も経団連も公然と「終身雇用の終わり」を言い出し始めた。だから、能力給とうシステムに、こうしたダークサイドがあることは知っておくべきである。能力給が悪用されるのは、これからが本番だ。(written by 鈴木傾城)

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大企業も経団連も公然と「終身雇用の終わり」を言い出し始めた。だから、能力給とうシステムに、こうしたダークサイドがあることは知っておくべきである。能力給が悪用されるのは、これからが本番だ。

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